17話

 気分が沈んでいようが夜は開けるし日は昇る。私は相変わらず補習後に作業して帰るを繰り返していた。間には三者面談もあった。将来の夢はなんですかと問われたならば、「思いついたお話、全部出し切ってから息絶えたいです」と答えたい。自信満々にできたならばどれほど幸せなんだろう。その場凌ぎで四年制の私大志望にした。四八ヶ月丸々そのまま、とはいかないけれども、働かなくても無職ではなく学生を名乗れる。ニートじゃない。一応社会との繋がりを維持できるし、私立の文系ともなれば教職課程でもない限り多忙とは無縁。学部は理系以外ならどこでも構わない。執筆時間をたんまり確保できるし、最悪在学中に滑り続けても留年と中退さえパスすれば大卒カードと共にしれっと就活すれば無問題だと。長谷川先生に言ったら厳しいって断言されてしまった。

 

 まあそうだよね。期末テストの翌日に受験した模試のレーダーチャート、ランスみたいなんだもん。良い具合に人を差し殺せそうな鋭角。極端な成績とも宣告された。仰る通り。異論ありません。だって自分の嫌いなことに大切な自由時間をわざわざ使いたくないし。歴史は九十八点物理基礎は三点。物心つく前から激しい選り好みをしていたそう。よちよち歩きの頃に親から知育系のおもちゃを与えられた際、素朴な積み木やパズルなんかを買い与えられたそうだが私は何の反応もしなかったらしい。その時はタオルのミミを舐めたり食んだりするのにお熱で、ひねもすタオルを手放さなかった。一遍私からタオルを引き剥がしてみたらギャン泣きしたそうな。後日、パズルはゴミ箱に突っ込まれていたところまでがオチである。

 

 先生から専門や短大を勧められて、話題は観桜祭の件に移った。先生が言い淀んだ後、「斉藤さんや渡辺さんだけが勝手に進めていて困っていると相談を受けまして」と聞かされた。側から見れば若気のなんとやらで突然躍起になって、我儘に働いて、それを良いことに他のクラスメイトは任せきりになる。団体戦として望ましいスタイルではないことは明らか。だからと言って今更時間は巻き戻せない。翌る日も翌る日も、私たちはせっせと準備を進めた。ちらほら他の子も残業タイムに加勢するようになったけど、ほとんどの時間教室の隅で駄弁っていたりスマホをいじくり回しているだけだった。依然役者一行は顔を見せない。私と福本さんのペアで用務員室や学校近くのスーパーで段ボールを掻っ攫ったり、渡辺さんの単独公演で台本の質を高めたり。赤入れではラノベのレイアウトが図らずとも功を奏した。というのも、私は台本を仕上げるにあたって手癖で頻繁に改行をしていた。それで空いたスペースが注釈をメモしたり変更後のセリフを書き込んだりするのに便利だった。ラノベは基本ディスプレイに表示させるものなので大衆文芸のように字を詰めてしまうとかえって視認性がガタ落ちしてしまうからだ。

 

 黒板をキャンバス代わりに下手なイラストを目一杯に描いた。髪をチョークの粉まみれにして。買い出しにも行った。領収書の切り方に四苦八苦したり、校門と麓の店舗を二往復したり。自宅の玄関扉を開けるとその場で這いつくばるほど体力を持ってかれたけど、とても幸せだった。

 

 私、ちゃんとみんなに貢献してる。しっかり働けてる。成長してる。渡辺さんのおかげでアクションシーンは日に日に改善されている。福本さんはつい昨日、全員分の衣装を仕立て上げた。できることは全部やったつもり。刻々と近づく本番に胸が高鳴る。朝の占いも一位だったし、観桜祭は大成功の予感がする。

 

「んん?」

 

 珍しいことに、クラスメイトの所有物と思わしきスポーツリュックが横一列に並べられていた。ロッカーの上。廊下に備え付けられている。やっと参加する気になったのだろうか。正直手遅れ感が否めないが、喜ばしいことであるのには変わりない。大道具、小道具共に出来上がっているので後は稽古あるのみ。夏季休暇も最終週を迎え観桜祭の足音は着実に接近している。タッタッタと教室のスライドドアに駆け寄り、磨硝子越しに人影が見えた。取っ手に指を引っ掛け一抹の期待を胸に開け放った。

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