第38話
「こちらはシンプルなモチーフのお花です。マリーベル様もこちらを見ながら、挑戦されてみてくださいませ」
「ええ。がんばってみますわ。
あら?」
さっそく針に糸を通そうとするものの、上手くいかなかった。
「難しいですわ。 手が、震えて……」
針の穴に糸を通すことは、思いの外至難の業だった。
先程ミシェル様は、簡単に通していたように見えたけれど。
実際に自分でやってみると、上手くいかない。
見兼ねたミシェルがマリーベルに付き添い、
針の穴に糸を通すまで手伝う。
何とか糸を通せたので、いよいよ刺繍をはじめようと針を刺す。針をそのまま引っ張ると、スルスルと糸が抜けてしまった。
「あら? ミシェル様、あの、糸が抜けてしまいますわ。」
「ふふ、大丈夫ですわ。糸の端に結び目を作りましたか?
このようにこうして、と、もう大丈夫ですわ」
「まぁ、結び目のことを忘れていましたわ。お恥ずかしいです……」
「そんなことありませんわ。誰しも初めての瞬間がありますわ。何事も経験ですもの。
今、こうして、マリーベル様は新しい事を始めたばかりですわ。 何かを始めて、それが出来るようなった時のことを考えると、楽しみでわくわくしませんか?
私は、マリーベル様が
あら、 初めてのことをマリーベル様と一緒に行う……ふふふ、アーサー様に言ったらどんな顔をするかしら? 羨ましがるでしょうね、揶揄うネタできましたわ。
と、いけない、マリーベル様、お気になさらないで」
「ミシェル様、ありがとうございます」と、感謝の気持ちを伝えて、刺繍を始めたマリーベルは、ミシェルの最後の呟きは耳に入っていない。
ミシェル様は、ニコライ様と似ていらっしゃるわ。お優しい所がとても。
ぎこちない手つきではあるものの、なんとかお花のモチーフは完成した。
「マリーベル様ら完成されましたのね。初めてで、ここまで完成できる集中力は素晴らしいですわ。
あとは、繰り返しの練習あるのみです。」
「ミシェルさま、ありがとうございます‼︎
とても難しいですね……部屋でがんばって練習致しますわ。」
私達は裁縫道具を片付けて1箇所にまとめ終えると、再びソファーへと腰掛けた。
ミシェル様は新しい紅茶を淹れる。
「マリーベルさま。
私は、アーサー様とは幼少の頃より交流があります。
マリーベル様の事は、それはもう何度も何度も、耳がいたくなるくらいにお聞きしておりますわ。ふふ。
ところで、マリーベル様。
一つお尋ねしたい事があるのですが、質問してもよろしいでしょうか?」
「ええ、私に答えられることなら」
ミシェルは、マリーベルの目を真っ直ぐに見つめ、逡巡した後に、言葉を続ける。
「ありがとうございます、マリーベル様。
不躾なことをお尋ねするようですが……
マリーベル様は、アーサー様のことをどう思われていますか?
アーサーさまのことを、お慕いしているのかしら?」
「え」
アーサー様のこと?
ミシェル様はいきなりどうしたのかしら。
こわい……とお伝えしてもいいものかしら。
どうお答えしようかと悩み、口を開こうとした瞬間
「いいえ! マリーベルさま! やっぱり、ちょっとお待ちください‼︎ 」
ミシェルは、言いそびれたことがあるのかマリーベルを制し、言葉を続けた。
「マリーベルさま、私はこの国の安泰を願っておりますの。
失礼ながら、マリーベルさまは、この国のことをどれくらいご存知かしら?
隣国のことや我々貴族や国民達のこと、それぞれの関係性のことやその他政治に関してなども。
将来、王妃様となられ、アーサーさまと共にこの国を支えていく覚悟をお持ちかしら?
私個人としては、今日実際にお会いしてみて、とても可愛らしい方だと思いましたわ。ですが….
失礼ながらマリーベルさまは、とても次期王妃さまの器に思えませんわ。
大変な失礼を承知で申し上げております。
私、自分の発言に責任を持つ覚悟はできております。
短時間しかお会いしてない私が判断することではない、ということも承知の上です。
私も幼い頃より、王太子妃となるべく、教育を受けて参りました。
アーサーさまの婚約者に相応しいのは、あなたと私、どちらかしら?
よく、お考えになってくださいませ。
本日は、これで失礼しますわ。
それでは、マリーベルさま、ご機嫌よう」
怒涛の如く話終え優雅に一礼した後、ミシェルは持ってきた道具類を手際よく手に持つと、立ち去った。
あまりにも早口で言われたこともあり、頭の中で言葉の意味を理解するのが追いつかない。
マリーベルは半ば放心状態となっていた。
なんとか気持ちを立て直すと、マリーベルも自分の部屋へ戻るために廊下へとでる。
無意識にニコライ様の姿を探す。
もしかしたら扉の前にいるのではないかと、期待して。
けれど、そこにニコライ様のお姿はなかった。
護衛と共に歩き出す。
ミシェルさまに言われた事が、頭の中を占めていく。
婚約者としてふさわしいのは、どちらか?
━━ミシェルさまは、アーサー様をお慕いしているのだわ。
旧知の仲のお二人。
アーサーさまには、いつもお叱りを受けるわ。
怒鳴られてばかりで……。
あまりにも不出来な私のせいで、お2人が会う時間を減らしているだわ。
まるでアーサー様が、私のことを想っているような勘違いをされていた。
あの眉間にシワを寄せたアーサー様と私のお茶会の様子を見たら、誤解だとすぐに分かるでしょうに。
ミシェルさまに……嫉妬されたのだわ。
アーサー様とミシェル様。
2人が立ち並ぶ姿を想像すると、とてもお似合いな気がした。
あぁ、そうだったのね。なんだかほっとしたわ。
アーサー様はどうして私へあんな態度を取るのかずっと疑問だったけれど、想いを寄せる方がいらしたなら当然のことね。
あっ! もしかして……
お父様が画策したことなのではないかしら。
両親は私がアーサー様と結婚することが幸せだと思い込んでいるし。
なんてこと……
これでは、二人を引き裂く私は、噂通り悪女になってしまう。
アーサー様とミシェル様の恋を、私なんかが邪魔してはいけないわ。
ミシェル様は素敵な方。
私なんか刺繍まで教えてくれて。
お友達になってくださらないかしら。
私はミシェル様のお力になりたいわ。
ニコライ様の妹様でもあるし。
アーサー様とお話する必要があるわ!
心より、応援しています、と。
父が何か言ったのであれば、反故にして大丈夫だとお伝えしなければ。
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