風のヴォイド、太陽のフォグ
恵満
第1話
「遥か昔。今日のような永遠の夜に閉ざされる前の時代のこと。このスフィアの空には『太陽』と呼ばれる無限のフォトンを生み出す球体が浮かんでいました。『太陽』は眩く輝き、我々を優しく、力強く、見守るように照らし続けていたのです」
大地にぽっかりと大穴の中、澄んだ声が反射している。それは今もなお水晶を掘り続けている巨大な掘削坑だった。
穴底に設けられた即興の教壇には声の主である白い法衣を纏った少女が立っている。頭部を覆うヴェールの向こうには漆黒の長い髪をたたえ、鮮血のように真っ赤な瞳で聴衆たちに視線を送っていた。
彼女の背後にはフォトンをエネルギーとした光源装置がいくつも置かれ、神々しさを強調するような演出が成され、大勢が見惚れている。
ひとしきり会場を見渡した少女は大きく息を吸って、絶妙な間を置く。
僅かに目を細めて聴衆たちを観察し、息を呑むのを確認してからゆっくりと続けた。集まった何百人という老若男女全員が少女の思惑通りの雰囲気に呑まれている。
「しかし、永遠に続くと思われた平和は打ち砕かれたのです。そう……忌むべき『灰色の魔王』によって。魔王は『太陽』を喰らい、スフィアの空は永遠の夜に閉ざされました。フォトンは生命の源です。それを失った我々は生きる術を持ちません」
少女が天に両手を掲げると、皆がその指先を目で追った。光源装置の放つ輝きと手の延長線が重なる。
純白のグローブに覆われた指先がしなやかに一本ずつ曲がると、小さな拳が作られた。それを胸の前まで引いて少女は続ける。
「それでも神は我々を見捨てなかったのです。神は人間に『祝い火』を授けました。それは『太陽』から比べれば儚く、小さなものに過ぎません。ですが、生き永らえるに足りるフォトンを発します。我々が神を信じ、その身と祈りを捧げる限り『祝い火』は輝きを増し、いつの日か『太陽』へと成長するでしょう」
引いた両手を羽ばたく鳥のように大きく広げ、法衣の裾がはためく。その音が掘削坑の中に響いた。少女は天を仰いで目を瞑る。
「感じますか? 『祝い火』が生み出すフォトンを。この尊い力を我々は守り抜かなければなりません。浅ましい『灰色の魔王』は今も『祝い火』を喰らおうと狙っています。スフィアに放たれた魔王の配下を退けるため、我々は手を取り合って祈り戦うのです」
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