第十一話「では私のことも」




 店に戻った俺たちを、溢れんばかりの喝采が出迎えた。


「っつーことで、公認大会優勝は焔 龍一! 四位までの奴らには副賞も出るから後でレジ来いよな。それじゃ各自、解散!」


 おじさんの一声で、多くの人間が動き出す。素直に帰る人間もいれば、今日見えた課題を解決するためにシングルを探す人間もおり、狂ったようにパックを剥く人間もいれば、新たに出来た友人と、紙をしばき続ける人間もいる。

 そしてなんと言っても。


「あの光円寺アヤカに勝つとかすげえ!!」


「ってか光円寺アヤカさんもめっちゃすごかったっす!!」


「え、今のうちにサイン貰っといていいですか?」


「ちょ、ちょっと落ち着いてもらっていいか?」


 何分華々しい結果を残してしまったせいで、ギャラリーの勢いがすごい。好感を持ってくれるのはいいのだけれど、勢いが良すぎてちょっと捌ききれない。

 何より、いまは彼女に聞かなければいけないことがある。


「おい、早くオレに賞品の譲渡をさせてくれよ。手元にあるの邪魔なんだよ〜〜〜」


「あ、ごめんおじさん。みんな話は後で聞くからよろしく! おい行こうぜ!」


「失礼します」


 ぺこりとお辞儀をして、俺と彼女はレジ前に向かう。パックと商品券を渡された後、「上がってろ」と二階の生活スペースを促された。ナイスアシストである。


「……お邪魔します」


「汚いところですけど寛いでいってくださいね!」


「お前が言うな」


 調子に乗ったことを言った耀を小突きつつ、居間でテーブルを囲む。

「粗茶ですが」とリザが運んできた緑茶を飲んで、一息吐く。純粋に、大会の疲労が残っている。たかがカードゲームと侮るなかれ、緊張もあるし、めちゃくちゃ頭も使うんだから。


「疲れてるところ悪いんだけど、早速聞かせてもらってもいいか? お前が、なんで俺に敵意を向けていたのか」


 ずずとお茶を啜って、小さく息を漏らしてから、彼女は滔々と語り出した。


「……八つ当たり、のようなものです」



 *



 私は、光円寺家の一人娘として生まれました。

 日用品やインフラなど、いくつかの分野で名を馳せていた家です。そう言うと如何にも金持ち然とした嫌味なイメージが付くかもしれませんが、父はその地位に驕った人ではありませんでした。むしろ気品や情に溢れ、マナーや言葉遣いなどの躾こそ厳しかったものの、温かく育ててくれました。

 母が早くに亡くなっていたので寂しい時もありましたが、それでも、私は幸せでした。


 ──その幸せが崩れたのは、私が小学生に上がった頃でした。


「光円寺さんですね? 実は我々、大きな事業をやりたいんですけど、資金繰りの面で難儀してましてね……よければ、ご支援いただけないかと」


 怪しいローブの女が、ある日そう言って家にやってきました。優しい父は、話だけでも聞いてみようと上げてしまいました。──それが失敗でした。


「そうですね、まずはビーストの力を活かした事業からお話しましょうか──」


 女の口からつらつらと語られるのは、ビーストを利用した簒奪や支配。決闘場外でスピリットを顕現させる方法。スピリットの洗脳方法。

 聞いているだけで気分が悪くなるような非人道的実験の数々。


 そんな物を支援するつもりはない、まだ着手していないなら今からでも遅くはない、真っ当に生きるべきだ──父がそのように説得している矢先に、女は黒いデッキケースを掲げました。


