第56話
「……ボツだな」
原稿を読んだ僕は苦笑してファイルを閉じた。
こんなものを提出すれば契約を切られるだろう。
無敵同盟に対する総括をしてくれと言われたが、読者が読みたいのはこんなことじゃない。
もっと驚くような新情報や過激で挑発的な記事だ。
これだと自分の視点が入りすぎている上に目新しさがない。
実際僕が注目されていたのは最初だけで、それ以降は他の記者の後追い記事を書くくらいだった。
そんなことは誰でもできると言われ、他の若い記者に仕事を奪われた。そのせいもあり、出版社に対する恨み辛みが混じっている。
これは匿名で書いているブログにでも置いておこう。そうすれば記事を読んだ人が広告を踏んで、それが繰り返されれば一食分の飯代くらいにはなるかもしれない。
無敵同盟がいくら暴れ回ろうが、それで記事が売れようが、結局自分の生活は変わらなかった。いつまで経っても貧しいままだ。
上げられていた原稿料はすぐに戻り、金銭的余裕は泡のように消えてしまった。
おまけに友人を一人失う羽目になった。
石丸が死んで真実は闇に葬られた。捕まった田端や橋爪からの情報も大してあるわけじゃない。
一連の事件はリメインという者が計画し、石丸が橋渡し役になっていたせいもあり、他の二人がしたのは雑用くらいだ。
実際二人の罪は殺人の幇助、監禁、暴行の幇助、爆弾を配り、電車に立て籠もったくらいだ。
全てを合わせれば大罪になるが、一つ一つは石丸の手伝いでしかない。
決定的なことは全て石丸が実行したこともあり、その内出てくるだろう。
橋爪は犯罪歴があるから刑が重くなるだろうが、田端は初犯だ。全く反省していない限り無期懲役や数十年の刑期を課せられることはないと思う。
自分は専門じゃないけど誰だって悪いのは石丸とリメインだということは分かっている。
問題のリメインだが、今もどこにいるかが分かっていない。それどころか未だにその正体が誰なのかも発表されてなかった。
警察の方も調査は続けているみたいだけど、証拠という証拠がなく、そもそも存在しているかどうかも謎だ。
一部の週刊誌やネットの掲示板では今もリメイン=石丸説が根強く支持されている。
個人的にはそう考えていた時期もあったが、今は違う。
石丸のことを調べれば調べるほどあれだけのことができる計画性も資金もないことが分かるだろう。
他にも田端や橋爪がリメインだという意見もあるが、それも同様の理由でナンセンスだ。
リメインに殺された人の内、名前が公開されているのは一人目の香取だけ。あと有名なのは炎上君だ。最後に殺された学生は被害者やその家族の意思もあり報道されていない。
噂によると学生は最初に殺された香取の弟だとされているが、もしそうなら香取家への復讐が目的だろう。
石丸の母親は借金を背負って自殺しており、その原因が香取の父親の銀行というのが本当ならそちらの動機は正しいはずだ。
だがだからと言ってリメインが誰かまでは分からない。炎上君や他の爆弾事件との繋がりも考えれば、リメインは石丸に殺させたい者を殺させ、その上で自分の標的を狙わせたとも考えられる。
それなら本当の目的は炎上君か爆破された金持ち達とも推理できるが、それらとリメインを繋ぐものは今のところ表には出てきていなかった。
一体リメインとは誰なのか?
無敵同盟を結成した理由は本当に世間に自分達の考えを伝えるためだけだったのか?
それとも香取兄弟を殺すためだったのか?
あるいはまだこの先があるのだろうか?
様々な人や組織が動き、解明しようとしているが、リメインが捕まらない限り一生かけても分からないだろう。
なにより僕は解明されてほしくないと思っている。
もちろん記者としては答えを知れた方が良いに決まっている。だとしても彼の正体は知りたくない。
これだけのことをしたんだ。見つかれば必ず責任を取らされる。金持ち達も安心するために見つけたいだろう。リメインに懸賞金をかける者すらいるくらいだ。
だけど今の流れを止めないためにはリメインの存在は必要だ。
彼が再び暴力を振るうのは賛同できない。
それでも金持ち達の意識が変わり、弱者が顔を上げて生きられる今があるのは彼がどこかでこの国を見張ってくれているからだ。
そんな彼が捕まり、絞首刑になるところは見たくないし、そうなれば世界はまた元通りになってしまうだろう。
せっかく変わるきっかけができたんだ。今変われないならこの社会は未来永劫変わらないだろう。
そこまで考えて僕は小さく笑った。
本当のところはそんな理屈じゃない。
僕はリメインという存在をたまらなく好きになってしまっているんだ。
頭では彼が悪人だということは分かっているが、惹かれることをやめられないのはそういうことなんだろう。
僕はボツにした原稿を保存し、ノートパソコンを閉じた。
そしてコーヒーを飲みながらここ最近忙しくて整理できていなかった資料の山に目をやる。
来週からはまた新たな企画の取材だ。今片付けないと来月もこのままだろう。いや、もっと悪化してるはずだ。
いるものといらないものを分けておこう。
僕はテレビを付けてそれを見ながら資料の整理を始めた。
インタビューのメモ。本の引用。ネットの記事のコピー。取材対象の写真。
あとで使うこともあるため、きちんと分別していく。ここでサボると後々急いでいる時に欲しい資料が出てこない。
整理をしていると一枚の写真が目に付いた。去年の春にホームレスを取材した時に公園で撮った写真だ。
彼らは今どうしているんだろう。ちゃんと冬を越せたんだろうか? ホームレスの中には凍死してしまう人も少なくない。
「………………ん?」
おじさんの後ろ。背景にどこかで見たことある人物が写っている。
しかし印刷したものだと小さくてよく分からない。
気になった僕はパソコンを起動し、去年撮った同じ写真を探した。
見つけると画像ビュワーを起動し、背景を拡大させていく。
中古だが一眼レフで撮った写真だ。ズームすれば誰か分かるはず。
「あ」
そこに写っていた人物を見て僕は思わず声をあげた。
画面隅のベンチに座っていたのはたしかにあの石丸だった。
その横で誰かと話している。目を凝らしてその人物を見てみると愕然とした。
そこにいたのは殺された学生だった。間違いない。たしかにそうだ。ネットで見た香取蒼真と同じ顔だった。
僕はしばらく沈黙した。
これは紛れもなくスクープだ。それも世界を驚かせる大スクープだった。
これを公開すれば僕は歴史に名前を残せるかもしれない。それほどのものだ。だが同時にどこかで冷めている自分もいた。
本当にカネや名声のためにそうすべきなのだろうか?
僕は腕を組み、天井を見上げた。そして先ほどから流していたテレビを見る。
そして映っていたニュースにまた驚き、小さく笑った。
そのあとにマウスを操作して、香取が写った写真を削除した。
それから立ち上がり、ぐっと一伸びする。
「さあ。仕事仕事」
僕がなにをしたって世界は変えられない。
だけど、世界が変わる邪魔をしないことはできる。
それだけで今は満足だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます