可愛い小悪魔な後輩の分からせ方

結乃拓也/ゆのや

第1話 先輩ってどんな体位が好きですか?

「先輩ってどんな体位が好きですか?」

「…………」


 放課後の部室。窓辺から差し込む夕陽を背景に、読み終えた漫画本の|余韻《よいん」に浸るように吐息を吐いた少女――|紫雨萌花《しぐれもか」がほんのすこし|嗜虐的《しぎゃくてき」な笑みを浮かべながら僕に訊ねてきた。


 その唐突であまりに不躾で無粋な質問に、僕は辟易としたため息を落とす。


「お前が読んでたのってエロ漫画だったっけ?」

「? いえ。異世界ものですね」

「だよな。それも僕が買った最新刊。朝うきうきでコンビニで買って、放課後部室ここで読もうとしたやつ」

「あははっ。そんな先輩の楽しみを萌花に奪われた今の気分はどうですかぁ?」

「最悪以外のなにもないわっ⁉」


 今の僕のありのままの感情を萌花にぶつけるも、彼女はとくに気にした風もなく面白可笑しそうにケラケラと笑っていた。


「ところで先輩。さっきの質問の答えを教えてください」


 ひとしきり笑い終えた萌花が、息を整えてから再度そう問いかけてきた。


「あ、事前に忠告しておきますが、はぐらかしたり質問事体から逃げるのはナシですからね?」


 紫紺の双眸を細め、捕えた獲物を絶対に逃がさないとでも言いたげな表情で僕を追い詰めてくる。


 リップで紅く光沢感のある唇がニタリと、僕の回答に期待するように萌花は歪に笑っていた。


 そんな悪魔的な少女の熱い視線に、僕は諦観を察して自分の好きな体位を後輩に告白し――


「後輩に自分の好きな体位なんて告白するわけないだろ。普通に考えてアホか」

「えぇ。そこは可愛い後輩の期待に応えてカミングアウトするところじゃないですかあ!」


 萌花が読み終えた僕の漫画本をひょいっ、と回収しながら熱視線を送る少女の期待を砕く『答え』を出せば、萌花はたちまち不服そうに頬をふくらませた。


 萌花は、つまらない! と文句を吐きながら机の下で足をバタバタさせる。


「いいじゃないですか! 先輩の性癖の一つくらい教えてくれても!」

「黒髪ロングで超絶ウルトラ美人。全人類の男が恋するような女性と恋がしたい」

「そんなの根暗陰キャな先輩じゃ到底叶いっこないですよ! 先輩にはせいぜい慕われている後輩からからかわれ続ける人生がお似合いです!」

「なんだその幸せに見えて実は悪夢みたいな人生。その子と脈ありならまだしも、ワンチャンもないのに後輩にからかわれ続けるとか尊厳破壊もいいところだぞ」

「でもでもですよ先輩。先輩みたいなカノジョいない歴=人生みたいな人には、可愛い後輩と接点があるだけでもう人生勝ち確みたいなものじゃないですか」


 自分に指をさして『可愛い後輩』アピールをしている萌花。褒めてください、と急かすように身体を揺らしている自称可愛い後輩に、僕は肩を落としたあと、残酷な事実を突きつけてやった。


