第二章 ベッドの上の異種間対談
ベッドの上の異種間対談(1/5)
「……嘘でしょ」
翌朝、クィーリアはゼノンの家のベッドの上で、小鳥のさえずる声を耳にして目を覚ました。
それだけ魔物に消耗させられていたということなのだろうか。それとも野宿生活が続いてしっかりと体を休められていなかったからなのだろうか。久しぶりにちゃんとした寝床についた彼女は、初対面の、それも人間の男の寝室で熟睡していた。
あれだけ警戒していたくせに、自分でも恥ずかしくなるくらいにぐっすり眠ってしまっていた。
「いや、まさか、ね……」
部屋に誰もいないことを確認し、クィーリアはぽつりと呟いて衣服を脱いだ。
彼女の浅黒い肌には、細かな傷が無数に残されていた。これまでの修練でつけた古いもの。諜報活動として人間領に赴いてからついた新しいもの。とっくに治った大昔の傷跡。できたばかりのかさぶた。
その中でも特に大きな、魔物につけられた左肩の傷には真新しい包帯が巻かれ、丁寧に処置がなされている。
そして、それ以外の、身に覚えのない新しい傷跡は見受けられなかった。
何も、されなかった。
過程はどうあれ、今、ここでしっかりと生きている。
安心感と徒労がない混ぜになった胸のうちをため息とともに吐き出して、クィーリアはもう一度ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
どうやら昨晩意識が途切れて以降、ゼノンはクィーリアを家まで運び、傷を手当てし、ベッドに寝かせた。
そして、それから今に至るまで、彼女に対し悪意を抱くことはなかったらしい。
それが善意によるものなのかは、まだ分からない。
彼が一体何を考えているのか、彼の目的が今ひとつ掴めない。
「起きてるか?」
クィーリアが見慣れない天井を見つめながらそんなことを考えている最中、ノックの音と一緒に、ゼノンが扉越しにたずねてきた。
「あ、ああ、起きてる」
「入ってもいいか?」
「……ちょっと待ってて」
クィーリアは傍に置いていた衣服を素早く着直し、扉の向こうで待っているゼノンに「どうぞ」と声をかけた。
彼女の返事を聴いてから、ゼノンは静かに扉を開いた。開いた扉を足で止め、足元に置いた救急箱を拾い上げると、もう片方の手に持ったトーストの乗ったトレイと一緒にベッドの横の丸テーブルに置いた。
「体の調子はどうだ?」
ゼノンは部屋の隅に追いやられていた丸椅子を引いてきて、ベッドの隣に座り、クィーリアに問いかける。
「だるい」
「すまなかったな。処置が遅れたせいで血を流させすぎた」
「……」
性格のせいか、彼の表情はあまり動かない。
そのせいで、彼の内心が計り知れない。
助けてもらったはずなのに、クィーリアの不安は増すばかりだ。
「朝食と、一応治療の道具も持ってきた。どちらを先にやってもいいが、どうする?」
「……」
「……言いたいことがあるのなら言え」
あまりに自然に接する彼に、どう対応すべきかとクィーリアが返答を躊躇っていると、ゼノンの方から単刀直入に切り込んできた。
話題を振られ、返答を待たれている以上、答えなければ話にならない。
今更、恐る恐る彼の動向を気にし過ぎていても仕方ないかと、クィーリアは思いなおして口を開く。
「いや、おかしいでしょ」
彼女はベッドに座ったまま、ゼノンを睨みつけた。
疑念、無理解、不信感。どんな感情を瞳に宿せばいいのか分からない。
だからこそクィーリアは、胸の内を思うままにぶちまけた。
「なんで人間のあなたが、敵である亜人の私の傷を治療して、一緒に魔物を倒して、今もこうして普通に接しているの? 何か裏があるんでしょう?」
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