では、一緒に歩いていってあげよう

木子撲蛾砕

鳥は檸檬のことを覚えておりながら、些細な酸っぱさを忘れた

第1話 相変わらずであるが、相変わらずでもない

 安水高等学校学生寮。


 今夜、奇子は新しいルームウェアに着替えた。

 半分乾いた髪や浮き浮きとした顔つきをしてバスルームからぶらぶら出てくると、二人のルームメートが結構忙しいところだった。


 「何急いでるん?」


 「あー、先はさ、奇子が風呂入ってた時担任がきたの。明日転校生来る、そしてうちの部屋に入るんだって」

 純が空きベッドの上に置いていた雑物を片付けながらちょっと興奮している口調で答える。

 なんといっても、彼女のような狂った人にとって、「新人さん」をからかうのが人生における大きな楽しみとは言えるのだから。


 そばの緒葉が、力を振り絞って布団をクローゼットの中に押し込んだ後、手についた埃をはらいながら、

 「奇子も髪を乾かして早速自分のものを片付けてな。」


 「おっけー」

 という手真似をして、奇子が机の上に置いてあるドライヤーを取り、ドジョウ如きバスルームへと滑り入っていく。


 氤氳や香りがまだ残っており、

 そんな混じり合いの最中、意識の少しだけがともに漂っていきそうな奇子。

 緩めに電源をつける。


 風の騒めきが狭まる空間を詰め込み、彼女の目線は悉く湯気で曇った鏡に集まっている。

 うん、相変わらず綺麗。


 ただし普段と比べ、口元が微かに沈んだような気がする。


 それは、純の話、特に「転校生」という言葉が、記憶の奥にて、わずかにひび割れた真珠に搔い撫でたからかもしれない──


 「ひぃ、あっつー」




 「奇ちゃん、こんな早いのにもう寝るか?」

 9時半に過ぎたばかり、純が意外そうにロフトベッドに登り、布団を広げた奇子を見ている。


 「うんー」

 だるそうに返事したが、しぼむ気配も含まれず、何気なく窓外の街灯に潤されているポプラの枝葉をちらっと見たら、今日きっとぐっすりできるとひそかに悦ぶ奇子。


 「おー、マジでいい子だね。」

 と褒めながら、そっと手を伸ばし、いい子の足首を軽く叩こうとする純。


 避けられた後すぐ向きを変えてもう一人のところに楽しみを探しにいく。


 「ほら、緒葉、ほかの子見て自分を見てちゃんと違いをわかった?」


 「...ほ、」

 一時筆を止め、怨霊に及ぶ表情を見せてくる緒葉がせせら笑いで、

 「私、誰かさんのせいで無実の罪を負わされたんで始末書きを取り組まないとだろうかね...?」


 「アイ・ラブ・ユー、マイベイビー~先に寝るね。」


 「何の甘すぎる夢してんのかな?」

 萌えで誤魔化そうとし、階段の手摺りに触れるところの純の手を掴む緒葉が薄笑いながら、

 「カモンベイビー、愛してるなら一緒に夜更かししよー」


 「...」

 ベッドで横になり、目を閉じたまま、耳が慣習みたいな「痴話喧嘩」に囲まれる奇子が、

 だんだん眠気が出ている一方、頭の中で濁りつつあり、あやうく散ってしまうある顔が逆に形を築き直していくような...




 真夜中に至り、純と緒葉も眠りにつく。


 外。

 雷鳴が滲むざあざあとした土砂降りが前触れもなく訪れ、枝葉の上で芽吹いたばかりの緑を打ち落とすとぴたりと止み、痕跡を一つも残さずに去る。


 内。

 穏やかな呼吸が稍乱れ、奇子は寝返りを打つ。




 朝である。

 ロフトベッドから下てから洗面所に向かおうと思いつつ、純と緒葉が目を逸らすだけで鬼女にあたり...

 なーに、鬼女じゃないや。


 「おーい、奇ちゃん...生きてる?」

 そのずいぶんこけた顔色の前で手を振ってみる純。


 「...う...」カタツムリの速さで目の縁を擦りつつ、奇子が泣きそうな小顔で、

 「全部、終わった...」




 港に沿い一連に並んだ建築と触れ合い、ピンクやブルーのグラデーションに染まる彼方の低空が、もじもじ半分弱しか現れていない太陽を引き出そうとする。


 Gクラスの教室内、担任教師が部屋を一回見渡す。

 一人の生徒が爆睡している様子を見たが、黒より薄い色の髪だと確認した後何も言わず、最後に目線をそばで立っている先自分が連れてきた生徒のほうに戻す。

 「ゴホッ、紹介する。こっちは今日このクラスに入った甘利で、これからみんな助け合うんだよ。うん、甘利、ちょっと自己紹介してな。」


 担任が話しているうちに、生徒たちも好奇心を持ってその転校生を観ている。


 ゆるい制服に細く引き立てられ、中等の少し上ほどの高さである体つき。

 肩まで伸びた黒髪を散らし、デリケートな顎のラインと相まって色合いの冷たい肌や整った顔立ちをきれいに描いている。

 そこにもう一層目立つ自然に下へ曲がる眦と口元で、工業製品っぽさが強くなったのだが──


 そんな近寄り難いというイメージが出てくる憂鬱感の帯びた女の子が、担任の話を聞くと急に、何かを遮る気もない素直な微笑みを咲かせた。


 「みなさんおはよー。甘利いぶかっていうんだ。これからよろしく。」


 敬語も使わなく、細くもなく、電子機械に濾されて瑕のあるような声であるものの、はっきりとした発音とこの早春に相応しい口調でのどかさを唱えている。


 まるで声が教室の後ろに届いたのと同時に、

 いぶかはまたてきぱきと腰を屈めた。


 すると、担任の指示に従い、歓迎の拍手に包まれ、窓近く後ろから二行目外側の席に向かう。

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 



 

 

 

 



 

 

 


 


 

 

 

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