7-3

 ◇



「四葉くん、鳴崎くんとどういう関係なのか、ハッキリしてくれない?」

「へ!?」

 放課後、掃除当番ということで居残っていると、四葉は同じクラスの女子生徒数名に囲まれ、教室の隅で詰め寄られていた。

「……えっと、その、どうって、言われても」

「お昼を一緒に食べたり、放課後一緒に出かけたりしてるでしょ? 最近はないみたいだけど」

「家に行ったり、休日一緒に遊んでたりもしてるんじゃないの?」

「あー、いや、その……」

『仕事』の話は、なるべく知られないように、と言われているので、四葉は言葉を選ぶフリをしながら、用意しておいた言い訳を口にする。

「えーっと、菖くんがお家のお手伝いでやってる事で、ちょっと困ってる時に、たまたま手伝うことがあって。そこから時々手伝ってる感じなだけで……」

「それで?」

「なんか、それで仲良くなって、今もたまに手伝ったりしてる……くらいです」

「それだけ?」

「うん、まぁ……」

 実際にやっていることは、霊力を消費した菖にキスをして、霊力を『補給』するくらいなのだが、もしこれを女子達に話したら、きっと無事では済まない。

 過去に度々色んな女性グループから問い詰められているので、ある意味これは慣れた展開である。

 しかし、以前もクラスの女子生徒たちには同じように説明をしたはずなのだが、今日はこちらを睨む女子生徒たちの形相がより怖いので、四葉は不思議に思いつつも懸命に視線を背けた。

「プライベートな話もするの?」

「えっ、いや、仕事の話くらい、だけど……」

「やっぱそっかぁ……」

 僅かばかりに期待していたことが打ち砕かれた、と言う感じで、女子生徒たちは一様にガックリと肩を落とす。

「流石に鳴崎くんも、四葉なんかに話さないよ」

「だよねぇ」

 やっぱりそうか、という様子に、四葉は少し驚き、逆に聞いてしまった。

「ど、どうしたの? 何か、あったの?」

 すると、女子達はどろんとした目で四葉を見ると、大きなため息をつくように言う。

「昼休みに三組の子が鳴崎くんに告白したら『好きな人がいるから』って、断られたんだって」

「……えっ」

「だから、このクラスで鳴崎くんと接点あるの四葉くらいだから、何か知らないかなーって」

 今日の昼休みは、教室で昼食をとった。

 陽葵から、最後の大物の調査をしているから、しばらく仕事はお休みです、と連絡をもらったからだ。

 だから菖とは、今朝、登校の時に顔を合わせたくらいで、以降は会えていない。

 そんな菖が、告白されて、断った。

 好きな人がいると言って。

 胸の奥がドクンと大きく鳴った気がして、痛い。

「ずーっと『女に興味ない』『俺に何のメリットもない』『不要だ』とか言ってた人が、いきなり『好きな人がいるから』って!」

「『好きな人』ってことは、まだ恋人じゃないわけでさ」

「自分が付き合えるなんて思ってないけどさー、相手が誰なのかは気になるじゃん!!」

「だって、あの鳴崎くんが片想いしてるんだよ!?」

 自分を囲む女子生徒たちが口々に、悔しそうに呻きながら言う。

「四葉もさすがに鳴崎くんの好きな人とか、聞いてないよね?」

「……うん、ごめん、知らないや」

「そうだよねぇ」

 散々喚いていた女子生徒たちは、再び全員がガックリと肩を落とし、教室を出ていった。

 心臓がドクドクと煩くて、まだ痛い。

 ──知らなかった。

 菖に好きな人がいたなんて、聞いていない。

 だって、ついこの間まで、自分に何度も『補給』を求めたり、身体を擦り寄せて甘えたりしてきた。

 一瞬自分のことかと思ったけれど、菖のあの性格ならすぐに伝えるような気もするし、そんな話は聞いていない。

「四葉ー、ゴミ出しじゃんけん!」

「あ、うん」

 考え込んでいたら呼ばれてしまい、ボーッとしたままじゃんけんをする。

 そして例に漏れず、一発で四葉が負けた。

「やーっぱ四葉かぁ」

「よろしくなぁ」

「はーい」

 四葉は教室にあるゴミ箱のゴミを袋にまとめると、その袋のクチを縛って廊下に出る。

 ふと廊下の窓から見えるロータリーの、その先にある正門へ視線を向けると、菖と陽葵の姿が見えた。二人はもう下校するところなのか、と見ていると、正門の前にいた他校の制服を着た女子生徒と二人が話している。

