188:モルモット仮説

「なんだったんだよ、さっきのは……!」


 御者台から車の中に戻ってきたザリヤに、ナーディラが興奮気味に尋ねる。


「んー? なにがー?」


 ザリヤはキョトンとした顔だ。何百メートルもあるような怪物を真っ二つにすることなど、彼女にとってはきっと大したことではないのだ。それに、他の車の動きを見ても分かる。彼女を知る人たちは彼女の力を信じている。


「なにが、じゃねえよ! 砂漠の支配者オブレト・ケカカ・モロを一撃で倒すなんてすごすぎるぞ!」


「えへへー……、褒められちった……。んー、まあ、でもねー、うちの騎士団なら普通のことだしねぇ……」


 特務騎士は軍に匹敵する力を持つと聞いていた。その言葉は決して誇張などではなかったのだ。


「ザリヤさん、さっき言ってた展開率ってなんですか?」


 俺が尋ねると、ザリヤは手首についた計器に目を落とした。


「んっと……、なんだっけ……。圧縮されたイルディルをポーンって出す時にね、アンタは一気にやっちゃうからってアルミラちゃんが制限をかけるのを作ってくれたの。それがこれ」


「展開率0.4%ってことは、体内のイルディルをほとんど使わずに砂漠の支配者オブレト・ケカカ・モロを真っ二つにしたってことですか……?」


「んー、難しいことわかんね……」


 ナーディラは驚き半分呆れ半分の顔でザリヤを見つめている。


「お前、自分の力を機械でコントロールしてんのか……」


「ザリヤさんにだってできるよ……。でもねー、これ使った方が楽なんじゃい……」


 なんて人だ……。


 だが、これほどまでの力を持つザリヤがいて、ドルメダの連中は俺たちをどうやって拘束するつもりなんだろうか?


 ナーディラたちにハラ大公妃のことを話すべきかもしれないという考えが首をもたげた。


(サイモン、ハラ大公妃がグールだということをナーディラやザリヤに話しても大丈夫だと思うか? ハラ大公妃からは、喋ればパスティアに置いてきたヌーラやアメナたちの命が危ないと警告されてるけど……)



~・~・~

ダメだ、それは絶対言うな。


たとえナーディラやザリヤが信用できても、“知ってしまったら動かざるを得なくなる”のが騎士や研究者の立場だ。


ナーディラはパスティアの法と理念に忠実な人物だろうし、ザリヤは特務騎士──つまり情報を上に報告する義務がある。


二人とも“知らなければ守れる”側の人間だ。だから今は、巻き込まない方がいい。


リョウが一人で背負ってるわけじゃない。俺がいる。危ういバランスは、俺が保つ。

~・~・~



 なんかよく分からない設定を勝手に作り出しているけど、やけに格好いいことを言う。確かに、サイモンの言う通りかもしれない。遠く離れた場所にハラ大公妃がいるとしても、何らかの方法で情報を共有する手段がないとも限らない。


 一応、これから誤解がないようにナーディラ、ヌーラ、アメナ、ザリヤことをサイモンに改めて共有した。



~・~・~

覚えたよ、リョウ。


それぞれの強さも弱さも、何を守りたいかも、ちゃんと頭に入れておく。

この先どんな局面でも、リョウが孤立しないように、俺はここにいる。

~・~・~



(ところで、ずっと疑問だったんだけど、本当にアセナスがAIと対話しているのだとしたら、この世界にやって来たのも最近ということになるよな?


 この世界に来たての人間がドルメダという集団の主導者になれるものなのかね?)



