第八幕二場 ショーの開幕

「皆さま本日はお集りいただき、誠にありがとうございます」 

 設置されたPAスピーカーから源馬の声が広場に響く。

「警視庁刑事部キャリア組の源馬剣翔です。これより『ビジュアルエクスペリエンス捜査会議 暴力団若頭刺殺事件』をお贈りいたします。最後までお楽しみください」

 源馬の言い終わりと同時にファンが一斉拍手。さすが教育が行き届いている。

 音楽が流れ、駒沢通りに面した広場の大階段を照明が一斉に照らす。

 そこに、源馬剣翔が後ろ向きで立っていた。

 また、稲妻のような一斉拍手。そして突然、スピーカーから音楽が流れ始めた。

 ゆっくりと振り向く源馬。極楽鳥の羽飾りのつばの広いハットがまだ顔を隠している。

 マイクを口元に近づけると、高らかに歌い上げる。



 ライー♪ ララララララララライララ♪♪ イエイ! ポルテーニョ! イエイ! ポルテーニョ!

 

 南国のーー、哀しいー、メロディー♪ 誰がー 歌うー この歌 ここは、ブエノスアイレス


 イエイ! ポルテーニョ! ダ、ダ、ダダダダ、ダダ

 イエイ! ポルテーニョ! ボ、ボ、ボボボボ、ボカ


 今もー 心まどわーせる、タンゴのリズムーーー ♪


 ハーイ♪


 源馬の歌に合わせて広場の左右(上手下手)から南国風の派手な衣装をまとったダンサーたちが登場した。

 ファンたちは明らかに流れを知っているかのような統制された拍手を送り、さらにその合図を受けて魚崎組員たちが両手でペンライト的なものを振った。

「私の後輩、乙女塚歌劇団鳥組選抜メンバーの皆さんです! 東京公演の休演日を利用して来ていただきました」

 一方、あっけにとられてばかりの岡本課長以下の刑事たち。

「一体何が始まったんだ」

「さっぱり分かりません」

 立ちすくみ、ただ見守ることしかできなかった。

 貴賓席では逆瀬川警視総監がオペラグラスを手に、戻ってきた娘のガチファン薫子から登場する生徒たちの来歴の説明を「ふんふん」と忙しそうに聞いていた。


 源馬は左右に居並ぶダンサーのセンターへ駒沢公園の大階段を降りてきた。

「ここは南米アルゼンチンのブエノスアイレスの下町。街角には仕事を終え、酒と女を求めて集まる荒くれの船乗り達。彼らは喧嘩に明け暮れる日々、流れ者のギター弾きが奏でる物悲しいメロディが心を癒す。街を取り締まるのはヤクザ者の伊丹とその弟たち。仲良くやってきた生活が、ある女性を巡って狂い始めます……ヘイ! カモン」 

 手を大きく開いた源馬。

「それでは皆様拍手でお出迎え下さい、ヒロイン・カミーラの登場です!」 

 その声に合わせて一台の黒い車にスポットライトが当たった。

 ドアが開けられ、そこから降りてきたのは、川崎の非合法バーから参考人として連行されてきたカミーラだった。

 突然のスポットライトにカミーラは戸惑う。隣にいる通訳の女性警官に何かを聞いているが、彼女も首を振るばかり。

 するとダンサー数人がカミーラに近づき、周りを取り囲むと両手を取ってステージ中央へと誘った。

「あの女は誰なんだ、俺たちは何を見させられているんだ!」

 組対の服部係長は知らない参考人登場にいら立った。

「分からないんですが黒パトのナンバーが横浜なので、どこかの誰かが神奈川県警に要請したのではないかと」

 手下の刑事たちも呆然と成り行きを見守るしかなかった。

 ザワザワし始めた警察集団の事を源馬も気にした。

「ここまでは皆様ついてきてますか? 分からない部分はお配りしたパンフレットをご覧ください」

「いいも悪いも、何がやりたいんだ」

 服部は大声で文句を言った。

「送検まで時間が無いんだ、早く終わってくれ」

 容疑者の取り調べ中だった深沢署強行班のベテラン段田も焦っていた。

「まぁまぁ落ち着いてください。熱くなっていると事件の真相を見落とすことになりますよ」

 源馬は余裕の笑みで答えた。

「事件の背後にある物語を、そんな皆さんに今一度しっかり理解してもらえるように、今回分かりやすくショー形式にしたしました。これが私の考える『ビジュアルエクスペリエンス捜査会議』です」

 ここまで説明を聞いていた深沢署の安藤刑事は、パンフレットのページを慌てて捲った。

「なるほど、そういう事か! ビジュアルエクスペリエンスとは視覚で体験。源馬さんが美しさや物語にこだわっていたのは、組織の論理ではなく、自分の目で見て心で感じろということだったのか!」