「たしかに僕みたいな教室の隅っこでラノベを読んでる、いかにも古典的な根暗陰キャオタクには……」

「おおぅ。萌花。先輩がそこまで自分を卑下するとは思ってませんでした」

「半分冗談だから。だからそんな憐れんだ目向けてくるのやめて!」


 憐憫れんびんを向けてくる萌花を必死に宥めて、それから空気を切り替えるべくコホン、と咳払いしてから僕は続けた。


「そんな陰キャオタクにはたしかに自称可愛い後輩が……」

「自称じゃないです! 萌花、ちゃんと校内可愛いランキングで10位圏内に入ってるんですよ! ……ただ上位が強すぎてギリ圏内って感じだけど」

「分かった! 分かった! お前は……」

「お前じゃなくて萌花って呼んでください」


 少し圧のある声音に怖気づいて、


「も、萌花はちゃんと可愛い。うん。そこは僕も認めてるから」

「へへ。分かればいいです」


 名前を呼ばれて満足したのか、可愛いと認められて満足したのかは分からないけど、萌花はご満悦気な様子で微笑んだ。


 世話の焼ける後輩に辟易へきえきとしながらも、僕は萌花のせいでどんどん脱線しかかっていく話を強引に進めた。


「僕みたいな陰キャオタクに萌花みたいな可愛い後輩……」

「きゃ! 先輩に可愛いって言われちゃった」

「少しは黙って聞けよ!」


 いよいよ堪忍袋かんにんぶくろが切れて机を思いっ切り叩きながら萌花に説教した。


 僕の激高に萌花は「はぁい」と反省の色もない返事だけ返して、それからあざとく自分の口を人差し指で作った「✕」で封じた。


 やれやれと大仰にため息を落としてから、


「(いつも人の話聞かなくてだる絡みしてくる悪魔みたいな後輩)……とにかく、僕みたいな陰キャオタクに可愛い後輩がいる時点で奇跡みたいなものだし、萌花の勝ち確って主張する気持ちも理解できる」

「むふふ(でしょぉ?)」


 でも! でもだ!


「二次元では勝ち確であっても、現実はそうとは限らないんだよ! たとえ接点があろうが、実際の現実でやられていることはクラスの女子が「たまにはあそこの隅っこにいるオタクで遊ぶかww」的なノリで終始からかわれているだけなんだよ!」

「失礼な! 萌花をそんな極悪非道な連中と一緒にしないでください!」


 ぷりぷりと怒りながら、実に遺憾だと訴えてくる萌花。


「私は、私は違います」

「……ごくり」


 それまでの喧噪けんそうが凪の訪れのように引いて、萌花の紫紺の瞳が切なげに揺れる。

 彼女の鬼気迫る表情に、僕も自然と彼女の言葉に身構えていた。


「私は、先輩のこと――」


 萌花の揺れる双眸そうぼうと、僕の双眸が交差する。

 そして、萌花は告げた。


「私は先輩のこと――飽きるまでずっとからかい続けてやるかって気持ちでからかってます!」

「貴様は悪魔かああああああああああああああ!」


 ほのかに僕らの間に漂った甘い空気は、少女が愉悦たっぷりに含んだ嘲笑によって一瞬にして砕け散った。


「なんだ飽きるまでからかい続けるって! なんならクラスの女子より酷いじゃないか!」

「えぇ? そんなことないと思いますよ。途中で飽きて捨てられちゃうより、壊れる最後まで遊びつくしたほうが玩具も本望じゃないですか?」

「僕は萌花の玩具じゃないが⁉」

「あはは。何言ってるんですか先輩。そんなの当たり前じゃないですか」


 どうやらそこまで醜い扱いはされていないようで、ほっと安堵の息を吐く――その矢先だった。


「先輩は萌花の下僕です」

「先輩を下僕にするな!」

「あははっ!」


 どうやら僕は後輩女子に玩具扱いよりも扱い方をされていたらしい。

 憤慨して猛抗議するもしかし、萌花は面白おかしそうに笑い続けたままで。


「安心してください、先輩。萌花はちゃぁんと、先輩のことを死ぬまでからかい続けてあげますからね」

「ほんとマジで勘弁してくれっ」

「ふふ。いやでーす」


 縋るように懇願こんがんする僕を、萌花は愛おし気に見つめながら嗜虐的な笑みを浮かべるのだった。





【あとがき】

ひとあま全力待機勢からこっちにきた読者の皆。ひとあまも更新再開する予定だから待っててね。私情によりすこし時間が空いたのでこれからはこんな感じの短編書いて公開していこうと思ってます。こんな感じってどんな感じの~? 甘くてえっちなイチャラブなラブコメだよ!


事前に告知した通り、ラストエピソードは別サイトで公開する予定なのでめちゃくちゃ楽しみにしててください。……まだ書けてないけど。


それではまた次回!

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