第4話 謎の宗教団体
少し前回のおさらいをしよう。
俺に仕えるメイド――アスカが誰かに恋心を抱いている。確かそんな話だったはずだ。
で、俺の頭のなかは今、そんなアスカの発言を理解できずにいた。いや理解したくないのが正しいのかもしれない。
もう頭のなかが真っ白なのだ。
おまけにアスカが見知らぬ男性と唇を重ねるそんなクソみたいな光景が目に浮かぶのはなぜだ。互いの愛を誓い合った際に鳴らされる教会の重く鈍いウェディングベルの音までもが脳裏に響く、そんな感覚に陥る。
うん、これは重症だ。
茫然と立ち尽くす俺。
しかしアスカは笑いながら、
「ふふふっ! 冗談ですよ」
こいつは俺をからかっている。
なんとなく話し方でわかる。まあ、冗談ならよかったが、念のため再度聞いてみる必要がありそうだ。
「本当か? 冗談なのか?」
「ええ、冗談です。私はあなたから離れようとは思っていません。想い人がいるのは事実ですが」
「最後なんて言った?」
「離れようとは思っていませんって言いました。それとどちら様でしょうか? 用があるなら入りなさい」
俺はなんのことかと疑問に思ったが部屋のドアがゆっくりと開いた。
扉の隙間から顔を出したのは可愛らしい桃色のドレスを着た我が義妹エリスの姿だった。
「ああ、すみません。エリス様でしたか。どうかなさいましたか? 私は今多忙ですので、ご用がございましたら他のメイドにでもお申し付けください」
はぁ、なんでアスカはエリスに冷たくするんだ。仕方ない。ここは兄である俺の出番だ。
「どうしたんだい? エリス」
「え、ええと、そのね」
「うん?」
「お庭に怪しい人がいるの! なんか屋敷に向かって手を振ってるの」
「行くぞアスカ」
「はい、クズト様は私の後ろに」
俺はエリスの頭を撫でると、アスカと二人で部屋を飛び出した。廊下を疾走している姿を見たメイド達があたふたしている姿が目立つ。
それにしても庭でメイドでもない何者かがいるようだが、一体何者だ?
敷地内は警備が完璧なはずだ。
それに今は以前の手薄な警備とは違いそれなりの練度がある者達が警備に就いているはず。
それなのにどうして……?
どうやって侵入した?
そして玄関ホールの扉を開けると、庭には修道服を着た金髪巨乳の女性がいた。
女性は祈りを捧げているのか?はわからないが両膝を地に着け、手には小動物の頭蓋骨にも見える首飾りを持っている。
何かの宗教団体だろうか?
転生する前の世界でもさまざまな宗教が存在していたが、まさかこの世界でもそういった宗教が存在しているというのか?
まあ、どちらにせよここでの宗教活動は丁重にお断りしなければならない。
後々厄介ごとに巻き込まれても困るからだ。
しかしどうお断りするべきか……。
「……うーん」
どう言えば彼女達は……「神なんて存在しない解散」ダメだ、却下だ。「神は存在します」と言われれば元も子もない。
怒らせてしまう危険性すらある。
なら「今すぐ俺の敷地から立ち去れ」っていうのはどうだ? いやいや、これも却下だ。
この世界のことはまだあまり詳しくはないが、実際このレオドール家はローズウェル王国に属しているわけだし、宗教で発展してきた国という設定だったら最悪だ。
宗教すらも受け入れられない器の小さい貴族としてこれから嫌がらせを受ける可能性が生まれてしまう。
「ああ! 思いつかん!」
宗教関係は変に敵に回すと色々と怖い。
多勢に無勢の言葉通りというか……どうすべきなんだ?
ここは話し合ってみるしかないか……。
「今から彼女と話してくる。絶対に手を出すなよ、絶対だ。後が怖いからな」
「承知しました。気をつけてください。あの女の周りにいる者もなかなかの手練れです。もちろんあの女もですが……」
「え? そうなの? ただの宣教師じゃ?」
「油断ならない相手です。一見ただの宣教師に見えますが、まるで隙がありません。それに――」
「それに何だ?」
「何事にも対処できるようああ見えて陣形を組んでいます」
「単に円になってるだけじゃ……」
俺は宣教師の女性に声をかけた。
「あ、あのここは俺の敷地で――」
「あなた様が使者様! わたくしの名はセリカと申します。セリカですよ」
あ、これ結構ヤバい人が来たかも……。
「皆さん! 集合です! 我々の信仰する死と再生の神〝ウロボロス神〟の使者様がいらっしゃいました! 早速ですが使者様、我らウロボロス教団にどうかご命令を!」
「はぁ? 一体何を言って?」
セリカと名乗る女性。
その後ろに控える信者と思わしき人達が俺の側まで駆け寄り足元に跪いた。
自室からはあまり見えなかったが、多くの人が敷地に忍び込んでいたようで……。
老若男女問わず暑っ苦しい男連中や華やかな女性達、そして可愛らしい子供の姿まである。
ウロボロスって言ってたっけ。
名前ぐらいは聞いたことがある。
たしかヨルムンガンドの原型とも言われていたような……。
まあ、ゲームやアニメにもよく登場する名前だ。ということは、このウロボロス教団は蛇を祀っているのか?
それとも竜なのか?
「使者様、どうかご命令を!」
「いやいやいや、何の話かもわからないのに何を命令しろって言うんだよ」
「わたくしはあの日、星々が照らす夜空を見つめていました……」
「えっと、その、何の話ですか?」
俺の言葉に耳を傾けることなく金髪巨乳のセリカは淡々と話し続ける。
「わたくしは幼い頃ウロボロス神と密約を交わしました。それは欲しい物を手にする代わりに今後、現れるであろう使者様に仕えると。そのためにわたくしはこうして聖女となり――」
「うえええぇぇええん! いい話だ。ぐすっ」
「さすがはセリカ嬢です」
セリカの背後に控える男二人は泣いている。
そこまで感動する話でもなかったように思えるが、まあ彼らにとっては響いたのだろう。
やはり宗教は恐ろしい。
それにこの男達以外にも子供含めた信者達がセリカの話で泣き出してしまった。
どこにそんな泣く要素があったのか本当にわからん。全然わからん。まったくもってわからんぞ。そもそも理解しようとも思わん。
でも、ここで俺が言えるのはただ一つ。
「どうか早く帰ってください。お願いします」
この一言だけだった。
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