第32話「もしかして、小鳥遊君って、大倉さんが好きなんじゃ!?」

‐3人称視点‐



 いつもの朝。

 いつも通り、京の教室で京、大倉さんの3人でだべる栄太郎。

 だが、今日はいつもと違っていた。


「島田君、実は、話があるのだが……」


 京と話してる時に「ちょっと来て欲しい」と小鳥遊に呼ばれ、教室内で京たちと離れた場所に連れ出された栄太郎。

 深刻な顔をした小鳥遊に対し、身構える栄太郎。

 今日は胸元のボタンもちゃんと締めているし、予鈴が鳴るまでまだ時間がある。

 校則違反になるような事はしていないはずだから、何も咎められないはず。

 しかし、ここは貞操が逆転した世界。何が校則違反になっているか分からない。


(もしかして、体育の授業の直前以外はニップレス着けてないのがバレたか!?)


 不安の色を浮かべる栄太郎に対し、小鳥遊はこそこそと京たちの様子を伺いながら小声で栄太郎に話しかける。


「実は、大倉さんの事で話が……」


「あいつはいつかやると思っていました」


「えっ、いや。悪い事じゃないんだ」


 自分の事じゃないと分かった瞬間に、安堵から軽いジョークを飛ばす栄太郎。

 そのジョークを真に受け、焦りながら大倉さんが悪い事をしたから話をしに来たんじゃないと、必死に弁明をする小鳥遊。

 その様子が面白くて、ちょっとだけ吹き出す栄太郎。

 栄太郎が噴き出したことで、自分がからかわれたことに気づき、小鳥遊は顔を真っ赤にして軽く咳ばらいをする。


(あの二人、何の話をしてるのかしら)


 もし栄太郎に何かあったら、今度こそ自分が守る番だと思い、すぐにでも駆けつける準備をしていた西原。

 だが、遠目から見ても栄太郎と小鳥遊が楽しそうな空気を出しているので、中々その機会が訪れずにいた。


「それで、話って?」


 小鳥遊にジト目で見つめられ、ははっと軽く笑いを入れてから、改めて要件を聞く栄太郎。

 色々と言いたい事があるが、自分はお願いする立場だと弁え、小鳥遊が口を開く。


「実は、前に大倉さんに借りた漫画が面白くて、続きを持っていたら貸して欲しいなと思って」


「別に、俺を経由しなくても言えば貸してくれると思うけど?」


「いや、ほら、彼女には前に色々あったし……」


 七三吊り目細メガネエッロ!

 小鳥遊は、いまだに大倉さんの言葉を気にしていた。

 もしお願いしに行って同じような事を言われたら、なんなら栄太郎の胸元を見ている時のような目で見られたらと思うと少々話しかけづらい。

 そんな小鳥遊の胸の内は分からない栄太郎だが、なんとなく大倉さんに話しかけづらいんだな程度には理解した。


(顔を赤らめ、もじもじする七三吊り目細メガネ風紀委員キャラか。確かに大倉さんがエロいという気持ちも分からなくもないな)


 小鳥遊の女性バージョンを思い浮かべ、そんなの絶対に淫乱キャラじゃんと、どうでも良い事を思い浮かべる栄太郎。


「まぁそれくらいなら良いよ」


「恩に着る」


 一旦小鳥遊との会話を打ち切り、京の元へ戻ってきた栄太郎。

 

「栄太郎、何の話だったの?」


「あぁ、小鳥遊君が大倉さんにこの前借りた漫画の続きが読みたいから貸して欲しいけど、自分じゃ声かけづらいからってお願いされた」


「あっ、そうだったんだ! それなら今持ってるから渡しに行こうか!」


「いや、話しかけづらいから俺が頼まれたわけだし」


「あっ、フーン……そっか! じゃあ島田君、代わりに渡しておいてくれる?」


(私が他の男子と喋るのを嫌がるとか、島田君いくら私が好きだからって、独占欲強すぎでしょ)


(そもそも、大倉さんのカバンはなんで毎度都合よく漫画が出てくるのだろうか)


 何やら勘違いしている大倉さんから漫画を受け取り、小鳥遊の元へ向かう栄太郎。

 栄太郎から漫画を受け取り「すまない。ありがとう」と返事をする小鳥遊。


「お礼なら、大倉さんに言ってくれ」


「あぁ、うん。それはちゃんと話せるようになったら」


 小鳥遊と話をしながら、大倉さんに目線を向ける栄太郎。


(そうやってまた私を見て、島田君は本当に私が好きなんだな)


 大倉さんが勘違いを加速している隣で、もう一人勘違いを加速させている人物が居た。


(もしかして、小鳥遊君って、大倉さんが好きなんじゃ!?)


 西原である。

 別に漫画を借りるくらいなら直接言えば良い。

 確かに以前色々あったが、それはもう流れた事。

 なのに、わざわざ栄太郎を経由して漫画を借りる必要があるのか? しかも、顔を赤らめて。


(普段から大倉さんをチラチラ見てるし、明らかに恋する男子の仕草じゃん)

 

 残念だが、小鳥遊が大倉さんをチラチラ見ているのは漫画を借りたいが、声をかけづらく困っているだけである。

 そんな小鳥遊の事情を知らない西原から見れば、まるで小鳥遊が大倉さんの事を知りたくて栄太郎に話しかけているように見えてしまうのは仕方がない。

 なんなら、こっそり聞き耳を立てていたクラスメイトも、小鳥遊が大倉さんに興味があるように感じていた。他人の色恋沙汰というのは見ていて楽しい物なので。


(小鳥遊君が大倉さんとくっ付けば、栄太郎が奪われる心配がなくなる!)


 小鳥遊と大倉さんの仲を取り持とうとする京。

 事あるごとに大倉さんと小鳥遊を絡ませようとするクラスメイト。

 割とガチで嫌がる小鳥遊。

 栄太郎が嫉妬するので、小鳥遊との会話は出来るだけ最小限にとどめる大倉さん。

 最悪な勘違いの連鎖である。

 

 だが、最悪な勘違いの連鎖の結果。


 漫画をお勧めする時は早口になるが、無駄な事や変な事を自分に言って来ない大倉さんに対し「実は配慮が出来るまともな人なのでは?」と評価を改める小鳥遊。

 大倉さんから塩対応気味の小鳥遊に対し、融通の利かない頭の固い風紀委員キャラから、好きな女の子に塩対応される可哀そうな男子キャラのイメージに変わり、小鳥遊への好感度を上げていくクラスメイト。

 小鳥遊が大倉さんへの苦手意識を薄めた事により、大倉さんと小鳥遊の仲が進展してると勘違いし喜ぶ西原。

 栄太郎への理解を深めたと勘違いする大倉さん。


 何故か全員が満足の行く形に収まっていた。 

 マイナスかけるマイナスは、プラスである。

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