 菖より小柄で、ショートヘアで、制服のリボンとスカートが女の子らしくて可愛くて。

 心臓がまた、大きくドクンと鳴る。

 その女子生徒は二人と何やら楽しそうに談笑していたかと思うと、まるで当たり前のように菖の腕に自分の腕を絡めてしまった。

「……あ」

 廊下には同じように、菖たちの様子に気付いた女子達が、窓に張り付いてヒソヒソと話している。

「ねぇねぇねぇ! あれ、鳴崎くんだよね?」

「え、一緒にいる子の制服、隣町の女子校じゃん」

「そうだよね、そうだよね!?」

 腕を組まれた菖は、たいして嫌がることもなく、振り払うこともせずされるがまま。

 それから三人は歩き出してしまい、見えなくなった。

「えぇーじゃあ、鳴崎くんの『好きな人』って、あの子?」

「なんだー、付き合ってるんじゃーん」

 ガッカリする女子生徒たちの声を背中に聞きながら、四葉は廊下を進み、階段を降りる。

 ゴミの集積場所に着くと、大きな収集ボックスの蓋を開け、持ってきたゴミ袋を押し込んだ。しかし、ゴミが多いのかなかなか奥まで入らない。

 思考が上手くまとまらなくて、四葉はぼんやりとしたままただゴミ袋を押し込む。

 自分はただの、仕事の協力者、非常食、期間限定の関係、だ。

 何を勘違いしていたんだろう。

 必要だからキスをしていただけで。

 彼にとっては命に関わるから必要だっただけで。

 そこに他意はないのだと、言っていたじゃないか。

 四葉はゴミ袋を押し込む力を強める。

 彼が優しいから勘違いをしていた。

 彼の特別は、自分じゃない。

 ──好きになるなって、言われてたじゃん。

 四葉は涙が出そうになるのをグッと堪えた。

 もしかしたら、付き合ってる相手がいるからそう言ったのかもしれない。そして自分が知れば、遠慮をすると思われたから、言わないでいたのかもしれない。

 だって、自分が告白された時に菖は気を遣ってくれていたから。彼はそういう優しい人だから。

 彼に好きな人が、まして恋人がいるなら、捨てないと。こんな気持ち、迷惑をかけるだけだ。

 この関係も、どうせもう少しで終わるのだから。

 四葉はゴミ袋を無理やり押し込んで、なんとか蓋をした。



 ◇◇



「『神域』を破壊した犯人の移動ルートがわかりました」

 久々に昼休みに打ち合わせをすると言われ、四葉はいつもの校舎裏にやってきた。菖と陽葵の二人と一緒にお昼を食べるのは、なんだか随分久しぶりな気がする。

 陽葵の説明によると、『神域』を破壊した犯人は清宮町内をぐるりと回るようにあちこちに現れては消え、現れては消え、を繰り返しているらしい。

 要が確認したという箇所に丸印をつけた白地図を見ると、犯人のいた痕跡のあった場所のいくつかは、過去に仕事をした『現場』とほぼ重なっていた。

「奴の移動に合わせて、酷い『澱み』が出来ていたわけか」

「そのようです」

 菖はこれまでと変わらず、いつものように四葉にピッタリくっついてきて、相変わらず四葉のお弁当のおかずをつまみ食いしている。

 顔か近いせいか、いつもの甘くて清々しいシャンプーの匂いがふんわり鼻をかすめて、心臓がうるさかった。

 でも、この人には好きな人がいて、この人を好きな人もいる。

 好きな人に好きな人がいた事実より、恋人がいる人と何度もキスを、口合わせる以上に深いキスをしている罪悪感で、四葉は胃が痛かった。

 菖の恋人が、好きでもない人とキスをしていると知ったら、どう思うだろうか。

「……四葉?」

「あ、えっ」

 考え込んでしまった目の前に、菖の顔がいた。

「話、聞いてたか?」

「あっ、ご、ごめん。ぼんやりしちゃって。何だっけ?」

「犯人が今週末あたりにまた『神域』のある自然公園に現れそうなんです」

 奴の行動パターンと動きから、おそらくまた『神域』を狙ってくるだろうと、要が予測したらしい。

「なので今週末に張り込むつもりですが、予定は大丈夫ですか?」

「う、うん、大丈夫!」

 四葉はわざと大袈裟に、元気よく返事をする。

「ヤツは日が落ちないと現れないらしい。遅くなるから、また泊まりがけになるからな」

「わ、分かった。お父さん達に言っておくね」

「こいつを倒せば、ひと段落だ。頑張ろうな」

 そう言ってこちらを見つめる菖の目が、心なしか酷く甘い。

「……うん」

 四葉はそう答えながら、つい視線を逸らした。

 そんな視線は、自分じゃなく、あの子に向けられるべきだから。

 この仕事が終われば、終わり。

 彼との関わりを断つことができる。

 四葉はお弁当の中に一つだけ残っていた甘い卵焼きを、口に運んでしっかり噛み締めてから飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る