140:水を得た魚
手記を読み上げられ、ラナは青ざめた顔でじっと床に視線を落としていた。
「天布逆転魔法の研究に没頭した本当の理由はこれだったのか」
ナーディラが呟く。レイスの溜め息を漏らす。
「ドルメダやクトリャマを駆逐するために、と聞いておりましたが」
「それも天布逆転魔法を推し進める動機ではあります」
ラナが静かに答えたが、ザドクは不満を露わにした。
「そんな些末なことはどうでもいい! 問題はフェガタト・ラナにはホロヴィッツ・ジャザラ様に対する私怨があったということなのだ!」
まずい状況になった……。
(ラナの自宅から彼女の手記が見つかった。中には、カビールとジャザラの仲に嫉妬している想いが綴られていたんだ。
彼女は幼い頃にカビールとジャザラと出会い、密かにカビールに想いを寄せていた。だけど、ラナは下位貴族で、上位貴族であるカビールとは一緒になることは許されない。
ラナはカビールとジャザラと出会った過去のことをずっと悔やんでいるようだった。出会いさえしなければ、幸せな二人を見る苦しみを感じずに済むからね。
ラナが天布逆転魔法の研究に没頭しているのはドルメダやクトリャマの存在を消すことだって言われてたけど、もう一つ本当の理由があったんだ。
それは、カビールとジャザラとの出会ったという過去を消し去るということ。
ザドクはラナの嫉妬が今回の事件の動機になり得ると主張してる……)
~・~・~
これはかなり厄介だな……。ラナの動機として説得力が生まれてしまっている。
ただ、「ラナが天布逆転魔法で過去を書き換えた証拠はない」 という基本的な問題は変わっていない。
反論のポイント
1. ラナが天布逆転魔法を完成させた証拠はない
→ 研究していただけで、実際に使えたわけではない。アルミラの説明もあった通り、この魔法は実現が極めて困難。
2. ラナが天布逆転魔法で事件を起こしたという証拠はない
→ 彼女が「過去を消したい」と思っていたとしても、だからといって事件を起こしたとは限らない。ザドクは「動機があるから犯人」と言っているが、それは 「金に困っていた人が全員窃盗犯になる」 みたいな暴論。
3. 手記の内容は「過去を消したい」という願望であって、実行の証拠ではない
→ 「過去を消したい」というのは内心の独白に過ぎず、それが「暗殺未遂の計画」に直結するわけではない。むしろ、天布逆転魔法が完成していないからこそ、手記にそんな未練を書き残していたとも考えられる。
つまり、ザドクの論理は「願望があったら実行したはず」という飛躍したものだと指摘できる。
「動機があるだけで犯人とするなら、カビールやジャザラに恨みを持つ他の貴族も同じように疑われるべきでは?」 という切り口も使えるかもしれない。
~・~・~
サイモンの言うことはもっともだ。
俺たちはラナの想いを知ったことで、感情論に流される心持ちになってしまっていた。
突然、ライラが靴音を鳴らしてラナの方へ一歩を踏み出した。
「ラナ様、貴女がカビール様とジャザラ様へ向ける絶望にも似た眼差しを我は見ていました。目に入っていたのみで、その真意を測りかねていましたが。しかしながら、それがお二人に対する嫉妬心であるならば、あなたはカビール様とジャザラ様の婚姻の儀を破滅させたいという欲望があったのではないですか?」
ザドクがニヤリとする。
「その通りだ。だからこそ、フェガタト・ラナは個人的な想いを昇華させるため、ホロヴィッツ・ジャザラ様を排除しようとした」
ダイナ執法官が深くうなずこうとしている。
この場がザドクの思惑通りに傾いているのだ。
「待ってください! 確かに、ラナさんには二人の関係に個人的な思いがあったかもしれません。でも、だからといって、それが犯人であることにはなりません!」
「また悪あがきを……!」
鼻の頭にしわを寄せるザドクを鎮め、ダイナ執法官が口を開く。
「どういうことですか?」
「『二人の関係を恨む思いがあったから今回のことを決行した』というのは、『動機があるから犯人だ』という乱暴な結びつけです。ジャザラさんに対する動機を秘めている人もいるはずで、その人もラナさんと同じように疑われなければ道理に合いません」
反論を飛ばそうとするザドクを差し置いて、ライラが俺の方を振り向いた。
