異世界魔族事情

永遠

第1話 始まりの話し

 この世界をつくったものは"神"と呼ばれた。


 神は水と土をつくった。そしてこれらに"海"と"大地"という名前をつけた。そして海と大地に様々な神以外の生命をつくりあげた。

 その生命の中に神は特別な生命を10つくった。神はその10の生命たちを原初の生命体とし、それらにこう告げた。

 [産めよ栄えよこの世を飾れ]

 原初の生命体たちはそれに応え、それぞれ動き始めた。そして10の原初の生命体たちは新たな生命を自分たちで生み出した。これを生命体たちは喜び神に報告しようと神を探した。

 しかし神の姿はどこにもなく。

 この世界には10の原初の生命体、それらが生み出した1の生命体。そして海と大地に栄えるその他の生命体たちが残されたのだった。



 10の原初の生命体たちは神がいなくなっても、神の告げたことを守ろうとした。

 それぞれの原初の生命体はこの世界に散らばって、その先の生命と共存していった。


 そうしてこの世界の生命は増え栄えることとなった。

 これがこの世界に伝わる原初の生命の話しである。













 この世界には人間の国と魔族の国がある。

 魔族の国のトップたちが今、王都に集まり話し合いを始めようとしていた。



 「さて、集まったな。皆の衆久しぶりじゃの!皆の近況を聞かせておくれ。」

そう朗らかに声を出したのは魔族の王、マルベーリである。見た目は美しい銀髪に翠と赤のオッドアイをした美少年だ。

 「そうねえ……。私のところは大雨で大変だったわ。色んなものが流れ込んできたんだもの。」

艶のある長い髪に豊満な身体、ぱっちりとした瞳が特徴の美女、魚の長ラスティーである。

 「俺のところは大雨のおかげで大地が潤って助かったがな。」

大柄で筋肉質な肉体、笑う口から鋭い牙が見えたのは獣の長ヴェーストだ。

 「私のところは人間の侵略が多くなっている……。」

曇り顔でそう応えたのは切り目で高身長、長く尖った耳を持った龍の長パースだ。


 「パースの件は知っておる。レスリア帝国のものが多いようじゃのう。」

机の上に置かれた焼き菓子を食べながらマルベーリが発言する。

 その言葉にパースは顔を曇らせ

「そうだな……人間の侵略が年々多くなっている。我らが人間を害してるとは思えないのだが……。」

と、手を頭にあてながら応えた。


 そんなパースを見て、他の王たちも顔を曇らせた。


 「やっぱり一番の問題は人間よねえ……彼らがみんな悪いとは言わないけれど……どうすれば良いのかしら……。」

 ラスティーの言葉に、魔族の国のトップたちは今日も頭を悩ませるのであった。





 原初の生命体たちはありとあらゆる生命の数を増やし、あらゆる姿でこの世界飾った。

 そのうち、"人間"と呼ばれる生命体がいた。人間は大地に住み、他の生命体より高い知能を使って栄えた。

 しかし人間の他にも高い知能を持つものはいた。原初の生命体たちの力を色濃く受けた獣や魚がいたのである。これらは人間よりも能力などが高いものが多かった。

 人間はこれらの獣や魚を敬った。敬わられたものたちの中には人間と共に暮らすものも出てきた。

 敬われたものたちは、人間に自分たちはこの力のことを"魔力"と呼んでいることを伝えた。それを知った人間たちは彼らのことを"魔族"と呼んだ。

 


 


 「人間と暮らしていた頃が懐かしいのう……。」

使い魔に焼き菓子の追加を頼んでマルベーリは机を撫でた。

 「懐かしいわね……。」

 「そうだな……。私の領域にあの頃を知る者はもう少ない。」

 「俺の領域にはもういないな。みんな死んじまってる。」

ヴェーストがそう言ってコップを傾ける。

 

 「我ら魔族と人間がこうなった最初の出来事はただの悲劇じゃった。ここまで溝が深くなるとは思わなかったう……。」




 魔族と人間は仲良く暮らしていた。

 そしてある時、ある村で美しい魔族の女と人間の男が恋に落ちた。二人はお互いを慈しみ、愛し合った。多くはこれを祝福した。しかし、ある者は憎しみを抱いたのだ。美しい魔族の女を射止めた男を憎んだ人間がいたのだ。

 憎んだ男は考えた。あの美しい魔族の女を自分のものにする方法を。考え抜いた男はある答えを出した。

 "あの男を殺して成り代わろう"。

 そして悲劇は起こった。


 愛しい男のために積んだ花が沢山入ったバスケットが落ちる。鉄の嫌な臭いがしていて。床に赤が広がっていて。愛しい男は死んでいた。刃物を持った見知らぬ男がニヤニヤと笑いながら近付いてくる。

 「君を惑わす男は殺したよ。これからは僕と一緒にいよう。」

 その瞬間、見知らぬ男の身体は切り刻まれた。魔族の女が魔力を使い切り裂いたのだ。

 そしてそこに運悪く別の人間が現れた。人間は悲鳴をあげて叫んだ。

 「魔族が人間を二人も殺したぞ!」

その声はとてもよく響いた。


 魔族の女は同族によって止められ、その村からいなくなった。

 残された人間たちは死んだ二人の男を見て恐怖した。魔族はいとも簡単に自分たちをこうできるのか。魔族のなんと恐ろしく、なんと残虐なことか!


