ベッドの上の異種間対談(5/5)

 変わっている。彼ことをその一言だけで済ませるのはいささか乱暴だと思った。


 自分の主義主張と周囲の空気とも呼べる風潮とが合わない時、自分の意見を通し続けられる者はそう多くない。大抵自分の意見を曲げてしまうか、周りに上手く意見を合わせるよう動くのが一般的だ。


 だが、彼は違う。


 自分の意見を曲げないだとか、周りに流されずに理知的に動いているだとか、そういうものとはまた違う。そもそも根本的なところで、彼は見ているものが違う。そんな気がしてならない。


 これまで出会ってきた誰とも違う彼と、どう接するべきなのかが分からない。


 彼のことは信じていいのかもしれない。だが、本当にそれが正解かどうかが分からないから、怖い。


 それでもクィーリアは、一歩踏み込むことに決めた。


「……朝食」


「ん?」


 小さくぽつりと呟いたクィーリアの言葉にゼノンが反応する。


 ゆったりとした動きで、クィーリアがゼノンと顔を合わせ、もう一度口を開いた。


「持ってきてもらった朝食だけど、もう少しこっちに寄せてもらっていい? 悪いけど、ちょっと離れてて取りづらいの」


「ああ、それならもう皿ごと持っていくか? テーブルの上よりも膝の上に置いた方が採りやすいだろ」


「そうね、お願いするわ」


 クィーリアの了承を待ってからゼノンは椅子から立ち上がり、テーブルに置かれたトーストの乗った皿を手に取る。


 そのまま皿を、ベッドに座るクィーリアに手渡した。


「ああ、それと」


 受け取った朝食を太ももの上に置いたクィーリアは、ふと思い出したようにゼノンを呼び止め、恐る恐るといった様子で彼に右手を差し出した。


「少しの間だけかもしれないけど、しばらく、よろしく」


 そう言うクィーリアの表情はどことなく固い。まだ緊張が解けていないのは一目瞭然だ。


 それでも彼女は、こちらに手を差し伸べた。


「こちらこそ、よろしく頼む」


 クィーリアが伸ばした手をゼノンが握る。


 一瞬、彼女の体がぴくりと跳ねた。


 それも構わず、ゼノンは軽く力を込めて彼女の手を握る。


 それに応えるように、クィーリアもまた手に力を込める。


 時間にしてほんの数秒。交わした握手は簡単にするりと離れた。


 用事を片づけてくると言ってゼノンが部屋を出た後、クィーリアは朝食のトーストに一口齧りついた。丸型のパンを半分に割って焼いたものに、バターを塗っただけの、いたってシンプルなものだ。


「……冷めちゃってるわね」


 苦笑しながら、クィーリアは残りのトーストも口に運んだ。焼き目のサクサク感はとうに失われて固くなり、バターの香りはパンに染み込んでいつの間にか消えていた。


 でも、ちゃんと美味しかった。


 手にしたトーストを食べ終えて空になった右手を、クィーリアはぼんやりと見つめる。


 思い出していたのは、ゼノンと握手を交わした時のこと。


 先ほど握ったゼノンの手の力が、ぬくもりが、まだ少しだけ残っているような気がした。

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