冒険者未満の王都奪還 第一部

ドラゴンフルーツ

壊れる日常・1

王都ルミナリス。魔法に満ちたこの美しい大都市は、オルドレア王国の中心地にして大陸で最も発展している地域の一つだ。高い尖塔がいくつも立ち並ぶ街並みは、休日の活気に満ち溢れている。露店では新鮮な野菜が太陽に光を浴びて輝き、人々は噂話に花を咲かせる。その頭上では、人々の日常を荘厳な建物が見守っていた。オルドレア城は三百年前からこの地域に鎮座しており、王都の誇り高き象徴となっている。


 しかし、美しい街には当然影の部分もある。全ての市民が日の当たるところで穏やかに生活しているわけではない。


 街の一角、冒険者たちの宿屋が軒を連ねるロンゾ区。そこでは命がけの冒険から帰ってきた荒くれ者たちが、土産話を自慢げに語っていた。そして彼らは、これ見よがしに旅で得た戦利品を見せびらかし、婦人たちを喜ばせるのだ。だが冒険の戦利品は、すべてが美しく、また実用的な物というわけではない。質の低い、あるいはその特殊効果が使い物にならない武器やアイテム。武器屋も買い取ってくれない、「ハズレ」とされる戦利品は、持っていても仕方がないのでスクラップとして捨てられるのが運命である。そのようなスクラップ置き場で、今日もゴミを漁る青年がいた。


「おっ、こいつはなかなかの掘り出し物だ」

 

 防護マスクを着用した茶髪の青年は、金属の山の中から慎重に手を引っ張り出し、グローブに握られたナイフをまじまじと観察した。雑な意匠が柄に施されたその古いナイフは、一見すればどこにでもあるハズレ装備だ。しかし青年の目は、その鉄の塊に隠された価値を見逃さない。作業用ポーチから小型のを取り出し、ナイフの表面についている錆びを少し削り取る。腰に取り付けたカンテラで照らすと、その刀身は少し青みがかった鈍い光沢を放った。


「材質は……やはり旧帝国の青銅か。エンチャントは……さすがにないな」


 慣れた手つきで掘り出し物をバックパックに収めると、次の宝を見つけようとスクラップヤード全体を見渡す。マスクの奥の目が青く光ると、青年は特殊スキル『ゴミ漁りスキャヴェンジ』を発動した。しかし白黒で描き出される視界の中に光るものはない。今日はここまで、と青年はスクラップの山を軽々と下りて行った。


◇ ◇ ◇


 ルーシー・シュミットの仕事はオルドレア城の門番である。とはいっても、その役割はメインゲートを守ることではない。彼女が守る門は城の第十六通用門、台所に農民たちが食材を運び込む場所だ。裏通りに面したこの門はルーシーとその同僚ケイスが担当している。


「いい匂い……今日の晩御飯はシチューだなあ」


 厨房から漂う香ばしい香りが、ルーシーの鼻孔をくすぐる。この仕事の醍醐味は、聖なる王国を守護できるという誇りではない。もちろんそれもあるのだが、ルーシーにとっては王宮の厨房からの香りを楽しめることがこの仕事をやっている一番の理由だった。もっとも、そのようなことは口が裂けても上司たちの前では言えないが。


「おーいルーシー! 見てみろ今日の収穫!」


 遠くからなじみの声が聞こえる。小柄な茶髪の青年が、裏通りの奥から駆けてきた。まだマスクをしたままの彼の顔を見て、ルーシーは手を振る代わりに持っていた槍を振って挨拶する。


「なんかいい匂いすんな。今日はシチューと見た」


 門の前に来た青年はマスクを外し、クンクンとあたりの匂いを嗅ぐ。ルーシーは同じ事をちょうど今考えていたのが少し可笑しくて笑った。


「しかも今日は、ネルソンさんとこのパンが振舞われるみたいだよ、ジャック」


 ジャックと呼ばれた青年はそばかすの見える顔についた汗をぬぐう。近所で一番のパンの味を考えながら、二人は自分たちの今晩の食事に思いをはせた。兵舎ではいつも通りのジャガイモのスープが出されるだろう。一方ジャックの下宿では、今日も激辛スープか、あるいは羊肉がほんの少しだけ入った野菜煮込みか。


