第8話 苦悩

こころのいない会社はつまらなかった。

ぽっかり穴が開いたようだった。


そして、僕にももう一つ悩みが増えた。

口内炎が治らないと思って、病院に行ったら舌癌のステージ1であることが判明した。

まだ、ステージ1だから手術をすれば、生存率は高い。

2月の骨董通りをこころの編んでくれたマフラーを巻いて、毎日通勤していた。

そんな僕も一か月入院することになる。


魔が差したのだ。

僕は気が付けば麗香のライン電話に連絡してしまった。

心細かった。

また、病気になったのかと思うとやりきれない気持ちで一杯になった。


「坂下さん、会社辞めちゃったのね。彼女でもなんでもなかったのね」

麗香はぬるめのハーブティーを入れて迎えてくれた。

「俺って、気が弱いな」

「違うよ。誰だって心細いよ。病気ばかりしてたら」

「こころは俺のことどう思ってたのかな?」

「坂下さん?一馬をいとおしく見てたよ」

「障害を負ってから自分に自信がなくなって、こころの気持ちに気づかないふりをしてたのかもしれない」

「自分を責めるのはやめて」

「結局、また、麗香のもとに戻ってきてしまった最低な男だな」

「そんなことはない。みんな弱いよ」

「俺はこころに助けられてばかりいた。こころの力になれなかった」

「そんなことはないよ。もう寝よう」


結局、その日から、麗香との同棲生活が再びスタートした。

僕は弱い人間だ。

入院までの数日間、麗香に癒されつつもこころのきもちに応えられなかった自分の臆病さを責める日々を過ごした。


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