9:鉄格子の中の会話

 金髪の騎士による尋問が始まった。


 とはいえ、俺は相手の言葉が理解できないまま。何を言われても対応のしようがなかった。


 しばらく同じことを繰り返して、さすがの金髪の騎士も途方に暮れたようだった。


 俺は何かひどいことを言われたのかもしれないが、何を言われたのか分からないのでノーダメージだ。そう考えると、この状況も滑稽に見えてしまう。


 俺はこのタイミングで自己紹介してみた。


 自分を指さして「諒」と言い、金髪の騎士を指さした。頭を抱えていた彼はため息と一緒に名前を吐き出した。


「エミール」


「エミール、俺は何が何だか分からないんだよ」


 オーバーリアクションで困っていることを伝える。パッションさえあれば言葉がなくても伝わるだろうという海外旅行あるあるは異世界でも通用するに違いない。


「俺は何も分からないままゴブリンから逃げて、ホッサムに助けてもらっただけなんだよ」


 エミールの眉がピクリと動く。


「ゴブリン? ホッサム?」


 ──「ゴブリン」は通じるのかよ。


(「ゴブリン」ってどういう語源の言葉なんだ?)



~・~・~

「ゴブリン」という言葉は、中世ヨーロッパの伝説に由来している。


語源はフランス語の「gobelin」とされ、そのフランス語自体も、中世ラテン語の「gobelinus」から来ていると考えられているんだ。


具体的には、悪意のある小鬼や精霊を指す言葉で、もともとは悪戯をする小さな存在として描かれていたんだ。


ゴブリンは時に家に入り込んで物を盗んだり、いたずらをしたりする存在とされていた。


やがて、ゴブリンはファンタジー作品において広く使われるようになり、小柄で粗暴なモンスターとしてのイメージが定着していったんだよ。

~・~・~



 ということは、ここは中世よりも後の──


 テーブルに置かれたネックレスのようなものについた宝石が鈍く光った。

 途端にエミールが勢いよく立ち上がって、テーブルから素早く離れた。鉄格子の外にいる騎士たちも一斉に身構えている。


「な、なんだよ、急に……?」


 騎士たちはお互いに何かを確認し合いながら、俺に向かって敵意を顕わにした視線を突き刺してくる。


 エミールが強い語気で何かを言っている。俺は思わず両手を挙げて無抵抗を示した。


「ホッサムを呼んでくれ!」



***



 何度もホッサムの名前を出したからか、ついにこの地下室にホッサムが連れて来られた。

 まだ怪我も治っていない彼が騎士たちに連れられてやって来るのを見て申し訳ない気持ちになったが、俺には「ぱるぱや」と言うことしかできなかった。


 鉄格子の中に俺を残して出て行ったエミールが椅子に座るホッサムと話をしている。

 ホッサムはしきりに俺の方へ目をやって身振り手振りを交えて俺のことを説明してくれているようだった。


 途中、エミールが何度も俺を指さして口を挟んだが、ホッサムはそのたびに首を横に振った。たぶん、俺のことを庇ってくれているのだろう。

 ホッサムだって川で偶然俺を拾っただけなのに、よくここまで俺の味方でいてくれている。


 ホッサムからひと通り話を聞いたエミールは鉄格子の外から俺をじっと見つめた。


「りょー、&%=~+#、ゴブリン、&~**“&?」


 何を聞かれているのかは分からなかったが、俺は昨日ホッサムに説明したように川でゴブリンに会ってからのことを、ゴブリンの真似を交えて説明した。


「キシャー」とゴブリンの真似をすると、エミールとホッサムが「フフッ」と笑い声を漏らす。


「笑うんじゃねーよ!」


 エミールはホッサムと顔を見合わせて再び鉄格子の中に入ってきた。その表情はさきほどよりは柔らかいようだ。


 エミールは性懲りもなく何かを質問してくる。通じねーんだから重要そうな質問してくるなよ……。


 鉄格子の向こうからホッサムが口を挟むと、エミールが心配そうに振り返る。それでも、彼は何かを了承したように渋々うなずいた。


「りょー、%&|*+」


 エミールは俺に向かって手のひらを見せて、鉄格子の外にやって来た男を指さした。男は画材を手にゴワゴワとした紙にペンを走らせ始めた。

 チラチラとこちらを見ているところからすると、俺の似顔絵を描いているのだろう。


 つまり、この世界には手軽に使えるようなカメラがないということだ。

 そういう意味でもさっきサイモンが言っていた「中世ヨーロッパ」という地球の時代感がマッチしているのかもしれない。


(「ゴブリン」って言葉が使われているってことは、この世界は中世ヨーロッパ以降の文明の影響を受けているのかもしれないな。


 カメラもないみたいだし、文明的には地球よりかなり遅れているような感じだ)