「そうそうルーシー、今日はこんなものを見つけたんだ。旧帝国の青銅製ナイフ」


 そう言ってバックパックから戦利品を取り出し、友人に見せるジャック。とはいえルーシーは武器の価値が分かる人間ではない。いつものようにジャックが掘り出し物を見せ、ルーシーが適当なコメントをする。いつも通りの、あまり中身のない会話。だが二人の若者にとって、この時間は大切なものだった。


「いつか冒険に出て、こんな武器じゃなくて本物の伝説級の武器を見つけてみてえなあ。そうすりゃ俺もいっぱしの冒険者だ」

「私は別に冒険とかはいいかな。城を守るだけなら、この槍でも十分だしね」

「そもそもこの街で王室に歯向かう奴なんていねえからな、お前が戦う機会もない」


 ジャックはナイフを軽く放り投げ空中で一回転させると、バックパックの中にしまった。


「さてっと、俺はそろそろ帰るわ。ルーシーももうすぐ交代の時間だろ」

「うん、そろそろケイスが戻ってくる頃かな。またねジャック」


 挨拶をかわし、ジャックは街外れの工房、自身の下宿先へと向かった。


◇ ◇ ◇


「だいぶ劣化が進んどる。ふん、武器としては使えんな」


 工匠ダグリックはそう言うと、ナイフを溶鉱炉へと放り投げた。ジャックは次のアイテムを取り出し、年老いたドワーフに見せた。彼は特殊スキル『審美眼インスペクト』を使い、アイテムの材質などの情報を調べる。しかしこのアイテムも、予想通りそう役には立たないようだ。


「これは素材置き場に置いておけ。岩山ガーゴイルの革は最近では貴重品だ、あいつらはおそらくあと十年で絶滅するだろう」


 手早くアイテムを分析するダグリックを見ながら、ジャックが質問する。


「なあ、なんで冒険者たちはこういうの捨てちまうんだろうな。とっとけばいつかは役に立つかもしれねえのに」

「単にそれよりいい物が手に入るってだけのことだろ。わしにもさっきの革の使い道はあまり思いつかん。上位互換がある物ってのは、そういうもんだ」

「でもよ、下位素材にもそれなりの価値があると思うけどな」

「わしはそこまでは考えとらんよ。スクラップ品から売れるものは作れるが、結局はスクラップからできたもの。大した価値はない。ほれ、無駄話はやめて食事にするぞ」


 二人は食卓に着く。今日の晩御飯は激辛スープだった。ドワーフの故郷ウルリック山脈でとれるハーブがふんだんに使われたスープは、水のグラスなしに完食するのは不可能だ。舌を焦がす味に火をあまり通さない硬い野菜がダグリック流。もう何年もこの味で暮らしてきたジャックは、すっかり慣れっこになっていた。


「なあ、ダグ爺はウルリック山脈からこっちに来たんだろ? てことは冒険者だったわけだよな? なんかその時のアイテムとか持ってないのかよ」

「あるにはあるが、お前さんももう何度も見とるものだけだぞ」


 そう言って壁の方に指をさす。そこには様々なアイテムや武器が棚に乱雑に並べられていた。多くはダグリックがジャックの持ってきたハズレ装備から作った武器や芸術品だが、魔法の小瓶などもある。


「例えばあれは転移の小瓶だ。使うと転移の魔方陣を展開できる。あの手の便利魔法はあまり好かんが」

「あれそんな魔法アイテムだったのか。てっきり俺がいつか拾ってきた白ネズミの爆薬かと」

「馬鹿者、そんな危険なもの飾っておくわけないだろ」


 そうは言いつつも、壁には様々な武器が飾ってある。無骨な造りの中に老匠の技術が光るそれらは、ジャックの脳裏にかつてのダグリックの姿を想像させた。彫りの施された戦斧を振るいモンスターをなぎ倒す彼の姿を思い描き、ジャックはそのように戦場を駆け巡る自身の姿を想像しにやにやと笑った。そんな彼の姿を、ダグリックは不思議そうに見つめながらスープをすすった。

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