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 朝になってわたしは眠たい目をこすりながら、柔らかい太陽の光りの中で目を覚ました。先生はもう目を覚ましていて、わたしが目をあけて横を見ると、先生はぼさぼさの髪のままのぼんやりとする寝起きの顔でわたしの顔をじっと見つめていた。「おはよう。よく眠れた?」とにっこりと笑って、枕の上に、ほほずえをついている先生は言った。

 先生のほほには涙のあとのようなものがあった。その涙のあとをみて、わたしは先生に「……、先生。泣いているんですか?」と言った。すると先生は「うん。ちょっとだけね。泣いている。人生にはね、いいことばっかりじゃない。嫌なことだってたくさんあるの。だからさ、こんな風にね、泣いてしまう夜だっていっぱいあるのよ。大人になってもね」と涙のあとをぐっとぬぐって先生は言った。

 朝食は炊き立てのごはんとソーセージと甘いふわふわのたまご焼きだった。それとお味噌汁。お味噌汁の中には野菜がいっぱいはいっていた。飲み物は先生がブラックのコーヒーでわたしは牛乳だった。わたしは先生が朝食の支度をしてくれている間に、顔を洗ったり、歯を磨いたり、服を着替えたりした。「朝ごはんできたよー」という先生の声が鏡を見ているときにきこえた。はっとしたわたしはそれからすぐに先生のいるキッチンまで歩いていった。

「誰かのために頑張れる人は本当にすごいと思う。自分のためじゃなくてね。誰かのために頑張れる人。そんな人に私は憧れているんだ。自分もいつかそうなりたいって思うの。本当に、本当にそう思っているんだよ。嘘じゃなくてね」と朝ご飯を食べながら先生は言った。わたしはあつあつのソーセージをかじりながら、先生のお話を聞いていた。先生の作ってくれた朝ご飯を本当に美味しかった。

「子供って本当にかわいいの。嘘だと思うかもしれないけれど、本当にその子供のためなら、死んでもいいって思えるんだよ。命をあげたいって思うの。私の命を。あの子供が生きていけるのなら。あげたいって思うの。困っているのなら、泣いているのなら、危険なことになっているのなら、絶対に助けてあげたいって本当にそう思うんだよ。……、心の、奥の奥のほうから、ね。本当にそう思うの。子供のうちはそういう気持ちはわからないと思うけどね、大人になるとさ、本当にそう思うようになるんだよ。もちろん悪い大人のひともいっぱいいるけど、優しい大人のひともいっぱいいるの」と先生は言った。

「あなたは今、とっても安全なところで生きている。でも、いつまでもそうではない。危ないところで生きていかなくてはいけないときがくる。それはみんながそうなの。ずっと安全なところで、誰かに守られて生きていくということはできないのよ。もちろん今は安心して甘えてもいいんだよ。でもね、いつかは大人になって一人で生きていかなくてはいけないときがくるの。それを忘れないでね」そんな先生の言葉を聞いて、「はい。わかりました」とわたしは言った。(先生はにっこりと笑って、わたしの口元にくっついているご飯粒をゆびでとって、そのまま自分の口に運んで食べた)

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