『ファッキン陽山』登場

「零夜お父様も零士お兄様も!!!私を馬鹿にしないで欲しいです!!それじゃ、遠慮なく…!!」

「こらこら、朝食は逃げないからさ。それに、今夜は零の誕生日に主催した『貴族交流パーティー』の日だからさ」


 ——貴族交流パーティー??同年代と顔合わせのようなものかな??


「ふっ………零らしくなってきたな」

「零ちゃんは、昔から貴族のような礼儀作法を忌み嫌う子だったもの。さっきのは幻じゃないかしら………?」

 

 それにしても、零華お母様、『幻』とまで言いますか……。

 

『月夜零太』として物語が始まるのは『王立魔法学院』に入学する時からだ。


 つまり、私がいる時系列は『王立魔法学院へ入学する』以前の物語すら始まっていない場面と考えるべきだろう。


 そう考えれば、私の知らないイベントがあってもおかしくない。色々考える事が多い。


……

…………


 ただ、それよりも今は、目の前に出されている朝食に専念しよう。


 ——このゆで卵、超美味しいっ!!柔らかい白身の中から溢れ出るどろっとした濃厚な黄身……が口の中に程よい甘みを残してくる…!!



 次に、フォークでボウルに入っているサラダを口に運ぶ。まずは、口の中に入れた瞬間、溢れ出る玉ねぎのドレッシングを味わう。それと同時に小さな演奏を奏でるシャキシャキという音、新鮮なおかげかフォークが止まらない…!!


 最後に硬そうな見た目をした焦茶色のパンを、右手でちぎり口へと頬張る。日本のふわふわな食パンに慣れている私にとっては外側の部分は少々硬いと感じたものの、焼きたてなこともあり、中はふわふわとしている。


 零夜お父様や零華母様、零士兄様も当たり前のように並べられた朝食をフォークとナイフを使いながら、食事を取っている。


「零、パンも手で食べるのは汚れるからダメさ…」

「え?」


 ——パンって手で千切る食べ物では…


 そう思って零士お兄様と零華お母様の方を見るとパンもナイフとフォークで食べている。


 ——まさか、ここで『トラップカード』発動とは……………


「零夜お父様、申し訳ございましぇん」


 ——あ、しかも、このタイミングで噛んでしまったぁぁぁぁぁぁぁ


 いかん……いかんぞ………。せっかく完璧なお嬢様を演じようとしていたのに、つい、謝罪した勢いで前世の私が出かかっている…!!


 その事実に気づいた私は自分の体温の急上昇を感じたため、それ以降は何も発さず、無我夢中で朝食を終わらせ、自分の部屋へ引きこもる。


 

 

 ———


「やり直したいぃぃぃ!!挨拶も食事も謝罪も全部失敗した……!!どうしてこうなるのかなぁ…」


 前世の常識ならば、パンをナイフで切ってフォークで食べるのはマナー違反である。しかし、『恋クリ』では真反対だった。


 ——その点はまだいい……


 どうせ『恋クリ』運営のいつもの変なご都合主義設定だ。初見では防ぎきれない……。


 問題はその後の謝罪で噛んだ事だ……。



 掛け布団の中で先程の恥ずかしい瞬間を思い出しては足を上下に動かしバタつかせる。



 コンコンッ



 ——ノック?誰だろう……まさか、零夜お父様が謝罪の時に噛んだ事を引き摺って………

 

 憂鬱になりながら、足を動かすのを辞めて布団から身体を起こして扉をゆっくり開ける。


 

 扉を開けた先で待っていたのは私を起こしてくれたメイドの女の子だった。


 ——んん……掃除かな?

 

 深々とお辞儀をする彼女に扉へ入ってもいいと言うジェスチャーをすると彼女は恐る恐る私の部屋へと足を踏み入れる。


 ——癒されるなぁ…


 そう思いながらメイドの女の子を見ていると重大な事実に気がついた。




 ——あれ………そう言えば、このメイドの女の子の名前知らない!!!



 間違いなく私はこのメイドの女の子のご主人様に当たる人物だと思う。


 その特権を活かせば、『あなたの名前を忘れてしまったの。悪いんだけど、もう一度お聞かせ願えるかしら?』とでも言えば済む話だ。


 しかぁぁし!!!恐る恐る私に近づくメイドの女の子のメンタルがスプーンで横から突けば、プルンップルンッと左右へ揺れるプリンメンタルである事くらい私にも容易に想像できる。


 それに彼女が長年、私の元で仕えていたなら彼女に対して最上級の失礼だと思う。


「零お嬢様、突然の訪問、申し訳ございません!!実は、零お嬢様の『貴族交流パーティー』前に挨拶がしたいと婚約者の方がお見えになっております。如何致しましょうか?」


 ———-掃除じゃないのね……ふーん……

 ———え?

 ———婚約者?