 この事件は人間と魔族の仲に亀裂を入れた出来事だった。多くの人間は魔族に恐怖を覚えたが、一部のものはこう思ったのだ。

 "魔族の力はなんと強力なのだ。こんな力を簡単に行使できるなんて。これを利用しない手はない。"と。






 「あれを見て我らのことを利用するものが出てこようと思わんかったわ。」

 「あの頃の私たちには出来ない発想だわ……。」

皆、暗い表情で下を向いた。 



 「あれから私たちの力や肉体を求めた争いが起き始めたな……。」

大きなため息と共にパースが吐き出す。

 「ああ……酷かったぜ。俺たちは皆生きる場所が大地の上だ。牙や毛皮を求めた人間どもにどれほど殺されたことか……!」

ヴェーストが唸る。

 「……だからこそ我が出向き人間の王たちと不可侵条約を結んだはずなのじゃが……。」

マルベーリの片手が光ったと思えば、次の瞬間そこには一枚の紙が握られていた。それは酷い魔族狩り時代に、マルベーリが人間の王たちと交わした条約書であった。

 「この条約を結んでからもう数百年は経った。この頃を生きた人間はもういないうえに滅びた国や名前が変わった国もある。」

 「更新しなさいよね……。」

ラスティーが呆れた目でマルベーリを見る。

 「忘れていたわけではないぞ。もうこれが必要なくなると思っていたのじゃ。しかし最近の人間たちを見ていると、またこれが必要になりそうじゃのう。」

マルベーリはやれやれと首をふった。




 「我が子たちに既に聞いていることもあるだろうが……。改めて皆の近況を聞こう。」

マルベーリの赤い瞳がキラリと光った。


 「それじゃあ私から良いかしら。」

ラスティーがスッと手を挙げる。それに皆が頷いた。



 「私がきっと一番大したことないわね。

 まず前まで見向きもされなかった魚たちが獲られるようになったわ。何にされているのか気になって調べてみたら、人間たちが生食で食べていたの。驚いたわね。

 後は人魚を求める人間が前にも増して増えてることね。何が今までより恐ろしいって、人魚で何をしようとしているのか全くわからないところよ。今までは血肉や鱗を求めて求めてくるものが多かったけれど……今はそれ以外の何かも求めているわ……。

 私はここまでね。」


 「ふむ。では次、ヴェースト。」


 「何を話せば良いやらな……。

 最近、人間の子供が南東の村で人間の子供を保護してる。俺達の耳なんかを見て何故か"本物だ"とか喜んでるらしい。

 それと俺の領域にも人間の侵略はあるぜ、レスリア帝国からな。前からちょっかいは出されていたが、最近は堂々としてやがる。来る奴らの装備がどんどん変わっているところが嫌なところだな。……あの国には早いところ手を打て。

 ……といったところだ。」


 「最後、パース。」


 「わかった。

 最初に言ったようにレスリア帝国からの侵略行為が頻繁に行われている。皆の知っている通り、私の領域は人間が進むには難しい。だから今のところ同胞が襲われた報告はない。だが何度も繰り返し来られては心身ともに休むことが難しいという声がある。

 ……ここ数年で人間の侵略行為が本当に目立つようになってな……。なんでも龍を討つことが栄誉に繋がるという話が何故か最近になってまたあがるようになったようだ。しかしこのような話が再度人間の間であがるとは思えなくてな……。まるで私たちのことを知らない人間がいるようだ……。

 以上だな。」


 「ふむ……。」



 話を全て聞き終えたマルベーリは目を閉じて椅子にもたれかかった。マルベーリが何かを考えるときの癖だ。それを見たラスティーたちはマルベーリの邪魔をしないように小声で話しはじめた。


 「やっぱり私が一番大したことなかったわね。」

 「人間が魚を生で食べるとは……。魚の生食の美味しさを人間が理解する日が来ようとな。」

 「遠慮する仲でもないが……この場でこんな話をするなんて遂にお前の頭がイカれたのかと思ったぜ。」

 「私もどうかと思ったわよ……。でもそれくらい驚いたのよ!オマケにもうちょっと詳しく調べたら鳥の卵も生で食べてたのよ?!」

 「…………。」

 「それは……人間は腹を下しただろうな……。」

 「下してたわ。"生卵が食えないなんて"ってびっくりしてたけどこっちの方がびっくりしたわよ!」




 「なるほどな。気を使ってくれて礼をいう。」

その声が全員での話し合い再開の合図だった。




 「それでマルベーリ、お前はどうするつもりだ?」

 「諍いごとはできれば起こしたくはないのじゃが……レスリア帝国をどうにかせねばならぬな。」

 「具体的には?」

 「少なくともレスリア帝国の"隠し事"はこの世界から消し去らねばなるまい。」

 「お前まで"隠し事"をする気か?」

クククッとヴェーストが笑いながら問う。

 「フハハッ!ここにいる皆にはこれを"隠し事"する気はないのう!…………レスリア帝国、もっと注意深くみておくべきだったわ……!」

 「マルベーリ……それはどういう意味なの……?」

 大笑いをした後すぐ真剣な顔になったマルベーリに、嫌な予感しかしないラスティーは問うた。










 「……レスリア帝国、奴らめ……。異世界から人間を召喚しておる……!」

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