第2話 たぶん大丈夫

 人から見ればこの転校生は、椅子を引くやらカバンを置くやら、視覚的に動作が結構遅い。

 実際、ただ物音が小さく、皮膚の表を掠める水如き心地良いオーラを放っているのだ。


 担任がいるせいか、いぶかは周囲の視線がしばらくおさまったと明らかに感じたのだが...


 間違いなく、背後にだけ、まだ何か不吉な気配が漂っている。


 且つ隣に痩せ形の女子が机にうつ伏せになり、腕を組み手枕とし、顔を隅々その中に埋めたのも

眼の端に捕られた。

 ふわっと軽く巻いている茶色っぽい髪が萎えたように垂れ下がったりあちこちに旗めいたりし、首の後ろでゆっくり引っ張るとほどけそうな随意に束ねた部分から本人の怠さが覗かれ、「今熟睡してまーす」というふうに告ぐデジャブが出てくる。


 うん...この席、大丈夫かな。


 と心配しながら、

 頬に気流が優しくくっついてくることから、いぶかは斜め後ろにある窓が隙間を開いているのを発見──


 「あー、大丈夫大丈夫。」


 振り返るとすぐ、まるで意図を見抜かれたように、ある声に話しかけられ、いぶかもようやく不吉のソースを見つけたのだ。


 自分の後ろに座っているハーフアップや校則範囲内のメイクをしたお洒落な女子が、見た目がパーフェクトであるにもかかわらず危ない予感をさせてしまう笑顔を浮かべる。

 「そっちの奇ちゃんね、寝る時暑いのめっちゃ我慢できないからわざと開いたげたんだよ。」


 「え、そう、なのか?けど...」


 「奇子って不眠症で、そしてこのクラスの先生たちも知ってるからな。」

 今回は洒落女の隣、短髪の爽やか系女子に読心され割り込まれた。


 この二人もしかして占い師グループなのでは?


 「なるほどね、わかった。」

 といぶかは微笑んで返すしかなく目を戻し、そしてぽかんとチャイムの音とともに教室へ入った一限目の担当教師に移す。


 ここってホントに大丈夫なんだろうな...


 授業中。

 いぶかは背後のぐっと濃いめにする不吉にどんどん覆われたと実感。

 しかも自分も占いをマスターしたとも思えてきたのだ。


 新進占い師甘利いぶか、授業が終わると今のような安らぎも遥かにそよがれてゆくとこう占う。


 一限目の科目が英語であり、自分にとっては内容も簡単すぎ。

 いっそ思いを馳せたいぶかのすぐ近くに、

 青空に浸る日差しが窓台の上にある幾つかの斑点ができた盆栽の葉の頽廃をますます際立たせている。


 なんだか。

 あるしばらく外界と繋がれない有無の疑わうべき夢を泳ぐ頽廃そうにも見える子と似ている。


 知らず知らずのうちに、授業が終わりを見込まれ、その女子もようやく一つでも動きをし始めた、

 顔を壁の方に向けるだけだがね。


 もうすこし、観察しようという思いだったいぶかは、

 終了のチャイムが鳴るとほぼ同時にガラスに映った、背後の不吉な生物が爪を研ぐ様子に気がつく。

 あー


 うん?

 それと一緒に映り込み、黙々たる開いた灰色の瞳にもいぶかの目があたる。


 同じく、その一瞬だった。

 いぶかの両肩が素早く掴まれ、上半身もまにまに後ろへ倒れていく。


 うーん、やっぱり先生に相談しよっか、

 席を変えることについて。




 そう思いながら、行動上、いぶかはもう抗うようもない。

 仰向けにされ、ある不審者に頬を揉まれ、その見て殴らずにいられない表情が間近で目に入る。

 「どうも甘利新人、あたし、これからあんたが入居する部屋の管理役である酒井純だよ~何か生活上の問題あったら遠慮なく言ってねぇー」


 ...実はもう生活問題の一つ目ができたけど。

 いぶかはそう言い返す直前。


 「私管理役奪われた記憶ないんだけど?」

 短髪の女子が再び一歩早く割り込んできたのだ。


 「まぁまぁ、親友だし、親友のものってあたしのもの、親友の管理役ってあたしの管理役、そうに決まってんでしょ?」

 

 「ふむ、一理あるな。そんじゃぁ月に4回の週間ログ、半分担ってくれよ、我・が・親・友?」


 「ッコホン、甘利新人や、先は冗談だけだったよ、あたし生活能力虫より低下すぎだわ。」

 残念がるふりをする純が、手をそばの人の肩にかけ話を一転する、

 「と、いうわけで言い直す。こっちゃー真正の管理役・数許緒葉、何か生活上の問題あったら、遠慮なく言ってねぇー」


 「うん...わかっ、た。あり、がとー、ね、これからよろし、くー...」

 また頬が揉まれ放されないいぶかはかろうじて字を口から絞り出しつつ、緒葉と視線を合わせる。


 確かに、洒落不吉より頼りになりすぎるに見えるのだ。

 「って、あの、さ、いつまで、揉むつも、りだろう...」顔中真っ黒ないぶか。


 「ああ、ごめんごめん、ついやりすぎだったー。でも甘利さんの顔っておばちゃんちの生まれて1か月経った娘より柔らかくて仕方ないじゃん。デヘッ」

 やっと手を放した純の言葉や表情には、申し訳なさのようなものまったく見つからない。


 「...ううん、大丈夫。」

 重荷を下ろしたようないぶかは身を起こし、

 然るに相手の揉み合ってやまなく、つまり揉む気をなかなか隠していない両手を目にしたら、即座に仕返しの勘定を心の中に書き留める。



 

 

 

 

 


 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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