第36話「ふふっ、今日こそは栄太郎を落としてやるんだから」
‐3人称視点‐
今回は、西原京にスポットを当ててみよう。
西原京の朝は早い。
外はまだ薄暗く、明るみ始めたばかり。
そんな中、ジャージに着替えると家を出てジョギングを始める。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
京が走りながら、自転車を漕ぐ新聞配達の女性に声をかけると、声をかけられた新聞配達の女性が驚いた様子もなく自然に挨拶が返ってくる辺り、この時間に挨拶するのが日課になっている証拠だろう。
家から往復10キロ以上の距離を、1時間ほどかけ戻ってくる西原。多少の疲れはあれども息を切らした様子もなく、庭で運動後のストレッチを始める。
その後、家に入るとシャワーで汗を流し、さっぱりした後に自室へ戻ると勉学。科目はもちろん、恋愛である!
「そういえば、これもダメだったわね」
本棚から『月刊モテる女になるには』を取り出すと、マジックペンでバツ印を打つ。
栄太郎を落とすために、本に書かれたテクニックを実践し、その方法が失敗するたびに彼女はバツ印を打っていた。
本の中はバツ印ばかり、というかバツ印しかない。
もはや、『月刊モテる女になるには』に書かれているテクニック自体が役に立たないのではないのだろうか?
そんな事は、西原自身が百も承知。
だが、ここで辞めれば今までの努力が無駄になってしまう。
そもそも、読むのを辞めたところで何か策があるわけではない。
なので、例え役に立たないと分かっていても、縋らざるを得ないというのが現状である。
「うへへ。栄太郎ったら、初めてのキスなのに舌まで入れて来て大胆なんだから」
栄太郎の胸元をガン見している大倉さんのような表情を浮かべ、妄想をする西原。
今の今まで一度も成功した事がないというのに、ここまで妄想が出来るのはある意味才能と言える。
実際のところ、妄想力を鍛えたおかげか、西原はかなり精度の高いイメージトレーニングが出来るようになっていた。
そして、その成果は部活でいかんなく発揮される。
「西原さん、またタイムのびてるじゃん!」
放課後の陸上部で、ストップウォッチを持った少女が、興奮気味に西原に話しかける。
高度なイメージトレーニングにより、短距離、長距離どちらもタイムが伸び続ける西原。
もしかしたら、漫画やゲームで愛の力で勝利をするシーンというのは、こういった妄想力が鍛えられた結果なのかもしれない。
興奮気味の少女に、苦笑いで応える西原。
部員たちが集まり、西原のタイムを見て驚く中、西原は興味がないと言った様子で淡々とトレーニングのメニューをこなしていく。
いや、実際は淡々としてなどいない。
(ふふっ、今日こそは栄太郎を落としてやるんだから)
脳内では栄太郎の事で一杯である。
下手にタイムが伸び悩めば、何か言われるかもしれない。
なので、さっさと終わらせるために、最高の自分をイメージして走っているのだ。
最高の自分をイメージし、タイムで結果を出した。
その成功体験が彼女に自信を与える。
「栄太郎、帰るわよ」
クソゲー研究部に顔を出し、栄太郎を連れ出した帰り道。
西原が早速勝負をかけに行く。
歩道を歩く際に、自分が車道側を歩き、無言で淑女な立ち回りを見せるテクニック。
これにより、相手の男性は「自分が大切にされている」「無言で紳士的に振る舞う姿がステキ」とあなたにメロメロになる。
西原が『月刊モテる女になるには』で得た知識である。
イメージ通り、何気なく車道側を歩こうとする西原だが、そうはさせまいと栄太郎が車道側を歩こうとする。
(なんで栄太郎が車道側を歩こうとするのよ!!)
確かにその立ち回りは間違っていない。
栄太郎が貞操観念が逆転した世界から来たという点に目を瞑ればである。
西原が車道側を歩く事で淑女的立ち回りをしようとするのと同じで、栄太郎も車道側を歩き紳士的立ち回りをしようとしていたのだ。
お互いが車道側を歩こうとし、気が付けば車道に出て轢かれそうになるという本末転倒っぷり。
(ぐぬぬ、つ、次こそは!)
今度こそはと意気込み、また『月刊モテる女になるには』を読み漁る西原。
今しがた失敗したばかりだろいうのに、今度こそは成功するという謎の自信と、成功した後の妄想を繰り返し、彼女のイメージトレーニングは更に精巧かつ高度な物へと発展していく。
その甲斐あって順調に短距離も長距離もタイムを伸ばし続けて行くことになるが、恋の距離は中々縮まらないのであった。
もしかしたらアニメやゲームに出てくる完璧超人なのに恋愛に関してはポンコツキャラというのは、ポンコツ故に妄想力もとい高度なイメージトレーニングが出来るから完璧超人になれたのかもしれない……。
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