第四幕二場 賽は投げられた
世田谷区南部にある深沢署正面玄関は既に記者が張り込んでいた。
そこに源馬を乗せたアルファードが近づくと立ち番警官が慌てて近づいてきた。
「おい邪魔だ、そこに止めるな」
手で追い払うようにアルファードを脇へ移動するよう指示。
「横柄な、何事だ」
二列目座席にゆったりと座る源馬は不快そうに言った。
「恐らく、御影組若頭殺害事件の容疑者宅にガサ入れに向かうところでしょう」
狭い三列目シートから身を乗り出し安藤刑事が説明した。
「なるほどね、どうりで知った顔がいるわけだ」
組織犯罪対策課係長の服部とその仲間たちが荒々しく玄関から出てくるところだった。
「昼間の会議はこのことだったのか、いかんなぁ生兵法は怪我のもと見込み捜査は冤罪のもとだよ」
源馬はアルファードのドアを開くと、コートをひるがえしてアルファードを飛び出した。
「警部補殿! ここは何卒私たちにお任せください。ここ私たちの署なもので……」
深沢署安藤は慌てて制止するが、
「それには及ばない。君たちはこの車で待機していてくれ。勝手な行動は本庁命令で許さん」と表情険しく組対軍団に向かって歩き出した。
「ちょっとすいません」と、今まさに警察車両に乗り込もうとしていた服部係長の腕を引っ張った。
服部は源馬を認めると驚いたような表情をした。
「ここは俺等の縄張りだ。あんたたちお偉いさんが出張る場所じゃない。邪魔するな」
ガサ入れでテンションが上がりまくっている。
源馬を邪険に払いのけて車に乗り込むと、服部たち組対刑事達はそのまま出発してしまった。
見送る源馬の唇は怒りに震え、青いシャドーの入った眼差しは冷たく光っていた。
「私を甘く見ないほうがいいぞ」
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「あーもう、間に合わなかったよ。ちきしょー人の話も聞かず公権力の犬ども、絶対に許さん」
アルファードに戻って来た源馬は、後部座席を目一杯に後ろに倒し足をバタつかせて不機嫌さ全開だった。
「まぁ、われわれも公権力の犬ですが……」
三列目シートに小さく押し込まれた鑑識岡田が諦めたようにこぼした。
「相手は泣く子も黙るマル暴です、気が立っている時に向かっても相手にされませんよ」
狭い三列目座席から安藤も良かれと思って注進したが、中央席で暴れる源馬の耳には届かなかった。
「現場に出たとたん、本庁刑事はかくも勝手気ままで横柄になるとはなぁ……あーむしゃくしゃする。こんな時は乗馬でもしたくなるなぁ。加賀この辺ですぐ馬に乗れるところない?」
「お調べします」
運転席の加賀はカーナビを捜査し始めた。
「あるわけないじゃないですか……」と岡田が思わずつぶやいた。
「もちろん冗談だよ、君たちボヤボヤしてられないぞ。我々もガサ入れに向かう!」
「えっ、マジですか」
捜査指揮系統を完全無視して無権限ガサ入れをしようとする源馬に、安藤が恐れながら泣きついた。
「すいませんが警部補殿、僕ら深澤署はガサ入れ後、送検までやらなきゃいけない事務作業がいっぱいありまして、ここで下していただくわけにいきませんでしょうか……」
源馬が振り返った。
「はぁ、何を寝ぼけたこと言ってる」
そして冷たく目を細めた。
「君たちは一蓮托生だ。乗りかかった船からはもう誰も降りられない」
そしてドアをロックした。
「いざ出航! ハハハハ」 源馬の機嫌は直ったようだ。
「源馬様何のセリフかわかりませんが決まりましたわね!」
ドライバー加賀が品よく笑みを浮かべた。
「あっ、やっぱりそうだ!」 それまで黙っていた鑑識岡田が急に大きな声を出した。
「どうしたんですか、急に」 隣で安藤が不審げに聞いた。
「さっきからどうも不思議に思っていたんですが、今朝のスポーツ紙の芸能面に大きな写真とインタビューが載ってましたよ。歌劇団初の警察キャリア刑事誕生って源馬警部補の事だったんですね」
