第3話 ツンデレ剣士って何か良いよね
「ひぃ~~~~~~っ!!」
情けない声をあげながら私は走っていた。背後から迫る影に脅えながら。逃げても逃げてもその角兎は追いかけてきた。
「も、もう少し……あと少し……」
私はラストスパートをかけ、ミズキさんの横を駆け抜けた。
「ドスンッ!」「ズパッ!」連続して音が鳴り響くと、角兎との追いかけっこは終了した。
「はあっ、はあっ……」
私が息を整えていると、仕留めた角兎を満足そうに抱えたお嬢様がやって来た。
「ご苦労さん、シーナ。凄いわ、こんなに簡単に狩れるなんて」
と、お嬢様が言った。
「いや、ホントに。こんな効率の良い狩りは初めてだよ」
とミズキさん。私たちの関係は前より深まり、ミズキさんの言葉遣いも、当初の堅さがなくなっていた。
「それにしても速いわねぇ~」
褒められている。毎回2人は私の走りを褒めてくれていた。でも私は素直に喜べない。何故なら2人の目が三日月目になっているし、口元はニヤニヤしているし、肩は細かく震えているから。お嬢様が言う「速いわね~」の主語が『私』ではなく『逃げ足』であることに気づいているから。
3人パーティー結成以来、私たちの狩り効率は上がった。爆上がりしたと言っても良い。私が獲物を誘き寄せ、ミズキさんが盾で受け止め、そしてお嬢様が斬。仕留める。この役割分担は適材適所である。試しに誘き寄せる役をお嬢様とミズキさんがやってみたのだが、兎たちは2人が近寄ると文字通り脱兎のごとく逃げ出した。
そう、何故か私の時だけ兎は立ち向かい追いかけて来るのだ。しかも一心不乱に。既に獲物を待ち構える2人は、隠れてさえもいなかった。それでも兎は追ってくるのだ。
私の役目は兎に追いかけられ、ミズキさんの横を駆け抜けるだけの簡単なお仕事。『ドジでノロマな亀』と言われないだけマシだけど、褒められても複雑な心境になるのは当然だった。
「さて、もういっちょ行きますか~」
お嬢様がそう掛け声をかけた。
「え? 今日のノルマは終わったんじゃ……」
だって、この角兎の大きさなら、お昼ご飯どころか夕食まで賄えるよね。
「うーん、そうなんだけどさ。いつも狩れるとは限らないし。天候とか変わる可能性もあるしね」
「た、確かに……。でも、あまり狩りすぎても食べきれなくて痛んじゃうんじゃ……」
「その辺は大丈夫だ。私がマジックバックを持ってるからね」
流石王都の騎士は違う。マジックバックとは収納魔法のかかった袋で、中に入れた物は時間の経たない仕組みになっている。冒険者にとっては、あると助かる便利アイテムである。ただ相当高価なアイテムなんだよね。まぁ、ミズキさんが持っていた訳ではなく、『持たされた』んだろうなあ……
「分かりました。そういう事ならもう一回行きます」
「大物を頼んだわよ~っ!」
──数分後、お嬢様の言葉が見事なフラグだった事を私は思い知る事になる。
「きゃ~~~~~~~~~~~~っ!!」
信じられない、信じられない、こんなのありっ!?
今私を追いかけているのは鹿だった。鹿の子ではない。私よりも大きな牡鹿なのである。その迫力は兎の比ではなく、私はパニックに陥っていた。
もし私に冷静な判断が出来ていたなら、走る方向を変えていただろう。こんなのいくらミズキさんでも止められる訳がない。いや、もし仮に止められてもお嬢様一人でトドメを刺せるだろうか。答えは否だ。
そう分かっていながら、私はいつも通りにミズキさんの横を駆け抜けてしまった。
ドーンッ!! 「ぐおっ!」「うぐっ!」
駆け抜けた私の背後から激しい激突音がした。その音にミズキさんとお嬢様の声が重なる。慌てて振り返ると、鹿を2人掛かりで受け止めていた。
「お嬢様っ!」
慌てて駆けよろうとすると
「シーナっ! トドメを刺してっ!」
そうお嬢様が叫んだ。
私は剣を抜いて鹿に斬りかかった。鹿の首に剣を突き刺すが鹿はシカとしている。鹿の皮が固すぎて、私の力では致命傷を与える事ができないのだ。
「このっ、このっ、このぉ~っ!」
私は鹿の背中に馬乗りになると、何度も剣を突き刺した。しかし鹿は後ろ足で立ち上がると、私を背中から弾き飛ばした。
「きゃっ!」
「シーナっ!」
地面に落ちて尻餅をつく私に鹿は向かってきた。絶体絶命……そんな言葉が頭を過る。
その時だった。鹿と私の間柄に黒い影が立ち塞がった。そして一瞬何かが光ったかと思うと、鹿の首がズッと胴体から切れ落ちた。
「え……?」
気がつくと私の目の前には黒髪の男の人が立っていた。
「立てるか?」
その人はそう言って私に手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます……」
私はそう言うのがやっとだった。
「シーナっ、大丈夫っ!?」
「お、お嬢様は? あ、ミズキさん……」
ミズキさんも駆けよってきた。見たところ2人とも怪我はなさそうだ。私はホッとした。
「助けてくれたのよね? ありがとう」
お嬢様が黒髪の男の人に言った。するとその人は
「たまたま通りがかったら斬り甲斐のありそうな獲物を見つけた。それだけだ」
と、ぶっきらぼうに言った。
か、可愛い……
だってぶっきらぼうな台詞と裏腹に、顔を微妙に赤らめるのよ。年の頃は私とそんなに変わらないのに。
「あの……お名前を伺っても?」
「俺の名前はライト・ラブノゥだ」
「私、シーナ・ラビリンスです。よろしく、ライトさん」
「ライトでいい」
「見たところ剣士のようだね。良い腕だ」
と、ミズキさんが言った。
「剣聖を目指して修行の旅をしている」
と、彼は言った。
剣聖というのは我が国が与える称号の一つで、剣士の頂点に立つ者にしか与えられないものだ。
「剣聖目指してるなんて、凄いっ、もしかして貴方も冒険者っ!?」
お嬢様が興奮して言った。
「ああ」
その後も会話は続き……
「ライト、貴方を雇う事は出来るのかしら?」
というお嬢様の問いに
「俺は高いぞ」
と、少し考えた後応えるライトさん。
そこから交渉が始まり、ライトさんが仲間になったわ。でもね、彼の提示した金額は王都の飲食店がアルバイトを雇う程度の金額だったのよ。
相場を知らないんじゃないかって心配したお嬢様が「もう少し出すわ」って言ったんだけど、彼は頑として受け付けなかったの。まぁ、これはアレね。ツンデレってヤツね。
こうしてパーティーメンバーがまた一人増える事になった私たちは、シーオーシャンへ向かって旅を続けたのよ。
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