第55話

 記者 大鳥


 

 石丸が学生を殺し、自らも撃たれて死んでから半年が経った。

 最初の一ヶ月、マスコミは夢中になって無敵同盟の特集を組んだ。その中には僕も入っている。

 彼らはテロリストのなのかただの犯罪者なのか? 

 政治犯? あるいは精神異常者の集まり? それとも義軍か?

 様々な議論がマスコミやネットで行われた。

 保守派からすればとんでもない連中だし、リベラルからすれば言いたいことは分かるが過激派となる。

 政治も経済も興味がない大多数の人々にすればある種の娯楽。恐怖も含む暇つぶしだ。ホラー映画でも観た気になっただろう。

 しかし間違いなく一部の人達にとっては英雄だった。

 社会的に虐げられた人々はやっぱりどこかで金持ちを恨んでいて、取材先でもいい気味だと思っていると言われたことは一度や二度じゃない。

 一方で金持ち達からすれば自分達が社会からどう思われているかを考える良い機会になった。

 彼らのほとんどは自分達が尊敬されていると考えていた。または嫉妬はされても実害はないと楽観視していた。

 しかし実際に二人殺され、一人は足を焼かれた。

 その上、無敵同盟のリーダーであるリメインなる人物はまだ逮捕されていない。

 リスクマネジメントの上手い彼らが資産の半分を寄付するのは時間の問題だった。

 もちろん無敵同盟なんか恐くないとボディーガードを付けて対抗する資産家もいる。

 それでも彼らに対する社会の目は厳しい。自分のことしか関心のない社会的な責任がない人間というレッテルを貼られている。

 少なくともリストに載っている人間は全て有志にチェックされ、ネットでは今も寄付した人間としていない人間が区別されていた。

 寄付した者は好感度が上がり、しない者は叩かれる。それに耐えかねて資産の二割を寄付した者が出てきたが、火に油を注いだだけで、結局残りも寄付するはめになった。

 ネットの中では金持ちの襲撃をするからと一緒にやる者を募集した人間が捕まったり、誹謗中傷で訴えられた者も出てきた。

 それは今までもあったことだが、一つだけ無敵同盟が変えたことがある。

 それは弱者の認識だ。

 金のない貧乏人が自らの命も厭わずに行動すれば金持ち達を恐怖させ、動かすことができる。

 最後は有名大学に通っているだけのエリート学生や、大臣の娘というだけでも襲われた。自分だけならともかく、子供を持つ資産家はかなり意識を変えただろう。

 カネで勝つことはできない。才能や能力で勝つこともできない。いつも見下ろしてくる上の人間。

 そんな彼らが確かに脅え、そして警戒した。

 その事実は自分に自信が持てず、存在価値すら分からなかった人達を随分勇気づけた。

 やり方には議論の余地は多分にあるが、それは周知の事実だ。

 僕だって社会に対して敵対しようと思ったことはないが、自分の弱さに辟易することはよくあった。

 記事を書かせてくれる出版社にはいつも偉そうにされ、むかつきながらも仕事がなければ食べていけない事実に拳を開いた。

 でも出版社だって記事がないと雑誌はできない。自分達だけで調達し続けるなんて不可能だ。

 それを考えると自分と彼らは対等であるべきとも思えてくる。きっと世の中にはそんな関係性がいくらでもあるんだろう。

 大企業だってアルバイトや契約社員が一斉に辞めれば利益を上げられなくなるどころか潰れてしまうのと同じだ。

 社会は弱者によって成り立っている。

 無敵同盟と直接の関係はないけど、不当に下に見られている人達は彼らからそんな思いを受け取ったんじゃないだろうか。

 僕たちだって怒ったら恐いんだ。不平等さを訴えてお前達の評判を落とすこともできるんだ。

 実際にやるかどうかはおいておくが、そういった選択肢もあるということが分かれば少しは自信が持てる。

 少なくとも僕だって編集部の醜態や驕りをいくつも知ってるし、いつでもそれを実名だったり証拠付きでネットや他のメディアの告発することが可能だ。

 彼らのおかげで飯を食えているのは事実だが、あくまでビジネス上のパートナーで奴隷なわけじゃない。

 それは負け犬の遠吠えなのかもしれないけど、負け犬にだって牙があり、それでのど笛をかっ切ることはできるんだ。もちろんそれをすればこちらもタダではすまないだろうけど。

 でもそのほとんどは妄想だ。実際にやれるかと言われれば躊躇してしまう。

 それは現状を手放す覚悟がないとできないことだ。

 彼らは命を手放す覚悟があったからそれができたけど、大多数の人間にそんな勇気はないし、あったら社会は大混乱に陥るだろう。

 それこそ革命が起きる。でも今の日本でそれはありえない。

 みんなある程度は満足してるんだ。差はあるだろうが、それなりの生活は送れている。少なくとも餓死することは滅多にない。

 だけど惨めさがある一定量を超えればまたいつ彼らが動き出しても不思議じゃないだろう。

 少なくともネットやマスコミでリメインに関する噂が流れるたびに寄付する者が現れるのはそんな不安が現実のものになると分かっているからだ。

 カネというものがある限り、貧富の差はなくならない。それは歴史的に見ても明らかだ。

 共産主義はみんなが貧乏を受け入れるシステムで、思想としては立派だけど誰もそれを望まなかったから崩壊した。

 結局のところ、人はカネが好きなんだ。欲望には勝てないんだ。

 そしてカネがある限り格差は生まれ、勝つ者と負ける者が出てくる。

 その連鎖が続く限り、人々はいつまでも無敵同盟の影から抜け出すことはできないだろう。

 彼らはいつでも我々の側にいて、そして見張っているのだ。

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