第10話 獣の長、ヴェールト
「ヴェールト様、どちらに行かれるのですか?」
警備のものにそう聞かれたヴェールトは
「なに、ちょっとした"散歩"だ。」
と応えた。
警備のものはそれにニコリと笑って目の前を通っていくヴェールトに頭を下げた。それに手を振り、ヴェールトは"散歩"に出かけた。
「あ、ヴェールト様だ!」
「本当だ!今日は何するの?」
ヴェールトを見付けた獣人の子供たちが駆け寄っていく。
「今日は普通に散歩だ。」
駆け寄ってきた子供たちの頭を撫でながら歩く。子供たちはそれを当たり前のように享受し嬉しそうに笑う。それを見てヴェールトも穏やかに笑った。
街を少し歩けばたくさんの住民たちに声をかけられる。
「ヴェールト様、今朝採れた新鮮な果物を食べていってくださいな。」
と食べ物を差し出されば受け取って食べ
「ああ、これは上手いな。」
と感想を述べてサラリと料金を渡し、
「ヴェールト様、俺半年前より身体が一気に大きくなったんだぜ!すごいだろ!」
という声が聞こえれば
「それは良かったな。そのまま大きくなれ。」
と返した。
そんなヴェールトに
「ヴェールト様、俺たちつい先日結婚しまして……。」
と少し気恥ずかしそうに仲睦まじい二人組が声をかけた。女性の方が優しくお腹を撫でていることに気が付いたヴェールトは
「めでたいことだ。幸せになれよ。」
と二人に告げると、女性のお腹に向かって
「元気に産まれてこいよ。」
と声をかけた。
二人は顔を見合わせたあと、
「ありがとうございます!」
と嬉しそうに頭を下げるのだった。
ヴェールトは獣人たちに親愛される"獣の長"である。
かつての彼は小さな獣だった。この世界で彼に自我が芽生えた頃には彼の親はいなかった。本来親に教えられるであろうことを教えてもらえなかった彼はたちまち弱っていった。
腹は減り、身体は傷だらけになり、満身創痍だった彼の前に現れたのはマルベーリだった。
マルベーリは彼に食べ物を与え、傷を癒し、様々なことを教えた。彼がすっかり元気になった頃、マルベーリは彼に
「お前はお前の思うがままに、自由にこの世界を生きよ。」
と言われて、マルベーリの傍で生きることにした。マルベーリはその選択に目を丸くしたあと、笑ってそれを良しとし、彼にヴェールトという名前をつけた。
魚の長、龍の長、獣の長。この中でヴェールトが最も近くで、最も長くマルベーリを見ていた。
ある時マルベーリはヴェールトに"獣の長"になるよう告げた。
「お前に獣の長を頼む。お前の思うように長を務めよ。」
ヴェールトは獣の長になることを受け入れた。
ヴェールトの他のものたちに対する接し方は、全てマルベーリから受け学んだことである。
一通り散歩を終えたヴェールトが自分の家に帰ったのは日が沈む少し前のことだった。
ヴェールトは長だが城などは持っていない。広い領域に点々と、住民たちの家に比べて少し大きい家を持っているだけだ。
帰りも警備のものはいたが、専属の警備のものもヴェールトは雇っていなかった。ヴェールトのいる家を警備しているのはヴェールトを慕った住民たちによって自主的に行われているものだ。
実はマルベーリもかつてこのように暮らしていた。魔王となったマルベーリに"せめて魔王は城を持て"と進言したのは他でもなくヴェールトであった。
ラスティーもパースも、マルベーリまでもが"城"にあまり興味がなかったため、ヴェールトは彼らに城を持つように進言した。
結果、ラスティーとマルベーリは城を建てたがパースとヴェールトが城を建てることはなかった。
ヴェールトはこの件でラスティーとマルベーリから暫くの間文句を聞くことになった。
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