第11話 発見

 勢いをつけて剣を振りかぶる。

 だがサーライルはそれを容易く避け、逆にこちらの腹に蹴りを打ち込んできた。


「かはッ!?」


 剣が手から離れ、その場に膝を付く私を見下ろす亡霊。

 そうだ、奴は亡霊でなくてはならないんだ!


 あの男はサポーターだったはず、なのに何故? これほどの技術はあの時のサーライルには無かった。


 あの時もそうだった。奴は何も出来ずに、罠からは逃げ出せなかった。

 私は見た、あの時のあの絶望に満ちたあの顔を!


 あれは嘘では無かったはずだ、嘘であったなら……!


「頭に住み着くな! 消えろ!! ……何故居続ける? あの時から今日まで。そうだ、お前は私を誑かす!!」


「あの時から? 一体何言ってんだ?」


 何故そんな不思議そうな顔をする?

 お前は死んでなきゃならない。私の過去を拭う為、汚点を消す為に!


 染みついたように消えてくれないお前は何者なんだ?!


 振り落した剣を拾うことも無く、蹲った私は、震える手で奴の服を掴んで視線を合わせた。


 暗い瞳だ。あの時の、私に夢中だった男の無邪気な目など最早無い。

 全てはあの時から変わったというのか。……いや、そんなことはわかっていた。


 わかっていて、あの時から動けないのは……私だとでも?


「恰好の悪いもんだな。あのラキナともあろう女が、よ。お前はパーティの花型だった。いつだって先陣切って剣を振り下ろして……そういうお前に憧れたし、そんなお前の為に役に立ちたいといつも思っていた……。数ヶ月ってのは長いもんだな。もう、そんな気持ちも遠い過去に感じるぜ」


 過ぎ去った思い出を語ってるのか。

 自分はもう振り切ったと? ただ恨みだけが残って私の目の前に現れたと?



『偶にはお前の背中以外を見てやりたいもんだぜ。後ろでコソコソっては、やっぱ彼氏として情けなくないかねえ』


『それが仕事だろう? 己の本分で成果を出しているのなら、他人の評価なぞ聞くに与えしない。私の彼氏だと言うならもっと胸を張れ』


『そうか? ……そうだな、そうだ! 俺がお前を助けてるなら、それが俺って男の生き様だよな。ありがとよ、そうやって励ましてくれるお前が彼女だから、お前の為に頑張れるってもんだ。――ははっ、…………ぜラキナ!』



 愛など……っ、愛など意味は無い! 私を縛り付ける力などお前にあるはずもない!

 ……なのにっ!



『ラキナ、ちょっとした余興でもしませんか? いえなに、本当にちょっとした暇潰しですよ。サーライルに――』



「切り捨てたのは私だ!! 私の人生に恋などッ!!」


「っ!?」



『――好きだって言って付き合うんですよ。大丈夫でしょう、彼は女性に対して免疫があまりない。その見目の麗しさなら二つ返事で答えないなんてありません。他でもない、”よく知っている”私が保証しますよ』



 最早自分でも何を口走っているのか、切り捨てたはずの、かつてに偽りの恋人にすがりつく。

 己の中にこんな女々しさがあったなど、私も知らなかった。だが、そんなことはどうでもいい!


 何をしたいのかはわからない、だがここでどうにかしないと……あの時のままだ。何もかもが!!


「力だ、分かるかサーライル! 何人も私の領域に踏み込めない力と名声があれば見苦しく他人にすがる必要も無い。男が何だ? 所詮愛など、その時の鬱憤晴らしに過ぎない。心が繋がるなどまやしなのだ! なのにっ、私を抱いたことも無い男がいつまで纏わりつく!!」


「……そうかよ。あの時の俺は、ただお前と過ごせる時間が素敵だった。それだけで満たされたさ」


「……何?」


「だってな、例えお前に分からなくたって――」



『愛してるぜラキナ!』



「愛してたんだラキナ。それが俺の答えで、お前の為の全てだった。……全部過去だ、お前が終わらせてくれた”未練”だ」


 …………未練? 終わらせた? 誰が? 私がか?


 未練。


 掴んだ力が抜けていく、何か一つ当てはまった気がして。それがどうしようもない脱力となった。


 今、やっとわかった。

 あの時、私がお前を見殺しにした時に残ったもの。

 そして、お前の中にはもう残ってないもの。


「……はっ。悪霊が戻って来て、言うことがそれか。そうさせた私が憎くて仕方ないだろうな」


「何を当たり前なこと言ってんだ? ……もういい、そろそろ本当に終わりにしてやる」


 最早運命は定まった。いや、あの時から決まっていた。

 ならば、例え死ぬとしても――。


「あばよ」


「っ!!? ……ふっ」


「ッ!?」


 この体をその拳で貫かれながらも、サーライルの唇を奪う。


 いつもそうだったな、お前からは無かった。

 奥手だったから、最初のキスだってお前は目を閉じていたから口を直前まで差し出すだけで、そんなお前が憐れだったから私が合わせた。


 きっとお前は、あの時自分から私の唇を奪ったのだと勘違いしていたのだろうな。


 だからこそ、これが私の最後の意地だ。


 そしてこれも……。


 倒れながらも、意識を失うギリギリで己の懐に手を伸ばす。


 倒れて直ぐに仰向けになった。死にゆく背中は見せたくなど無かったから。


 広げた右腕の先に握り込んだ物。


 そうだ、ずっとここにあったんだ。私の……――。



「何だったんだ、最後のは? ……ん? こいつ何を持って? ――ペンダント、あの時のプレゼントか」

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