第10話

「あ、あの、先生……」

「ん? なんだい?」

「これって、『異能学』の授業なんですか?」


 授業を始めて、数分もしない内に、フィリップから戸惑いの声が上がる。


「もちろん、君に異能が本当にないかを確認しているんだよ」

「で、でも、今、先生がやっているのって……」


 そこまで言いながら、気まずそうにするので、私は視線で続きを要求する。そして、意を決したフィリップは、その『授業内容』を口にする。



「本を読んでいるだけ、ですよね……?」



 少しの脅えを目に移しながら、そう言うフィリップに私は返答する。


「そうは言ってもね~、今は君に本当に異能があるかを確認しているところだからね。それ以外のことは何も出来ないんだよね」

「いやいや、本を読みながら、どうやって確認しているんですか!?」

「簡単だよ、私の『異能』で今、君の体内を調べているんだよ」

「……え?」


 私の言葉に、フィリップは「どういうこと?」と言いたげな顔でこちらを見る。すると、横にいたクラとコロがフィリップに解説を始める。


「先生の『異能』は『鋼』でね、簡単に言うと、色んなものを鋼に変えることが出来るんだよね」

「え、えっと、今回の場合だと、空気にある見えない粒子を鋼に変えて、フィリップ君の体内に侵入させ、『異能』の反応がないかを確認しているんです」

「そ、そんなことが出来るの?」

「うん!」

「わ、私達も、体調が悪いときは、先生に診てもらっているんです……」

「そういうことが出来てしまうのが『異能』なんだよ」


 クラとコロの言葉に、「信じられない」といった表情を浮かべるフィリップに私はそう告げる。


「ち、ちなみに、僕に異能があるかは……」

「まだ調べ始めたばかりだから、流石に分からないよ」

「で、ですよね……」

「焦る気持ちは分かるけど、もう少し心に余裕をもっておかないと、しんどいよ?」

「は、はい、気を付けます……」


 そう言いながらも、焦ってしまうのか、フィリップの顔から焦燥の色は消えない。


 そこで、私はフィリップにとある提案をしてみる。


「なら疑似的にだけど、異能を使ってみるかい?」

「え、そんなことが出来るんですか!?」


 私がそう言うと、予想通り、フィリップは目を輝かせて、こちらに詰め寄ってくる。


「ん、じゃあ、これをどうぞ」


 そう言い、私は鞄にいれていた魔道具を一つ、フィリップに手渡す。


「これは?」

「私が作った魔道具だよ、魔道具を使ったことはある?」

「あ、はい、簡単なものですが……」

「なら、大丈夫、使ってみて」

「は、はい!」


 元気に返事をしたフィリップは、意気揚々と魔道具を起動する。すると、魔道具から、雷が飛び出し、フィリップの体に巻き付く。


「こ、これは!?」

「雷の魔道具で、攻撃力と速度を上昇させてくれるよ」

「す、凄い……」

「どう?実際に戦ってみないかい?」

「え!?」


 私の提案にフィリップは驚いた顔をするが、それは当然だろう。先ほども述べたように、異能の実戦練習は中等部三年の後期から行われており、今はまだ前期である。彼の表情は、知識が不十分な状態で実戦なんてしていいのか、と言っている。


