第3話 ギャルゲーにしては……重い

 俺はニヤニヤしながらアスカの顔をじっと見つめる。


「なんですかその顔は? 本当に失礼なご主人様ですね。ふふふっ」

「なんだよ、その笑い」

「いえ別に……あ、そうでした。明日からはとうとう待ちに待った学園生活ですね」

「そうだな。あまり行きたくないけど」

「今日の予定ですが朝はメイドたちにお給金の手渡しを行ってもらいます。日頃からの感謝の言葉を考えて置いてください」

「え! 無視されてる!? ねえ、俺の話聞いてた?」


 俺の話を聞かないとは……本当に他家だと即解雇案件だ。それをわかっているのだろうか。

 まあ、俺は紳士で優しいから未だに側に置いてるけど。決して身の安全がどうとか、そんな軟な理由ではない、とだけ言っておく。


「次にお昼以降は私とお出掛けです。明日からの学園で使用する教材、制服など諸々購入しに行きますので、外出しても恥ずかしくない格好に着替えてください」

「はいはい、わかったよ。それとメイドに感謝の言葉って言われても――そんなの思いつかないし……。そうだ! ならアスカが考えてくれよ。お前そういうの得意だろ?」

「な、なぜ私が?」

「主人の補助、これも立派な仕事の一つだ」

「知りませんよそんなこと。感謝の言葉くらい簡単な一言でいいのでは? メイドは本来仕えた主人の言うことには忠実。逆らうなどもってのほか」

「おーい、その発言大丈夫か。ブーメランだぞ」

「貴族の間ではメイドを性奴隷のように扱う者も少なくないとか」


 俺はアスカの言葉に納得しつつも半信半疑でもいた。人がそこまで醜くなれるのか、と疑っていたのだ。

 しかしギャルゲーにしてはえらく世界観が作り込まれている。このまま進むとダークファンタジーに一直線だ。害悪貴族だのクズ王子だのこれから色んな連中がご登場してもおかしくない。


 それにまあ、貴族のイメージは金持ちで高価な衣服を着用し、高価な食事を毎日堪能する。庶民が一度は夢見る華やかなイメージだ。


 さっき彼女も言ってたが、実際はそれよりも残酷で酒を片手に女を玩具のように扱いはべらす奴らもいる、噂程度には聞いている。

 巷では貴族と言う名を借りた薄汚い化物と嫌悪感を抱かれているとか。


 確かにこの世界に転生する前の世界でも格差社会だったことには違いない。

 だがしかし格差社会とは言ってもその国に住む人達は法というものに守られ、最低限の生活ができるようにはなっていた。


 それと間違いなく犯罪の件数もこの世界に比べて明らかに少なかっただろう。

 これはあくまで庶民的な目線で見た感覚だ。その類の専門家なら詳しく説明できるだろうが、残念ながら俺は専門家ではない。所詮、大卒程度の知識しかない一般庶民だからな。


 まあ、でもこのゲームの裏設定?と言っていいのかはわからないが、まさかこのゲームがこんなにも醜い世界だったとは誰も思いはしないだろう。

 恋愛のいざこざはあったとしても、こんな人間臭さがあったとは……マジでヤバい。


「クズト様?」

「ああ、すまん。まあ、確かに俺の代になってから今までの貴族の在り方というのを全て見つめ直したな」


 被害を被るのは勘弁して欲しいからだけど。


「そのようです。皆、生き生きとしています」

「現に今この屋敷にいるメイドの大半は娼婦として一度身売りをせざるを得なかった人達だ」


 嘆き苦しむ暗闇の中にひとり。

 そこに手を差し伸べてくれる人がいれば皆はどう思うだろう。救いの手を差し出した者を神とまではいかないが、敬愛し尽くしてくれる。

 よって裏切(内部告発、隠蔽、横領)などあり得ないというわけだ。


「皆、クズト様には感謝しているようです。行き場を失い、男どもに玩具のように扱われ奉仕させられる。女は好きでもない男に奉仕したいとは思いませんので。私も含めて」

「じゃあ、俺には奉仕してくれるのかな? ぐへへへっ!」


 俺の手は無意識に動いた。

 アスカの豊満な胸に目掛けて巧みな指使いをしながら近づく。しかしアスカはその手を払うばかりで何もしてこない。


 これは彼女も俺に触られることを望んでいる。早く気付けばよかったものの、これに関しては俺が悪い。

 女性に恥をかかせるとはなんたる失敗。

 今からでもその罪を償おうではないか!


「アスカ準備はいいか? お、俺の理性はもう噴火の如くたぎっている!」

「チッ、バカなことを」

「あ! 今、舌打ちした!」

「クズト様のような貧乏貴族に……気持ち悪い。無理です生理的に。そういうことはもっと立派になってから――」

「へ? いや、てっきり反発してこなかったから求めているのかと……」

「だ、誰が求めて……あり得ません。私は要求不満でもなければ、それに――」

「それに?」

「私と婚約したいっていう殿方はいくらでもいらっしゃいます。もちろんその人達のなかに私の想い人も……ふふん」


 ア、アア、アスカに想い人だと……!?


 もしやその想い人といつか婚姻してこの屋敷から去っていく未来が。

 い、いやぁまさかな。

 アスカが見知らぬ男性と……。


 誰がアスカをたぶらかしたのか知らないが、俺は決して嫁に出すつもりなどない。

 どこぞのお父さんみたいなことを言ってるが、それこそ数少ない財産よりも超重要、いや大切なのだ。

 彼女だけ絶対に失ってはならない。

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