第40話

部屋に戻ると、私は先程ミシェル様に教えていただいた刺繍の続きをすることにした。


「いたっ」


また、刺してしまったわ。

地味に痛いのよね。



「マリーベル様」


この声は、ニコライ様だわ。


私は急いで扉へと駆け寄る。


「マリーベル様、少しお邪魔してもよろしいですか?」


「えぇ、どうぞ。」


私は、刺繍を刺していたソファーへとニコライ様を誘う。


やりかけの刺繍を見て、ニコライは軽く微笑む。


「ニコライ様、ミシェル様をご紹介してくださりありがとうございました。おかげで何とか刺繍をがんばれそうですわ。」


作成途中の布を持ち上げて、ニコライ様へと見せるために掲げる。


すると、ニコライ様は私の手を掴んで、指を凝視する。


「あ、あ、あの、ニコライ様?」


突然ニコライに指を掴まれたことに、驚きと同様を隠せないマリーベル。




「マリーベル様、怪我をされたのですね。少々お待ちを」


ニコライは、おもむろに立ち上がると、

「洗面所に置いてあるものを、お借りします」と、洗面所に向かい手に小さな箱を持って戻ってきた。


「各部屋の洗面所には、怪我をした時に使える包帯などご用意しております。マリーベル様、失礼いたします。」



ニコライはマリーベルのケガをした指に、器用に包帯を巻いていく。



「ニコライ様! あの、ちょっと針で刺しただけですので。包帯は大袈裟では?」


ほんの小さな指の怪我にも関わらず、ニコライ様が気遣ってくれて嬉しくもあり、手を触れられる気恥ずかしさもあり、オロオロしてしまう。


「マリーベル様、傷口を軽く考えてはいけません。はい、これで大丈夫ですよ。」

 


ニコライは包帯を巻き終えると、包帯の上にちゅっと口づけを落とす。


マリーベルの瞳を見つめながら。


熱を帯びたニコライの瞳に見つめられ、マリーベルは混乱して変な声を出す。




「ひゃ⁉︎」



「フフ、早く治りますように、という軽いおまじないですよ」


妖艶な笑みを浮かべるニコライに魅入られて、マリーベルは、動くことさえかなわない。


ポッと顔が一気に朱色に染まる。



ただただ、巻かれた包帯を見つめていた。


「フフ、マリーベルさま、お手をどうぞ下ろされてください」


「は、は、は、はい、あ、ありがとうございます。ニコライ様。」



先程、包帯を巻かれている時に手を差し出した状態のままで止まっていたことに気づき、マリーベルは手を膝の上に戻す。


な、な、何をされたのでしょう、



おまじない?



そ、そうでした。 世間では、男性が手の甲に口付けて挨拶するのは普通のことですものね。


家族以外にエスコートされたこともない私には、経験のないことですがっ。


な、何でもないことですよね、


深い意味はない挨拶程度のこと……



そう思うと、なぜか少し


チクリと胸が痛んだ。


と、とにかく何か話さなければ。


「あ、そうですわ、ニコライ様。


あの、こちらのハンカチを。


ミシェル様に教わって、初めて刺したものですの。


その、初作品は、ニコライ様に差し上げたくて…


あのっ、初めてなので、見た目がお花と分かるかも疑問ですが、良ければ、どうぞ」


私は、刺繍第一号のハンカチをニコライ様へと差し出した。



「これをマリーベル様が私に?

そんな記念すべきハンカチを、私が頂いてもよろしいのでしょうか?」


「えぇ!ニコライ様に、ぜひ受け取っていただきたくて。」


「ありがとう」



「!」


ニコライは、感情が抑えきれずにマリーベルを腕の中に抱きしめていた。




「ニコライ様?」



「マリーベル様、すみません……お願いです、しばらく、このままでいることをお許しください。どうか……」


「ニコライ様…」


せつなげに訴えるニコライの声に、マリーベルはニコライを慰めたいと思った。



そっと、ニコライの背中にマリーベルは腕を回す。


ニコライは、更に腕の力を強めてマリーベルを抱きしめる。


「マリーベル様……」


ニコライに応えるようにマリーベルも顔を埋めていた

どのくらいその状態でいたのだろう。


しばらくすると、ニコライはマリーベルをそっと解放すると、黙って部屋から出て行った。


ふわふわとした気持ちは、パタンと扉の閉まる音が聞こえたのと同時に、一気に正気に戻る。




ドキドキドキと心臓の鼓動が激しく感じられる。




ニコライ様、いったいどうされたの?



もっと、抱きしめてほしいと思う、私のこの気持ちは何……。



妙に落ち着かない。


いてもたってもいられず、何か無心になれる作業がしたかった。


私は、刺繍を刺すことにした。



水色とグリーンのハンカチが目に入ったので、

2枚に黙々と刺繍を施した。


始めたばかりにしては、だいぶ見れる出来映えだ。


そして、水色のハンカチをエドワードに、グリーンのハンカチを、フレッドに渡すことにした。


胸ポケットから軽くハンカチが覗くようにお願いして。


これで、ハンカチの色で区別できるわ。


名前を間違える心配もなくなるわね。





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