追憶のラフィアーレ

空良裕司

第1話 終わりの始まり

 紅蓮の炎に景色は染まり、月影さえ大地に焦げ付きそうだった。

 黒髪の青年は剣を支えに森そのもののように巨大な竜を前にしていた。

 褐色の竜は鋭い牙の覗く口を裂き、不敵に笑った。地響きのような笑い声だった。

「どうした、勇者ゼノス? 臆したか?」

 剣を握る手がどうしようもなく震える。

 臆していないかといえば、嘘になる。

 よもや魔王が竜であったとは。

 竜はいと高き者。人では決して打ち勝てないと云う。

 竜の吐いた炎に身を焼かれた。

「諦めないで、ゼノス」

 月の聖女フィノーラが祈ると、勇者の身から焦げ付くような痛みが癒えていった。

「我らが突破口を開く! 魔王ラグナドにとどめを刺すのは勇者であるお主の役目ぞ!」

 偉大なる西の魔法使いセールデが竜殺しの魔法の詠唱にかかった。

 不屈の戦士トールズは自身の役割を心得ていた。時間稼ぎをするため、鋼鉄の盾を構えて前進する。

 竜の爪は絹を割くように簡単に鋼鉄の盾を引き裂いたが、トールズは怯まなかった。一矢報いるべく巨大な斧を竜の胸に振り下ろす。

 トールズは目を見開いた。人において最高の膂力を持つトールズの渾身の一撃でさえ、竜の鱗に傷一つ負わせることはかなわない。

 竜の嘲りが頭上より轟き、凶悪な爪の影が戦士を覆った。

 だが、トールズの献身は無駄ではなかった。

 セールデの竜殺しの魔法が間に合ったのだ。

 夜の森を白く瞬かせる光が放たれた。

 あらゆる魔法の中においてもっとも殺傷能力の高いとされる魔法の直撃を受けては、さすがの竜も無傷というわけにはいかなかった。

 竜は唸る。怒りに我を忘れた。

「こっちだ、魔王!」

 仲間たちは限界を迎えている。

 自分もだ。

 次の一撃にすべてを賭けるしかない。

 みずからの身を賭してでも……!

 決意を固めた勇者に竜の牙が襲い掛かる。

 虚のように大きな竜の口の中に、勇者の上半身が呑まれていた。しかし……!

 勇者の剣は竜の牙をギリギリのところで喰い止めていた。

 今こそ勝機!

 勇者は全身全霊の力を剣に込めた。

 光り輝く剣が竜の牙にヒビを入れた。

「魔王ラグナド! ジハラの導きによって、今ここに貴様を討つ!」

 勇者ゼノスの突き入れた剣が光を放ち、竜の喉を貫いていた。

 大地を裂くような魔王の断末魔が夜の終わりに響いた。

 その声途絶え、竜がずんと大地に倒れ伏したとき、森の頭から朝日が昇った。

 世に平和がもたらされたことを告げる美しい夜明けだった。

 これが偉大なる神ジハラによって導かれし勇者ゼノスの物語である。

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