第9話 苦悩
このリゾート地へとやって来て今日で三日になるな。それが何だと言えばそうだ。
……どうにもこの数ヶ月、今一つ寝起きがスッキリとしないな。
隣に目を落とせば、同じベッドで寝ついていた人物はとっくに居なくなっていた。
あの男……。どうでもいいことだが。
シャワー室へと移動して、頭からぬるま湯を浴びる。
こうでもしないとその日の気力を確保出来ないというか……一つの儀式のようになってしまっている。
こんな調子でこれからの旅をどうするのか? そう問われれば自分でも上手い返しが思いつかない。
「今日も夢に見たな。……今更なんだって言うんだ」
最近の不調の原因は分かっている。問題なのはそれを解決する方法が無いということだ。
カウンセリングでも受ける? どうせ帰ってくる答えなど、原因と向き合えだなどと言われるだけだ。
一時的に遊びに興じようとしても、一度自分の時間が訪れれば思い出す。
「お前は死んだんだ。何故私に纏わりつく? 何故頭の中に居座らせるのだ、私は……」
人を殺す。この仕事をしてる上ではさして珍しくもない行為だ。
大抵その相手は世間にとっては凶悪な犯罪者であり、その首に金の賭かったどうしようもない連中に過ぎない。
そんな連中など気にも留めない。その価値も無いと幼い頃から教え込まれたからだ。
あの時もそうだ。ただ人を一人処理したに過ぎない。
違うのは、そいつが仲間であり……そして私の恋人であった。それだけなのだ。
「何が恋だ……」
誰に聞こえるはずも無いからこそ、吐き捨てた言葉。
体を洗い流すシャワーと共に排水溝にでも消えてくれ。
『よおラキナ! 愛しの彼氏がプレゼントを渡しに来たぜ!』
蛇口を捻り、バスタオルで体を拭いてなお、それでも奴の笑顔は消えてくれなかった。
(悪霊が……)
服装を整え、目元の隈をメイクで隠し、私は気分を変える為にホテルを出た。
例えそれが一時のものでしかないにしろ、やらないという選択は無い。
クアンとの関係が続いているのも、そんな気分を忘れたいからだったな。
あの男の付き合い自体はもっと前だが……。
(思えば、それすら知らずにいたか。知らないで済んだのなら、むしろ自称彼氏にとって良かったんだろうが)
気にしている? まさか。
気のいい言葉を掛ければ私の言う事をなんでも聞いていただけの男のことなど、所詮利用価値の範囲での好意でしかない。
『気に入ってくれたか? その――』
(もう身に着けてなどいない。あんな物、見せつけられる体のいい愛情でしかない)
今もジャケットの内ポケットに入れっぱなしのままのそれは、いい加減でそろそろ捨てようとしている程度の物でしかない。
そうだな、今度ルロリアにでも押し付けてやろう。
見せる相手などもう居ないのだからな……。
(価値とは利用出来る範囲で、そうして愛想を振りまいてやれば……)
「……何を考えてるんだ、私は」
手放した男が私の気分を悪くする。
くれてやった思い出と共に何故消えてくれない?
私の忠誠は人に捧げるものでは無い。力を振るえる喜びと生活を潤す金と名声、それがナイトになった理由だというのに……。
人恋しさなど、ストレスと共にその時の肉体の繋がりで晴らせる程度のものでしかない。
(どうにもいかん。何故か今日は嫌に脳がひりつく)
せっかくのリゾート地だというのに、どうにも楽しむ気が起きない。
ギャンブルは昨日やった。不思議と儲けたが、それでも気分だけは潤わなかったな。
ここに来てからか? 思えばより酷くなった。
「何の為のリフレッシュだ、全く……」
一人つまらなく愚痴を零す、我ながら滑稽だろうが。
らしくなく自嘲していた矢先のこと、街中の人波の中に己の目を疑う男の姿を捉えた。
(な、に……?)
疑問よりも早く、この足は我が儘にも動いていた。
かつての仲間、私が殺した――元恋人を追うように。
何故か私は、それが幻覚であるという可能性を排除していた。
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