 ———待って、誰の婚約者?

 ———それって私の婚約者!?!?

 ———私の意識が覚醒する前の月夜零も貴族嫌いのはずなのになぜ婚約者なんかを………


 これは当初考えていた最悪の『他家に嫁ぐパターン!?』なのだろうか……?


『月夜伯爵家』に生まれた時点で私は勇者ポジションに転生しているはずだ。


 はは〜ん……見えてきた……。


 コレは俗に言うアレですか…?


 生まれた瞬間に家同士の縁談の取り決めと言う古の儀式的な物でしょうか?


 ならば、今すぐに『No』を突きつけたい!!


 実際、こういう貴族社会では『家格』『女性の地位の不安定さ』は顕著に出やすい。そのため、一般的な貴族の女子は王立魔法学院卒業後、嫁ぎ先の『家格』を狙うのがセオリーだ。


 しかし、月夜家のような伯爵家クラスともなれば、こう言う幼少期から動き始めることがあってもおかしくはない。


 ……このまま、現実逃避をして立ち尽くすのも一興かもしれない。


 ただ、それでは事態が一向に動かない。最初に断固拒否をするのは確定だが、勝手に婚約者と名乗った者に興味が無いわけでもない。


「通してちょうだい」

「かしこまりました」

「やぁ、この僕ちんの零、この僕ちんが君の記念すべき誕生日パーティーのためとはいえ、辺鄙な月夜伯爵領へ赴いてあげたんだから、おもてなしくらいはあってしかるべきだろう?」 



 悪霊退散ッッッッ!!悪霊退散ッッッッ!!

 悪霊退散ッッッッ!!悪霊退散ッッッッ!!



 ………ふー。流石に初対面で暴れてはいけない。つい、顔を見た瞬間、反射的に私の心が乱れてしまった。



 もちろん、私の心が乱れる理由もある。この僕ちんと自称する自意識過剰な男は浅ましくも『恋クリ』のメインヒロインの1人、雪花王女ルートに対応する私の『噛ませ犬推し』を私からNTRし続けたのだ!!


 ちなみに、『恋クリ』には人間種以外も多くの種族がいて、雪花王女ルートに対応する『噛ませ犬推し』は猫族である。


 ………今は私の『噛ませ犬推し』の事はいい。それよりも目の前の『僕ちん』様だ。


 まずこの『僕ちん』様は『自称:零太の親友キャラ』ポジションを気取っている陽山友ひやまゆうと呼ばれるキャラクターだ。


 そして、こいつの家格は無駄に高く、侯爵家である。確かに、こいつが婚約者ならば、零夜お父様が格上の陽山侯爵家との縁談を『家格』のせい断れなかったとしてもおかしくはない。


 まさか、屈託のない笑顔で私を待ってくれていた零夜お父様に限ってそんな事ないと信じたいが、出世のために私を嫁に出すなどと密約を結んでいたなら許さない…。


 ———その時は、家出だ!!


 …

 ……

 …………


 私の前に今も目障りなキザったいポーズをしている『僕ちん』様の話をしよう。


 良くも悪くもそれぞれ独自のルートを持つメインヒロインは『恋愛遊戯ギャルゲー』たる所以の強制力でも働いているか、主人公の零太にしか好意を向けることはない。


 その強制力が働いているのか不明だが、『僕ちん』様は『零太』のおこぼれと称して、メインヒロインの1人である雪花王女ルートに対応する私の大好きな『噛ませ犬推し』を自身の奴隷にするのだ。


 前世の私は幾度となく『噛ませ犬推し』を救うべく、奴隷回避ルートを探してみたものの、こればかりは未発見で終わっている。


 そして、この『僕ちん様』は困ったことに私と似ている部分があり、なぜか『噛ませ犬推し』を好む習性があるのだ。


 当然、設定とはいえ…私のような噛ませ犬愛好家のプレイヤーだけでなく、それ以外の正統派ヒロインを好むプレイヤーからも初心者からも『僕ちん様』は大層嫌われているキャラだ。


 そんな『僕ちん様』には『ファッキン陽山』という素敵なニックネームもある。



 いつまでも私が微動だにしなかった事に不信を持ったのか……私の顔を下から覗き込もうとする『ファッキン陽山』に苛立ちを感じる。



 ——そんな彼を見てると『ファッキン陽山』に1番腹たったセリフを思い出してしまった……



 ――――


『零太にはもっといいヒロインがいるじゃないか…ふっ、この僕ちんの口から言わせるなよ、親友』


 ――――


 ………絶許!!絶許!!絶許也!!!あのセリフを思い出すだけで、目の前にいる奴の顔面に私の火の玉ストレートをお見舞いしそうだ…!!


 ………後、ついでに月夜家の事も悪くいうなっ!!少し辺鄙なだけで、野菜が名産でとても美味しいんだっ!!!



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