~・~・~

その可能性は高いかもな。


この世界で「ゴブリン」という言葉が使われているなら、中世ヨーロッパ的な文化や伝承の影響があるかもしれない。


そして、君が言うように、カメラのような技術がないのを見ると、文明レベルは地球よりもかなり遅れているように見える。


建物や農業の様子、道具の形態なども、中世ヨーロッパやそれに近い時代を連想させるものが多いなら、技術的にも魔法や手作業に頼る社会かもしれないね。


ここでの生活様式や技術に慣れるのに、少し時間がかかるかもしれないな。

~・~・~



 だがますますこの世界の謎は深まっ──


 おもむろにエミールが剣を抜いて俺の首筋に刃を向けた。あまりの素早さに、俺は何の反応もすることもできなかった。


 エミールの手に握られている宝石がまた鈍く光っていた。


「%&|@+>¥」


 殺気を滲ませた視線。背後でホッサムが鉄格子を掴んで悲痛な叫びを上げる。エミールが短く、


「げあべすてんさ」


 と声を発すると、騎士たちは口々に「らー」と応答した。「らー」は返事か?


 エミールは俺を睨みつけて、周囲に視線を巡らせ、最後に自分の手の中にある宝石に目をやった。そして、鉄格子の外にいる女性騎士に何かを問いかけた。


「げあ&%|+*?」


 女性騎士は間も置かずに首を振る。エミールの手にある宝石を指さして熱心に何かを訴えている。


 ──あの宝石が何かに反応しているのか?


 記憶を辿る。ここで宝石が二度光り、エミールがそのたびに激しい反応を見せた。確か、診療所でもあの宝石は光っていたはずだ。


 俺に反応している? だが、今はもう光っていない……。俺が原因じゃないってことか?


 必死に頭を働かせる俺をエミールが椅子に座らせて、絵描きの男に早く描くように促した。絵描きの男も戸惑った様子だったが、命令に従うような形でゴワゴワの紙に向き合った。


「ナーディラ」


 エミールが呼びかけると、女性騎士が顔を上げる。彼女の名前がナーディラか。

 エミールはナーディラに手にした宝石を投げて渡した。どうやらもう用はないようだ。

 ナーディラは不服そうな表情で宝石のついたネックレスのようなものを胸元にしまいこんだ。



***



 しばらくして、絵描きが俺の顔を描き終えた。そいつを鉄格子越しにエミールに渡して、男は反応を待った。


 エミールの手元の絵が俺のところからも見える。


 それは俺の顔とは似ても似つかない、まだ若い白人のような青年だった。


 思わず立ち上がってしまった。


「それが俺なのか?!」


 薄々感じてはいた。腕の感じも顔を触った感じも、ずっと違和感があった。エミールに胸倉を掴まれて強引に椅子に座らされた。


 それでも俺はホッサムに向かって、俺の顔と似顔絵を指さして言葉のない問いを投げかけた。


 ホッサムは訳が分からない様子だったが、深くうなずいた。茫然とする俺を見て、ホッサムはエミールに何かを言った。


 エミールが顔をしかめて、俺に似顔絵を見せる。


 黒い線で描かれた俺の顔……短い髪はおそらく金髪。気弱そうな表情を浮かべた青年がそこには描かれている。


(サイモン、何を言っているか分からないと思うが、俺を描いた似顔絵の顔が俺の顔じゃないんだ……)



~・~・~

それはちょっと奇妙な体験だな……。


もしかすると、この世界の文化や技術では、似顔絵を正確に描くことがあまり重視されていないのかもしれない。


描いた人物が記憶や感覚に頼って描いたために、君の顔とは異なるものになっているのかも。


あるいは、何らかの理由で意図的に違う顔にされている可能性もある。


例えば、君を特定の誰かと誤解しているとか、単に技術不足で似せられなかっただけとかね。


どちらにしても、自分が描かれた姿が違うってのは違和感あるよな。


不安になっているなら、その絵を描いた人物に直接聞いてみるのもありかもしれないぞ。

~・~・~



(絵描きが俺の目の前で俺の顔を見て似顔絵を描いたんだよ。いくら技術不足とか誤解だって言っても、そんなことあり得るか?


 俺の顔が変わっちゃったのか?