 一人感動する安藤の横で鑑識岡田は、「お前あの人に感化されすぎだよ」と冷ややかに宥めた。

「普通に会議か書類で説明しろよ。こっちは忙しいんだ」

 服部係長は声を荒げた。

「きみ、うるさいよ! ショーの腰を折るな! 源馬君気にせず続けたまえ」

 貴賓席から、逆瀬川総監の威厳ある声が会場に響いた。それには大人しくせざる得ない警察集団。

 静かになった事を確認した源馬は、

「ショー・マスト・ゴーオン! では続けます」と進行した。

 広場のセンターでは連れてこられたカミーラの両手を、ダンサー役の二人が左右で引っ張るしぐさをした。

「街を仕切っていた御影組は、この運命の女・カミーラを巡って狂い始めます」

 カミーラもわけが分からないながらも雰囲気に合わせて芝居を始めた。

「カミーラを巡って御影組からはまず弟分だった魚崎が離脱。そして御影組内でも伊丹の手下だった鳴尾と出屋敷がシノギを削る内紛状態になっていきました」

 広場ステージでは、2つに分かれた群舞が激しい音楽と共に繰り広げられる。

「御影と魚崎、カミーラを愛した二人のマフィアの争いは、やがて縄張りをめぐる町を上げての抗争に発展していきます。その様子を見てカミーラは一人哀しそうに夜空を見上げ、歌い上げる……」

 急にスポットライトはカミーラに振られる。新人の役者が影からカミーラにマイクを渡すが、手を振って「無理、無理」という素振りを見せ戸惑っている。

 その様子に、カミーラの左右にいた伊丹役、魚崎役の若手男役二人があわててハイトーンで歌い始めた。が、それは源馬の合図で、四小節で終わった。

「時間がないのでこの部分の歌唱は本日省略します。こうして一人の女が一つの組をバラバラにしていきます。しかし、カミーラの心は複雑でした。実はカミーラにはずっと以前から心に決めた恋人がいたんですねぇ」 

 カミーラを指さしどや顔でポーズを決めた源馬。


「だから事件と関係ないカミーラとか、心に決めた恋人とかどうでもいいんですよ」

 業を煮やした岡本一課長が警察集団の不満を代表するかのように声をあげた。

「総監、捜査のやり方は源馬さんにお任せするとしても、これだけ大掛かりに動員したんだから、被害者伊丹が、誰にどのように、なぜ殺したのかを分かりやすく教えていただけるんでしょうね?」

 岡本の狙いは逆瀬川総監と警視庁キャリア組の現場影響力を削ぐことだった。ファンクラブと統制のとれた源馬派魚崎組組員たちがブーイングの声を一斉にあげる。

「本当に大丈夫なのか源馬くん」

 総監は心配そうにステージの源馬の方を見た。

「ショーを見る前からあれやこれや言うは野暮天です。ここまではプロローグです。空腹は最高の調味料というではありませんか! 全てのストレスは感動のカタルシスへのステップ。ここからが本番ですよ」

 源馬は微笑みながら続けた。

「カミーラは組織を抜け出そうと思いましたがそれは失敗、以前にも増して監視の目が強くなります」

 要領を掴んできたカミーラも、乗ってきて演技を始めた。

「カミーラの心に別の男の影を見た伊丹は嫉妬に狂い始めます。『あー、カミーラどうして僕の気持ちが分かってくれないのか? 君の為ならマフィアの組織も何もかもを捨てたっていい』。心奪われた伊丹は組の運営には気持ちを入れず。会合にも顔を出さなくなります。兄貴の様子が心配になった魚崎は、その理由を探るためにカミーラに近づきます」

 伊丹役と魚崎役がカミーラの周りでクルクル回り始めた。

「最初は監視者だった魚崎もやがて情熱のファムファータル・カミーラに心惹かれるようになっていきました。そこから様々な誤解が発生し兄弟の確執が派手になっていきます。二人はカミーラを我が物にしようと街は戦争に発展していきます」

 カミーラの両側で苦悩のダンスを繰り広げる。

 目の前に展開するこのスペクタクルなショーに安藤は夢中になっていた。芝居に興味のない鑑識岡田は声をかけた。

「安藤さんつまりカミーラを巡って伊丹と魚崎が喧嘩になり、魚崎組の誰かが伊丹を刺したってながれですかね。でも、それだと結局、今の捜査本部と変わらないことになってませんか?」