「リョウ殿、死鉄鉱の持ち出しは『家政権行使申請』によって可能となる。だが、私怨は許可されない。今回、倉庫から死鉄鉱が盗み出されたのは、『家政権行使申請』の範疇外である個人的な理由があったからなのではないか?」
「おい、ライラ、お前、なんでそっち側なんだよ!」
ナーディラが吠える向こうで、ザドクが怪訝そうな表情を浮かべている。ダイナ執法官を見ると、頭を抱えていた。
『家政権行使申請』の件は貴族以外にはその存在すら知られていないものだ。それを今、ライラは暴露してしまったのだ。
ダイナ執法官がライラを黙らせる。
「この場に同席する全ての者に通告いたします。今、彼女が口にした『家政権行使申請』については、口外することを禁じます」
空気が張り詰める。
ザドクが目をパチクリとさせている。
「い、一体何なのですか、それは……」
ダイナ執法官の説明を聞いて、ザドクは目を丸くした。
──嫌な情報が渡っちゃったな……。
「つまり、フェガタト・ラナは個人的な理由によってホロヴィッツ・ジャザラ様を排除しようとしたがために『家政権行使申請』を利用できなかったというわけです」
今しがた手に入れた“武器”を振りかざして、ザドクがそう結論づけた。
ライラはもはや俺たちの論客のようにラナに冷たい視線を送っていた。
「幼き頃から共に居たはずです。その胸中は察するものがないとは言えません。しかし、
「わたくしはそのようなことを決してしておりません」
ラナは真っ直ぐとライラを見つめ返した。
この場をザドクたちの流れに乗せまいと、レイスが口火を切る。
「動機の有無については百歩譲ってフェガタト・ラナ様にも持ち得るものかもしれません。ですが、天布逆転魔法が考慮できない現状でフェガタト・ラナ様を犯人と断ずるのは飛躍が過ぎると言えましょう」
ダイナ執法官がザドクに目を向ける。
「どのようにお考えですか?」
「それについては些末なことです。元来、天布逆転魔法を利用したという仮説は、街の誰にも目撃されずに自宅へ戻るのが困難だったのではないか、という視点から生まれたものです。しかし、逃走に使われたと思しき経路を見れば、複雑な動きをしていない。つまり、フェガタト・ラナが逃走中に誰にも目撃されなかったのは、単なる偶然だったと言えるわけです」
ダイナ執法官は独り言のように言葉を繰る。
「動機があり、逃走経路を確保でき、死鉄鉱の利用法を知っており、それを盗み出す理由がある……」
ザドクが助け舟でも出すように言葉を重ねる。
「心の留め置いて頂きたいのは、ジャザラ様は現場となった『フォノア』の部屋で“信頼の置ける人物と一緒に居た”可能性があるということです」
(ザドクの主張にダイナ執法官が傾きかけてる……。ラナを犯人だとするポイントは次の五つだ。
①ラナにはジャザラを害する動機がある(嫉妬心)
②逃走経路を確保できる
③死鉄鉱の利用法を知っている
④死鉄鉱を盗み出す理由がある(①の動機が個人的なもの)
⑤ジャザラは現場に信頼のおける人物と一緒に居た可能性がある(ジャザラとラナは幼馴染)
②に関して捕捉すると、天布逆転魔法が使われたかもしれないって発想は街の人に目撃されずに自宅に戻るのが困難だと思われるから。
だけど、地図を見てもらうと分かると思うけど、想定される犯人の逃走ルートのうち、aのルートは複雑な経路じゃない。ザドクは偶然目撃されなかっただけで、天布逆転魔法がなくても問題ないと言ってる。
https://kakuyomu.jp/users/shunt13/news/16818093093952077453
ちなみに、天布逆転魔法については、お前のアドバイスをもとに俺が主張して、その存在を理由に犯人を特定しないようにということになったよ。
ザドクは状況証拠を積み上げてラナが犯人だということをダイナ執法官に納得させようって戦法を取ってると思う)
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なるほど、ザドクは状況証拠を組み立ててラナに決定打を持たせようとしてるわけか。
天布逆転魔法が絡まない形に持ち込めたのは大きいな。
ザドクの主張の弱点を探る
① 動機はあるが、それだけでは犯人と断定できない
→ 動機だけで犯人とするなら、他にも容疑者がいるのでは?