「異能を使うのに、大事なことなんて大してないから、いきなり実戦に取り組んでも問題ないよ」

「そ、そうなんですか?」

「実際、そこにいるクラとコロはもう実戦訓練をしているよ」


 本当は、実戦という枠を超えているけどね、と心の中で突っ込みながら告げると、フィリップは再度、驚いた顔で、今度は二人の方を見る。


「え、ほ、本当なの!?」

「は、はい、少しですけど……」

「帝国の教育に年齢なんて関係ないからね~」

「えー……」


 二人の返答に、フィリップは顔を白くしながら、空を見上げている。どうやら、自分の頭の中の常識が壊れていくのについていけず、現実逃避をしているのだろう。


「まぁ、そういうことだから、とりあえず、やってみなよ。多分だけど、調査は授業の終わり頃までかかるからさ」

「え、でも、実戦訓練って、どうやれば……」

「そこに『先輩』がいるんだから、聞けばいいでしょ?」

「先輩、ですか?」


 フィリップが私の視線の先にいるクラとコロを見る。


「え、嘘、ですよね……?」


 二人の姿と言葉の意味を理解した次の瞬間、今度は顔を青くしながら、フィリップが縋り付いてきた。実戦訓練を経験済みというだけでなく、獣人族という種族故に、身体能力は私達よりも高い。

 そんな相手と実戦訓練をするなんて無理です!と視線で訴えてくるが、私は気にせず、口を開く。


「大丈夫大丈夫、ちょーっと怪我するだけだから」

「それ、絶対、ちょっとじゃありませんよね!?」

「さ、じゃあ、訓練場に行こう~」

「は、放してください、って、力強ッ!?」


 そう言い、私はフィリップの腕を掴み、教室を出て、学園長が用意してくれている訓練場に足を運ぶ。

 フィリップが必死の抵抗を試みるも、所詮は学生の腕力、たくさんの貴族と戦ってきた私の腕力にはかなわず、引きずられていく。


 教室から少し歩き、円形の訓練場に到着した私は観覧席に腰を下ろし、中央で対峙する三人に大声で話しかける。


「クラとコロは最大限の手加減をしてねー!フィリップ君はとりあえず、魔道具を使った戦闘に慣れてみて!」

「はーい」

「わ、分かりました!」

「が、頑張ります!」

「よし、じゃあー、始め!」


 なんとなくフィリップはコロに似てるなー、と心の中で独り言を呟きながら、私は訓練開始の合図を送る。


「よしっ、おいで、フィリップ君~」

「で、出来る限り手加減はします……」

「じゃ、じゃあ行きます!」


 そう意気込むと、フィリップは魔道具を起動し、雷を身に纏う。


 そして、踏み込んだ次の瞬間


「おぉ!凄いね!」


 目の前にまで移動したフィリップに思わず、クラが感嘆の声を上げる。


「初めての魔道具を使った戦闘とは思えないよ!」

「それは!どうも!ありがとうございます!」


 そう返しながら、連続で拳を振るうフィリップ。拳を振るう度に雷が迸るが、戦い慣れているクラは紙一重でそれを躱す。


「んー、見たところ、かなり筋は良いんだけど、何かやっているの?」

「えーっと、剣術と格闘術を少しだけ……」

「なるほどね、でも、それだけじゃなさそうだな~」

「え?」


 クラの言葉にフィリップは「どういうことですか?」と私に問いかける。


「そうだね、もちろん、積み重ねた技術も見えるけど、なんだろう、妙に戦い慣れているように見えるんだよね」

「そ、そうでしょうか?自分ではそのあたりは分からないのですが……」

「まぁ、これはあくまで私達がそう感じただけだから、実際のところは分からないけどね」

「ってことで、ちょっとギアを上げてみるね!」

「え、な、なんでですか!?」

「多分、もう少し力を出してもいけそうだからね!あと、もっと戦ってみたい!」

「絶対、後半の理由だけでやっていますよね!」


 クラの言葉に、フィリップは「勘弁してくれ!」と言わんばかりに声をあげる。


「あ、あの先生、私も参加していいですか?」

「ん?もしかして、やりたくなった?」

「は、はい!駄目、でしょうか?」

「ううん、大丈夫だよ。せっかくだし、二人の連携を見せてあげたらいいんじゃない?」

「はい!」


 そう力強く返事したコロがクラの隣に降り立ち、フィリップと対峙するのを横目に私は『異能』で調べた、フィリップについての結果を確認する。


(やっぱり、ただの護衛では済みそうにない依頼だね……)


 フィリップが二人の連携に泣き言を零すのを聞きながら、小さくため息をつき、今後の計画を立てるのだった。


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