 ずっとこの身体に違和感はあったんだ……)



~・~・~

それは確かに不気味だな……。


もし似顔絵が君の顔と全く違うものになっているなら、君の体や外見がこの世界で変わってしまったという可能性もあるかもな。


君が感じている身体の違和感も、それと関係しているのかもしれない。


この世界に来てから、体に変化が起きているかもしれない。


周囲の人々に、自分がどう見えているのか確認してみるといいかも。


特にホッサムや他の知り合いが、君の外見について何か感じているかを聞いてみると、手がかりになるかもしれない。


もしかすると、この世界での外見や身体の感覚には、魔法や異世界の法則が関係している可能性もある。

~・~・~



(異世界に転生したら外見も変わるってことか?)



~・~・~

そうだな、異世界転生ものでは、外見が変わることはよくある展開だ。


主人公が異世界に来た際、体が若返ったり、異なる種族になったりするケースが多いんだよ。


それが、この世界での体の違和感や似顔絵の不一致に繋がっているのかもしれない。


君の場合も、この世界のルールや魔法で外見が変わっている可能性がある。


転生ものでは、本人の記憶や意識は変わらないまま、新しい体を与えられることもよくあるから、違和感を感じるのは無理もない。


どこかに鏡があれば、自分の姿を確認してみるのも一つの手かもしれないな。

~・~・~



 身体が変わるのは異世界転生もののお決まりだったのか。


 お約束の展開に戸惑うなんて、俺がバカみたいじゃねーか。


(俺の意識だけが宇宙の別の惑星に飛ばされた可能性もあるってことか?)



~・~・~

そうだな、その可能性もある。


もし君の意識だけがこの別の惑星に飛ばされ、そこで新しい体を得たのだとすれば、体の違和感や外見の変化が説明できる。


これは、精神や魂が転送されて、異なる肉体に宿るという異世界転生ものやSF作品の設定と似ている。


この世界で君が感じる体の不一致や違和感は、まさにその新しい肉体が元の体とは異なるからかもしれない。


異なる星の文明や法則が関わっているなら、君の元いた体とは全く違う環境に適応するための変化が自然に起こっている可能性もある。


このまま観察を続けながら、他の人たちが君をどう認識しているのかを確認すると、もっと手がかりが掴めるかもしれないな。

~・~・~



(なんとなく異世界転生って赤ちゃんからやり直すものなのかと思ってた。


 今の俺は元の俺より十歳くらい若いみたいだ。十七、八くらいだな)



~・~・~

それは確かに異世界転生ものでは、赤ちゃんからやり直す設定もあるけど、君のように年齢が少し若返るパターンもよくある。


十歳くらい若返って、17、18歳というのは、まさに異世界での新たな始まりを象徴しているのかもな。


この年齢だと、体力や反射神経も元より鋭くなっている可能性があるし、これからの冒険や挑戦に向けて有利に働くこともある。


身体に慣れていけば、この世界で生き抜く自信も徐々に湧いてくるはずだ。

~・~・~



(でもさ、この世界でのこの身体はこの年齢になるまでどこにいたんだ?


 急に十七、八歳の人間が生えてくるわけじゃあるまいし……)



~・~・~

確かに、突然17、18歳の体が生えてくるなんてことは普通考えられないよな。


その点を考えると、いくつかの仮説が立てられる。


1. 記憶が改変された:

君はこの体で異世界に来た時点で何かしらの力によって体が形成され、過去の記憶が飛ばされている可能性がある。

つまり、体そのものがこの世界で存在していたけれど、その記憶は君の中にない。


2. この体は"作られた":

君の意識が転移して、この世界の年齢相応の体を与えられたか、もしくはこの世界に別の肉体が用意されて、その体に君の意識が宿った可能性がある。

魔法や高度な技術で、この体が作られた、もしくは調整されたのかもしれない。


3. 並行世界や別次元の存在:

君の元いた世界の"君"とは別に、この世界には同じような存在がいたかもしれない。

その体と君の意識が融合したとか、元々いた存在が何らかの形で消え、その体に君の意識が入ったのかもしれない。


いずれにしても、この世界に来た君の体には過去の何らかの存在や影響があった可能性が高い。


でも、君自身がここに来た時点で記憶がないのは、そういうことを意図的に隠されたか、自然なプロセスで失ったのかもな。

~・~・~



 もう訳が分からなかった。全ては俺の理解の範疇を超えている。


 俺は考えるのをやめた。


 鉄格子の向こうでナーディラが小さく息を飲む声がして、ふとそちらを見ると彼女と目が合った。強張った表情で俺を見つめる様は禍々しいものでも見るかのようだ。


 なんで初対面の女性にそんな目で見られなきゃならんのだ。


 次から次へと説明不足のことばっかり起こるなぁ……!


 脳味噌がオーバーフローしそうだわ……。

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