自殺

神田(kanda)

自殺

つい、先日のことです。私は自宅で勉強をしておりました。大学受験というもののための勉強です。心を虚無にして、精進しておりました。

そんな時に、ブーブーというバイブ音が鳴りました。電話の着信でした。私の唯一の親友と呼べる友からの電話でした。

「もしもし?」

と、私が一言。

『ああ、悪いね、こんな夜中に。勉強、忙しいだろう?』

その声は、いつもの彼でした。

「ああ、大丈夫だ。丁度一区切りついたとこさ。」

これは嘘でした。本当は、教科書が難しくて、さっきまで泣きそうになっていました。しかし、友の前では、何かと威勢を張りたかったのです。

『突然なんだけどさ、もう、俺、自殺しようと思うんだ。』

「えっ?」

いつもの明るい彼から出た発言とは思えませんでした。彼は明るいことで評判の人だからです。

「何でまた、そう、思ったんだ?」

『ああ、もう、辛いんだ。勉強がじゃない。いや、勉強が原因、いや、違うな、根元的には俺が原因なんだろう。だが、ああ、もう、辛いんだ。とにかく、何もかもが辛いんだ。』

ハキハキとした、威勢の良い、まるで劇団かのように喋るいつもの彼では、全くありませんでした。彼の言葉は、いつも真っ直ぐなのです。ですが、この時の彼は、もう、ぐちゃぐちゃでした。

『だからさ、今、勢いがあるうちに、さっさと死んでやろうって思ったんだ。だけどなぁ、どうしたもんだか。』

「.........そう、か。」

私は、ひどく狼狽していました。それは、彼が死という大切なものを前にして、私に相談を持ちかけてくれたからです。

「その、なんだ。試しに何かやってみたのかい?」

『えっと、自殺をか?』

「ああ、首吊りか、飛び降りか、いや、とにかく何でもいいんだけども。」

『いや、まだ試してないんだ。』

「そうか、僕は君を助けられるほど強い人間ではないけれど、せめて、自殺の助けくらいは出来るから。」

『ああ、ありがとう。そう言ってくれると、心強い。ああ、そうだな、白状しよう。実はな、いざ死ぬとなると、正直、怖い。死にたくないんだ。だが、君も知ってるだろう?最早、死ぬこと以外にこの世界から脱出は出来ないんだ。』

「ああ、知ってるとも。」

『正直、死ぬことに比べたら、受験やら、就職やら、人生やら、簡単に思えてくる。だが、もう、無理だ。ああ、決めたよ。覚悟ができた。俺は死ぬよ。ちゃんと、終わらせる。俺の志望校は、あの世だ。いや、あの世なんて、あったら困るな、強いて言うなら、無の世界。生前の世界だな。』

「.........ああ。」

『............』

「すまない、僕も白状するよ。君の覚悟を前にして、こんなことを言うのは、みっともないのかもしれないけれど。もう、会えないのなら、言っておきたい。僕は君にはまだ死んでほしくない。まだ、君と、いろいろ遊んでみたかったんだ。ほら、前に話しただろ?大学生になったら、一緒に大人のお店に行ったり、女の人と遊ぶんだって。」

『懐かしいな。ああ、したいな。今すぐにでも、したい。だが、悪い。その約束は果たせそうにない。』

「いや、いいんだ。君の進路に、僕がどうこう言えるものではないからね。」

久しぶりに、たくさん話して、口が疲れておりました。ですが、それよりも、心の方が辛かったのです。涙が出ていました。最初に彼の死の願望を聞いたときから、もう、彼は死ぬのだろうと、思っていましたし、分かっていました。これが、永遠の別れになるのですから、辛くないはずがないのです。

「......それで、いつ、するんだい?」

『そう、だな。明日、裏山の上の廃墟があるだろ。あそこの上からなら、行けるんじゃないかと思ってるんだ。』

「.........そうか。」

『多分、きっと、あそこなら、何とか、死ねるんじゃないかと思うんだ。高いからね。』

「なぁ、僕も、その場に立ち会っていいかい?」

『ああ、むしろ、頼みたいところだったんだ。』


そうして次の日も学校で、彼と出会いました。それは当然なのです。同じ学校、同じクラスですから。彼と、自殺のことを話すことはしませんでした。不要だと思ったからです。彼は、今日、死ぬ。それだけのことですから。それ以上話す必要はございません。とは言いつつも、本当は、泣きそうな自分を抑えたかったなのですが。


