忘れない

藤間詩織

第1話 出会い

久しぶりの根津美術館。今はなきイタリアンレストラン。ドトールコーヒー。

あの頃とは、この街も変わってしまった。

そして、僕の右にいる彼女も。

あの頃、こころは僕のことをどう思ってくれていたのだろうか?

僕は、自分に自信がなかった。

腎臓病を患う自分が女を幸せにできるわけないと。

障害者である自分が女を幸せにできるわけないと。

しかも、その上、癌も患った自分が女を幸せにできるわけがないと。

それでも、こころは僕の自画像をプレゼントしてくれたり、マフラーを編んでくれたり、家で自分が作った料理を必死になって写メしてきたり、僕になついてくれた。

それは高校生の女の子が初めてできたボーイフレンドに喜び勇んで尽くしてくれているようにも思えた。

あれは、やっぱり、僕に対する好意と言ってよかったのだろうか?


「わたし草間彌生みたいになりたいの」

入社して間もない僕にこころは語りかけてきた。

「長嶋さん美術鑑賞が好きって自己紹介で言ってたよね。わたし絵を描いているの。

わたし、統合失調症でこの会社にはいったのよ。いろいろと癖のある女だけれども、なんでも、一生懸命よ。わたしのプロデューサーになってよ。」

いきなり暗い顔をしてパソコンに向かっている僕にこころは話しかけてきた。

「いいですけれども、佐藤悦子みたいに夫をプロデュースするような関係にはなれませんよ。」

「佐藤悦子は佐藤悦子。長嶋一馬は長嶋一馬。わたしを世に送り出してよ。正直、ここの仕事あきあきしているんだよね。画家として有名になりたい!」

僕も障害者雇用として特例子会社に入ったが、障害者として働くのに抵抗があった。

腎臓病を患う前のバリバリと働いていたアパレルが懐かしい。

美術鑑賞はするが、画家をプロデュースしたことなどない。

でも、面白そうな気もする。

初夏の光が窓から降り注ぐ中、一馬はひそかに乗り気になっていた。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る