→ ジャザラを害する理由が他にもあった可能性は?(例えば政略的なもの)
② 逃走経路は確保できる
→ 目撃されなかったことは「偶然」ではなく、「目撃情報が意図的に消されている可能性」もある
→ 他のルート(bやc)を通った可能性は?ラナがaルートを使った決定的証拠はあるか?
③④ 死鉄鉱の知識と盗み出す理由
→ 死鉄鉱の使用者は本当にラナしかいないのか?
→ 盗まれた死鉄鉱がラナの元にあった証拠は?(入手経路の確認)
⑤ ジャザラは信頼できる人物と一緒にいた
→ 本当に信頼していたのがラナなのか?他に該当者はいないのか?
→ 「信頼=害されない」は成立しない。裏切りの可能性は他にも考えられる
状況証拠だけでは決定打にならないってことを意識させないとダメだな。
ザドクが誘導しているだけで、本当にラナが犯人なのかは、まだ「証明」されてない って方向で攻められるはず。
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(「目撃情報が意図的に消されている可能性」についてなんだけど、ここを突くのは厳しいかも。
これらの情報は、ライラとザドクが別個に聞き込みをして得られた情報で、お互いに共通してるんだ。
ラナがaのルートを使っているとザドクが考えているのは、使える路地を通ってほとんど最短距離で自宅に戻れるからだと思う。それに、別のルートを使っていたとしても、それはただルートが複雑になるだけで、反論には使えないかも。
このポイントを考慮して、どう反論すればいいかもう一回まとめてみてくれないか)
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了解。逃走ルートの目撃情報が消されている可能性を突くのは難しいし、ルートの複雑さを指摘しても決定打にはならないってことだな。
それを踏まえて、ラナ犯人説を崩すポイントを整理すると、以下の流れが考えられる。
ザドクの主張への反論ポイント
1. 動機がある=犯人とはならない
・ラナの嫉妬心を動機にしているが、感情だけでは犯行の証拠にならない。
・カビールの婚姻は公的な話であり、個人的な嫉妬とは別の要因で狙われる可能性もある。
・動機が強い他の人物(特に貴族間の対立)はいないのか?
2. 死鉄鉱を盗んだ証拠はない
・ラナは死鉄鉱の知識があるが、それだけでは「彼女が盗んだ」とは言えない。
・盗まれた死鉄鉱がラナの手に渡った証拠があるか?
・死鉄鉱を手に入れられるのはラナだけではない可能性もある(別のルートは?)
3. ジャザラが信頼できる人物といた=ラナとは限らない
・信頼できる人物といたなら、他にも該当者がいる可能性がある。
・ジャザラの行動パターンや当日の状況をもっと分析すべきでは?
・「信頼していたからこそ裏切られた」ケースもあるが、それがラナであると断定できるか?
4. 逃走ルートは合理的だが、それだけで犯人と決めつけられない
・目撃されなかった=ラナが犯人ではなく、他の可能性もある(例:そもそも犯人が別ルートを使った)
・ラナがaルートを使った「証拠」は?それがないなら、別の可能性も考えるべきでは?
結論
ザドクは「ラナが怪しい」ことを積み上げてるが、どれも決定的な証拠ではない。
・ラナの動機はあるが、他にも動機を持つ人間がいる可能性を考慮すべき。
・死鉄鉱の入手経路が確定していない。
・ジャザラが一緒にいた人物=ラナという証拠がない。
・逃走ルートが合理的だからといって、ラナと決めつけられない。
ダイナ執法官に「状況証拠の積み上げだけでは有罪とするには不十分」と理解させる方向で攻めるのがいい。
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