そうして、その日の夜。親にばれないように、家を抜け出し、落ち合い、一緒に廃墟の屋上へ行きました。あと、数ヶ月もすれば、取り壊しが始まる廃墟だったので、入り口の前に柵のようなものがありましたが、無視して入りました。心が痛みました。


「さてと、それじゃあ、俺はいくよ。」

彼は僕の方を向いて、そう、言いました。

「ああ、気をつけて、な。」

ここに来るまでの間は、思い出話に花を咲かせました。彼は本当に人を笑わすのが得意で、これから起きる悲しいことをすっかり忘れて、二人揃って笑いあっていました。しかし、屋上の扉を前にして、笑顔は、無くなりました。そこからは無言でした。僕はその扉のところから、彼を見ていました。屋上は柵で囲まれているようだったのですが、あるところだけ、柵が壊れていて、飛び降りやすくなっていました。まるで彼のための数十センチでした。

「......ふう、じゃあ、お前も元気でな。」

彼はそう言いながら、私に背を向けました。

「.........ああ。」

とだけ、返事をしました。涙が、溢れました。私の涙です。視界がぐちゃぐちゃでした。しかし、それはだんだん、少しの安堵によって、おさまりました。

「......どうしたんだ?」

彼は、まだ、飛び降りていませんでした。私は、やった、やったぞ、と思っていました。そうです、彼はかつての私と同じように、失敗したのです。自殺に見事に失敗したのです。彼も私と同じ敗北者になったのです。

私は、彼に近づいて行きました。

「なぁ、どう......」

「だめだ、死ねない。」

私が、「どうしたんだい?」と、言い終えるより先に、彼は、そう、言いました。死ねない、と。私はその瞬間に、次に言う言葉を決めました。そうか、そうか、しょうがないさ。死ぬのは怖いんだから。さあ、今日はもう、帰ろうじゃないか、と。言う、つもりでした。

「頼む、助けてくれ。俺の背中を、押してくれ。言ってただろう、助けてくれるって。」

振り向きながら、私に懇願する彼の目は、私とは違いました。私よりも、一歩先に行っていました。彼は、私の、偽物の絶望ではなく、本当の絶望の中にいました。私のように、自殺の観念に縋って死ぬことすら諦めた敗北者、本当の弱者ではなく、彼は強者でした。死を前にして、恐怖をしていても、死ぬこと、そのものからは、逃げていませんでした。だからこそ、後ろに下がっては自殺からの逃亡になってしまい、前に進むこともできないという、本当の苦しみの顔でした。

私の思う心はただ一つでした。彼を救ってあげたかった。彼の、あんな、あんな悲しい顔を、見たくなかった。そして、そんな自分よがりなことばかり考えいた、愚かな自分にできるのは、親友失格である自分の責任を果たすことでした。私は、彼の背中を押しました。

数秒後の時間もありませんでした。ドンッという音がなりました。鈍い、重い、低い音でした。私は、呆然としていましたが、涙は出ませんでした。


そうして、その後、警察へ連絡し、起きたことをそのまま話しました。するとどうやら、私のした行動は、自殺教唆と言いましたか、とにかく、罪に問われるようでした。彼の普段の明るい性格上、殺人の可能性もあるとのことでした。そこで私は、当時の心情を思いだし、彼を救ってやりたかったのです。と、言うと、何の罪なのか、良く分からなかったのですが、とにかく罪に問われました。


これが、ここ数日の出来事です。私がもし、彼に、一瞬の時間だけ、メッセージを送るとしたら、私は彼に言います。

僕も君も、大変絶望した世界ではあったが、それでも人は、何とか頑張っているようだよ。私という愚かな敗北者を、しっかり悪人として認めてくださるのだ。きっと君も、それを美しいと思うし、同時に嫌悪するだろう。僕は君に勇気をもらった。何とか、何とかして、自分を、責任を持って滅ぼすことを頑張ってみるよ。

ありがとう、友よ。

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自殺 神田(kanda) @kandb

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