岡田は一人合点した。
「歌劇団初の警察キャリアって一日署長みたいなものと思っていたんですが、本当に捜査するんですね」
三列目から安藤は元気なくつぶやいた。
「今頃気付いても遅い! すでに賽は投げられた! ハハハハハ」
「エライ人に捕まったものだ・・・・・・」 安藤は暗い表情になった。
(土下座営業も効力なかった。型破りな源馬警部補のツボなど分かるわけがない。あぁ今はひたすら眠い)
昨日から一睡もしなかった。
「とにかく加賀、下衆刑事共の車をつけてくれ」
「仰せの通りに」
表情を変えずに加賀はアクセルを踏み込んだ。
こうして所轄の不安刑事の安藤と、ド天然鑑識岡田を乗せたまま、源馬のアルファードはガサ入れに向かう警察車両を追った。
一方そのころ、組対係長服部と捜査一課のむさい男たちでギュウギュウになった警察ハイエースは深沢署を出て渋谷方面へ向かっていた。車はやがて山手通りに入ると、代々木駅近くにある古いマンションの前で停まった。
後を付けてきた源馬の乗るアルファードは、通りを隔てた反対側に停車、服部らの様子を伺った。
「警察無線によりますと確保されるは魚崎組若衆の鮫島のようです」
助手席でヘッドホンを付けた赤城が後部座席の源馬に話しかけた。
「それより君はいつの間に無線機を手に入れたんだ? 相変わらずスゴイ手回しだね」
「このようなこともあろうかと秋葉原で購入しました」
源馬に褒められて嬉しそうな赤城。
「いや、それでも警察のデジタル無線は普通聞けないはずなんですが」
小声で安藤が小声で疑問をつぶやいた。同じく岡田もうなづいた。「入手ルートが気になりますね」
「それで魚崎組の若衆というのはどんな奴だい?」
後部座席からの疑問は無視して源馬は質問で返してきた。
「まぁ、下っ端ですね」安藤は簡単に答えた。
「いや、それだとイメージ漠然としている。赤城、分かりやすく言うとどうなる」
今度は助手席の赤城に聞いた。
「そうですね歌劇団でいう幕前の若手三人組とステータスは近いかと」赤城が即答する。
「ラインダンスに出るか出ないかぐらいの若手だな。研究生五年目あたりか?」
「そうですわね」
「なるほど、なるほど、しかし、その程度の男が御影組トップを手にかけるなんて四万年早い」
そんな二人の会話が全く理解できない三列目シートの二人は顔を見合わせた。
「安藤さん、この人達何の話をしてるんでしょうか?」
「俺に聞くな」
後ろのざわめきは無視して源馬は、
「そんな雑魚は警察に任せて、俺たちは本丸を突く! 場所は分かるな加賀」
「もちろんでございます。この車のカーナビは源馬様仕様になっております。過去の事件現場、警察幹部の自宅、指定暴力団の組事務所などは全て登録しています」
「それは心強い」
源馬は満足気に微笑んだ。
「どんな仕様なんだろう」
岡田は興味津々。
「でも、向かうってどこに行くつもりですか……」
安藤が恐る恐る前席に聞いた。
「魚崎組組長宅に決まっている」
当たり前のように答える源馬。
「いやそれ、ヤバイ、やばすぎますよ」
安藤は思わず怯えた高い声を出した。
「危険を承知の刑事稼業だ、捜査で死ねれば本望だよ! ハハハ」
やはり、あくまで屈託のない源馬は陽気。
「違うんです。そうじゃなくて、捜査令状無しだと違法捜査になってしまいますよ」
基本中の基本を源馬に伝えた。
「何を言ってる、ヤクザのことはヤクザに聞け。虎穴にいらずんば虎児を得ず。虎の尾を踏んで覚えるなんとやらだよ! ハハハ」
源馬の目はらんらんと輝いていた。
胃の底からドス黒い不安が込み上がってくるのを安藤は堪え窓外を見た。
(絶対、ヤバいって大丈夫かなぁこの人)
信号待ちで逃げ出そうかとも考えたが、狭い三列目シートの窓は開かない。
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