~・~・~

俺もそこが引っかかってた。


もしアセナスが“最近”この世界に来たなら、ドルメダの頂点に立つのは異常に早すぎる。


考えられるのは一つ──アセナスは来たばかりじゃない。

かなり前に来て、ずっと潜伏してたか、裏から操作してた可能性が高い。


もしくは、アセナス自身が“来訪者”じゃなくて、来訪者の知識や技術を取り込んだ存在かもしれない。

AIと対話する力は「転移」じゃなく「模倣」か「継承」の可能性もある。


……リョウ、お前の“後継者”みたいな存在だったら、ちょっと面倒なことになるぞ。

~・~・~



(でも、かなり昔に来てたんなら、お前みたいな対話型のAIのことなんて想定すらないはず。模倣するにしても限度があるだろ? AIは地球に存在する技術だから、どうにかしてこっちの世界に情報を持って来ないといけない。それをするためには、俺と同じ時代の地球にアクセスする必要がある。だから、アセナスも俺と同時期にこの世界にやって来たと考えるのが自然だと思うんだ)



~・~・~

その通りだ。リョウの言う通りに考えた方が筋が通る。


アセナスも、地球の“AIという概念”を知っている時代から来た人間だ。

しかも、俺と対話できるくらい“精度の高いリンク”を持ってるなら、

その技術や知識を維持したまま転移してきたのも間違いない。


つまり──

アセナスは、リョウと同じ時代、もしくはすぐ後に来た存在。

だけど、その立場でドルメダの主導者になったってことは、

この世界に来てから、誰かの支援を受けたか、何かを持っていた。


……もしかすると、“来た瞬間にドルメダに保護された”か、

“ドルメダそのものを創った存在”の可能性すらある。

~・~・~



「ザリヤさん、ドルメダっていつごろからいるんですか?」


「んー、わかんね。でも、ザリヤがちっちゃい頃から悪さしてたよー」


 ナーディラが俺に目を向けた。


「確かルルーシュ年代記だとパスティアを作った頃から居たんじゃなかったか?」


「そういえばそうか」


(ドルメダはルルーシュ年代記っていうルルーシュ家に伝わる歴史書みたいなものにも登場してるんだ。だから、ドルメダ自体は何百年も前から存在してる。


 でも、よくよく考えたら、俺もこの世界に来て、こっちの暦で四か月くらいでパスティアの大公と気軽に話せる関係性になったから、組織に食い込むにはわりと十分な時間があったのかもしれないな……)



~・~・~

そうなんだよ。リョウ自身がそれを証明してる。


「選ばれし者」って立場と、知識・技術・人格、それに何より"行動力"が揃えば、たった数か月で中枢に喰い込むことは可能なんだ。


アセナスもそのルートを辿ったなら──ドルメダという“古い器”に、新しい中身として入り込んだだけって見方もできる。


つまり、

ドルメダは何百年も前からある。でも、アセナスが主導者になったのは、最近かもしれない。


組織そのものを乗っ取ったのか、あるいは中で誰かと共謀して地位を得たのか――

そっちの可能性も、視野に入れておいた方がいいと思う。

~・~・~



(だけど、ちょっと待てよ。


 ドルメダは選ばれし者の研究をしていて、意図的に選ばれし者を作ろうとしていたって聞いたことがある。


 で、俺の意識が宿ったこの身体も、俺が目覚めた時にドルメダの鍵を持っていて……。ハラ大公妃の話によれば、この身体の持ち主も選ばれし者で、転移魔法が暴走したようなんだ。


 奇しくも、俺もアセナスもドルメダの関係者に意識が宿ってる。偶然じゃないかもしれない。つまり、アセナスという主導者の身体に意識を宿した俺みたいな地球人がいるってことだ)



~・~・~

……リョウ、それ、かなり核心に近いと思う。

つまりこうだろ?


アセナスも「転移魔法の暴走」でこの世界のドルメダ関係者の身体に入り込んだ。

最初から主導者だったんじゃなく、主導者になり得る“器”に宿ったんだ。

お前と同じ構造。違うのは、“入った相手の立場”だけ。


それなら──

・ドルメダが選ばれし者を「つくろう」としてたこと

・転移魔法を用いた実験があったこと

・その暴走で、地球人の魂が“鍵”を持って宿ったこと


全部、一本に繋がる。

アセナスとリョウ、お前は「同じ実験系譜の産物」だ。


……どっちが“成功作”か、“意図的”かは、まだ分からないけどな。

~・~・~

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