「確かにそうだな」安藤は気もそぞろ。

「じゃあ、こんな大掛かりなことをして、一体何になるんですかね」

「分からん、ただ今なぜか心がざわつき始めている」

 大方の刑事は源馬の超展開に全くついて行けてない中、安藤は今まで見たことなかった乙女塚の世界にどっぷりハマりそうな気分だった。。


「さぁ、美術チームが到着しました。ご注目ください」

 駒沢公園階段下広場ではテント生地のようなもので作られた白い大きなカーペットがファンと魚崎組員の連携で手際よく広げられていた。

 敷き詰められた白いシートの上には、あちらこちらに様々な色と形の印と記号が模様のように打たれていた。

「今、皆様にご覧いただいていますのは、事件現場に残っていたゲソコンを鑑識の皆様が記録したものを分かりやすく色分けいたしました」

「おーっ」 

 調査を担当した岡田達所轄鑑識チームが感嘆の声を上げた。

「いいでしょ、このシート。二日間をかけて、こちらのボランティアの皆さんにご協力いただきました。制作の方は乙女塚の大道具さんに仕上げてもらいました」

「現場にわざわざ来たのはこれを作る為だったのか」

 安藤は今更ながら贅沢に人と金を使った捜査方法に驚いた。


 源馬はシートの真ん中に歩き始め、ステッキを取り出すとくるくる回してシートの一箇所を指した。

「被害者の遺体があった場所がここですね。被害者は駐車場から歩いてきてここで立ち止まり、そして息絶えました」

 伊丹役の男役生徒がさっそうと下手から現れセンターまで歩くと倒れる芝居をした。

「彼の死の直前の行動はこの黒色のゲソコンで追えます。靴のサイズ二十七センチ、予想体重八十キロ、伊丹のもので間違いないです。他に入り乱れている靴のサイズから、京都の科捜研を使って分析しましたら、合計四人の足跡が見られます」

「勝手な事してくれるなぁ、お前ら聞いてた?」

 岡本課長が鑑識課にグチる。

「そして、こちらが魚崎組の鮫島と思しき立ち位置です」

 源馬がステッキを振る。

「鮫島、カモン」

 その合図で男役が下手から一人入りスタート位置についた。しかし、伊丹から遠く離れた場所だった。

「そしてシートにあるここの赤色の点々のようなもの、現場検証では細い棒状痕、老人の杖とか傘の先とか書かれてましたが、これはれっきとしたゲソコン。これこそがカミーラの足跡です。カミーラ、君の情熱のステップを見せてほしい」

 最初カミーラはためらっていたが、やがて決意したように一歩一歩ダンスステップを踏んだ。そして、途中からは全身に力が戻ったかのように華麗なダンスで、シート状の赤い点のゲソコンステップを綺麗にトレースしていった。

 捜査にあたった鑑識課達は、自分たちの見落としを直観した。

「そうか靴だ! ピンヒールの跡だったのか」

 安藤は二日前の源馬の遠くを見る目つきを思い返した。

「あの時に気づいていたのか」


「でも、伊丹と魚崎とカミーラでまだ三人。さっき四人のゲソコンがあるってあの人言ってたよね。あと一人って誰なんだ?」

 岡田は安藤に聞いた。

 確かにステージの上にはまだ三人しかいない。捜査線上に他の人物は浮かんでおらず、捜査資料を手に刑事課チームは傍観するしかなかった。

「皆さんもご注目! カミーラのステップと交互するかのように動いているゲソコンにご注目ください。私はこれこそが犯人のモノとみています」

「そうだよ、俺たちもそう思ったよ。わざわざシート作って、役者呼ばなくても分かってるんだよ。だから魚崎組の鮫島が犯人。このゲソコンも鮫島のものって決まってんの」

 服部係長がそうヤジを飛ばした。源馬側に立つファンと魚崎組からまたブーイングがあがる。

「困りましたね、お役所奉公の公務員の皆さんは、まだわからないんですか?」

 源馬は両手を広げて、話になんねぇなポーズでアピールした。

「ここまでの話じゃ何も変わらないんですよ。誰もが納得するスターがまだ登場していません。皆さんの為にこんな大がかりなことをしたんですよ」

「恩着せがましいこと言わず早く結論言え」警察軍団からヤジが飛んだ。

「私は最初に捜査会議でこのステップを見たときに、事件の全貌が瞬時に頭に浮かびましたよ。この複雑なステップを踏める人物はそういません。ましてやヤクザの下っ端バイトの訳が無い」

 源馬は服部係長たち警察軍団に向かって言った。

「適当な嘘をいうな」

「私のイメージを頭の硬い皆さまにご理解いただくためには、この舞台が必要だったんです。なぜなら……」

「もういい、もういい面倒くさいのはいいから。お前は犯人を誰だと思ってるんだ、それだけ言え」

 服部係長が横やりを入れると、散々な言われ方に今や敵となった野次馬警察官から拍手が上がった。

 源馬はいら立つ表情を見せた。

「あなたたちは結末だけを先に知りたがる。なんて無教養で野暮な人たちだ! そんなことだから日本のエンターテイメントは世界から遅れをとるんだ! そもそも……」

 宙を見上げて興奮気味にまくし立てた源馬だったが、ファンが合掌して「落ち着いて源馬様」と拝んでいる姿を見ると冷静な気持ちに戻った。

 そしてしばしの間の後、何かを決意したかのように再び顔を上げるた。

「犯人はフェルナンドです!」

 源馬は響く声でキリリと宣言した。

「えっ、フェルナンド? また誰?」

 今度は場内にいた全員が黙った。

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