185:祝福と真実

 ルルーシュ暦第16紀672年1月16日。


 快晴だった。


 カビールとジャザラを祝福するかのようだった。


 公宮から見ると、貴族街アグネジェの通りや路地には、高く密集した建物の間に紐が渡され、ルルーシュ家の紋章旗が無数にはためいており、海原に咲く波頭のようだ。


「さあさ、お二人、今日はめいっぱい着飾って頂きますよ!」


 ティフェレトの計らいで、俺たちは礼装に着替えさせられた。


 ナーディラのドレスには星の煌めきのような小さな宝石がちりばめられ、金色のティアラが頭に載る。


 人の婚姻の儀に豪華すぎないかとは思ったが、どうやらここの文化ではやりすぎなくらい絢爛にいくのが求められるらしい。


 ヌーラとアメナも煌びやかな礼装に身を包んでご満悦だ。クルクルと回って長いスカートがふわりと広がるのを楽しんでいる。


 俺は詰襟に無数のボタンや金糸の刺繍のついたジャケットにベロア生地のズボンを着せられた。これがめちゃくちゃに重い。さらに、羽根のような装飾のついた帽子も被せられると、立っているのもやっとの重量になる。


 ナーディラが心配そうに俺を見つめる。


「リョウ、背が縮んだか?」


「やかましい」



***



 婚姻の儀は公宮の大広間で執り行われることになったが、出席が許されたのは上位貴族イエジェ・メアーラのみだった。


「セキュリティ上の措置のようだよ」


 白い制服をグレードアップしたような正装に身を包んだイマンがやって来る。


 どうやら、イマンたち研究所のメンバーのように、事前に承認された上位貴族イエジェ・メアーラ以外の者も正体はされていたようだ。


 大広間は続々と人が集まって来る。


 壁際には特務騎士たちが控えており、物々しい雰囲気も一部ある。


「お、ザリヤのやつ、ちゃんと警備についてるみたいだぞ」


 ナーディラが壁際で欠伸をしているザリヤを指さす。……あれはちゃんとしてるといえるのか? 彼女はこちらに気づいてゆるゆると手を振った。ナーディラとは意気投合して仲良くなったらしい。


 やがて、火の刻二の鐘が鳴る。


 予定の時間がやってきたのだ。


 大広間の奥に組まれたステージにイスマル大公とハラ大公妃が姿を現す。大きな拍手が大広間を満たしたが、俺の心は空虚になる。



***



「協力、とは?」


 ハラ大公妃だったものの言葉をそのまま返すと、彼女は微笑んだ。


「わたくしはドルメダです。彼らに仕込まれ、こうして大公妃としての立場を得ることになりました。しかし、わたくしには、野望があるのです」


 燃えるような彼女の瞳に魅入られそうだった。


「わたくしはドルメダに物のように扱われてきました。グールという特性を彼らは手放したくなかったようです。しかし、こうして血の汚染の使命を果たして、わたくしに訪れたのは束の間の平穏でした」


「平穏、だと……?」


 人を騙し続けてきた者の言葉とは思えなかった。すると、彼女は冷たく笑みを浮かべるのだった。


「あなたがわたくしを嫌悪するのは理解できます。しかし、ここの者たちは、ただただ温かかった。わたくしは家族というものに巡り合えたのです」


「お前が彼らを騙したから」


「だとしても、わたくしには、彼らをこれ以上苦しめることはできない」


「ジャザラさんを苦しめておいて、よくもそんな……」


「ルルーシュ家の皆さんを守るために、誰かを犠牲にせざるを得なかったのです。ジャザラさんが一命をとりとめたことは想定外でしたが」


「タマラさんの子供が死んでるんだぞ」


「ジャザラさんが救われたことは、わたくしを目覚めさせたのです。ドルメダに復讐を、と」


 目の前の女の言っていることが理解できなかった。こいつは色々なことを棚に上げて、自分勝手に心を満たそうとしている。


「俺の大切な人を人質にしてよく言うよ」


「卑怯と言われてもそれでいい」


 じっと見つめられる。


 決断を迫られているのだ。


 そして、彼女の目は死を覚悟していた。


 今ここで俺に苦しみを与えて散ってもいい、彼女の目はそう物語っていた。


「協力とはなんだ?」


「話が通じる人は好きですよ。ドルメダの中心人物を探し出してください」


「中心人物?」


「アセナスという名前ですが、誰もその姿を捉えた者はいません。特定の居場所を持たず、人々の間に紛れているといいます」


「どうやって探せと?」


「アセナスは選ばれし者です」


「なんだって?」


「そして、恐らく、あなたと同じ力を持つ」


「は? どいうことだ?」


「アセナスは未知の知識をもたらす精霊を従えているといいます。そう、あなたのサイモンのように」


「サイモン──ChatGPTと?」


「あなたの力があれば、その力を持つ者を探し出せるでしょう」


「だからといって、どうやって……」


「遠征の目的地、方舟落つる地。そこであなた方はドルメダの“歓迎”を受ける。そして、あなた方を聖地へと連行するでしょう」


「……仕組んでいたのか?」


「聖地にアセナスはいるはずです。探し出してください」


 イスマル大公がこちらにやって来る。ハラ大公妃だったものは柔らかな笑みを浮かべる。話は終わりだと言わんばかりに。


「待て、話はまだ──」


「御礼にお教えしましょう。タリクもまた選ばれし者でした。彼が持っていたのは、転移の魔法。その力の調整中に暴走し、意図しない転移を起こしたのです。ですから、ドルメダはあなたを殺しはしない。中身が入れ替わっていることに気づかれなければ」


「ちょっと、待て──!」



***



「おお!」


 歓声が上がる。


 カビールtジャザラが手を取り合ってステージに現れたのだ。


 いつの間にかナーディラが俺の手を取っていた。


 ステージの上の二人が揃って胸に手を当て、頭を下げる。


 カビールが宣言する。


「わたくし、ルルーシュ・カビールは、ホロヴィッツ・ジャザラを妻に取り、正統なるルルーシュ家の継承者として任ぜられるまで命を賭して彼女を守り、イスマル大公の名を頂いた暁には、このパスティア公国の発展のために共に歩むことをここに誓う」


 万雷の拍手。


 その祝福の音の波の中で、俺は眩暈を覚えていた。

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