「あまり手荒な真似はしたくなかったのですがね。折角なので、実験に付き合ってもらいましょうか」


「私が勝ったら、大人しく自首しなさい!」


 父はスピストプレイヤーとしても名を馳せていました。だから、こんな奴に負けるはずはない──きっと勝ってくれるはずだと、そう信じていたのに。


「ぐ……!」


「《暴龍》で、とどめです」


「ああああああああぁぁぁ!!!!!」


「おとうさまぁぁ!!!」


 目の前で、父の身体に痛々しい生傷が増えていくのを延々と見せつけられて。挙句の果てに、恐ろしい黒色のバケモノが、父の腹に爪を突き立てた。


「ごフッ……ざ、財は貴様らに全て渡す、だから、娘だけでも……」


「嫌っ、しなないで……しなないでお父様……!」


「勝者がすべてを得るのです。敗者の言葉に大人しく従うとでも?」


 女が指を鳴らすと、父の身体は黒い粒子に包まれ、消えていった。それを見て泣き叫ぶ私の肩を、女は叩く。


「さあ、総取りの時間だよ。無論、アナタも含めてね?」


「ヒッ……!」


「丁度幼子が欲しかったのよ。戦闘員でも実験用でも何でもござれですからね。嗚呼、お父様に免じて自我だけは残しておいてあげますか。ささやかな財のお礼ですよ」


 逃げたいのに、或いは父の仇に立ち向かいたいのに。身体は固まってしまったように動かなくて、言うことを聞いてくれませんでした。

 女の手が、私に触れそうになった時。どこか遠くで、サイレンの音が聞こえました。


「チッ……早いな。無駄な荷物を抱えて逃げる余裕はなさそうです。もう収集は終わりましたか?」


「はい! 金目のモノやら書類は全部奪ったヤミー!」


「それは重畳。それじゃあ、またね?」


 いつの間にかいた部下たちを引き連れて、女は逃げていきました。少しして警察と、それから《機関》の人間が来て、私のことを保護してくれました。


「もう大丈夫だ。怖かったな」


「ううっ……うわあああああああん!!!」


 怖くて怖くて。嫌で嫌でたまりませんでした。

 あの女の存在も──それから、そんな人間に怖気づいて、立ち向かえなかった私も。

 だから私は強くなって、あの女を倒そうと《機関》に所属しました。ただ、私の年齢で闇札案件ダークカードケースに関わるには実績がいる。だから全国チャンプなどという回り道をして、ようやく闇札会に立ち向かえると思ったのに──既に闇札会は解散していて。しかも、それを行ったのは私より年下の子供という話を耳にして。

 だから、居ても立っても居られなくなってしまったのです。



 *



「──以上が、私のすべてです」


「……なるほど」


 いや重い重い重い!!! たしかにTCGアニメって鬱設定ありがちだけど、こんな幼気な子の家も家族も奪わないであげてよ!!!! 

 叫びたい気持ちを必死に抑えて、俺は思考を整理する。


「それは……大変だったな。俺は、月並みなことしか言えないけれど……家族の仇を討とうと頑張ってたのに、それを横取りなんかされたら、気持ちは抑えられなくなると思う」


「すみませんでした」


 彼女は、深く頭を下げていった。


「八つ当たりでしかないことはわかっています。むしろ本来なら、危険を冒して闇札会に挑み、倒してくれた貴方に感謝するべきです。なのに私は、自分が挑む機会すら与えられなかったことや、これまでの辛い日々、それに貴方が年下だという事実に身勝手に腹を立てて──」


「いやいやほんとに気にしなくていいから!! そういう事情があったならしょうがないし、理由もわからないのに険悪なのが嫌だっただけだから!!! それなら俺はいくら恨まれても当然だよ、それに何の権利もないのに、おじさんの後ろ盾だけで危険な真似をしたのはたしかなんだから」


「いえ、でも私の方が──」


「あー、もうそういうメンドクサイのなし!」


 耀が、俺たちの間に割って入った。


「もうお互い、事情も実力もわかって認め合えたんでしょ? だったら素直に仲直りでいいじゃない!」


「癪だけど、僕もその通りだと思うよ」


「癪って何よ!!」


 耀に睨まれるのもどこ吹く風で、草汰は光円寺アカリを見つめた。


「龍一は不愛想な馬鹿ですけど、今日みたいにという時はそこそこやるんですよ」


「……ええ、理解しました。


「そうです」


「つまりボスは──あのローブの女は、もっと強かったと」


「ああ。俺が死力を振り絞って、相棒たちに死力を振り絞らせても、ようやく足元に手が届く程度だった。実際限界超えた代償でみんなしばらく寝てたし、未だに二人寝てるし」


「今日は、飛車角落ちだったということですか?」


「今出せる全力は出しましたけどね」


 実際、リザが土壇場で進化しなかったら勝ててはいなかっただろう。

 危ないところだった──と今日の試合を思い出して頬が緩んだ矢先、光円寺アヤカも笑った。


「──完敗です。私では、まだ闇札に手が届かなかった。また、一から修行し直しですね」


 立ち上がった光円寺アヤカを見て、名残惜しそうに「え、もう帰っちゃうの!?」と耀が悲しそうな声を上げた。


「ええ。これでも多忙の身でして。それに、これからはもっと忙しくなる」


 最後に俺を見つめ、もう一度彼女は頭を下げた。


「焔 龍一。この度は本当にご迷惑をおかけしました。いずれ、また謝罪の品をお持ちします」


「堅苦しいから龍一でいい。謝罪とかも気にすんなよ。代わりと言っちゃなんだが、また店に遊びに来てくれりゃ十分だ。おじさんも喜ぶしな」


「──ありがとうございます、龍一」


 歩き出した彼女は、玄関に続く階段の辺りで、思い出したようにもう一度だけ振り返って。


「では私のことも──アヤカと、お呼びください」


 そう言って去った彼女の頬は、夕陽のせいだろうか、少しだけ赤く見えた。



「な……っ、なんじゃいまのは!」


「なんですか最後の距離の詰め方は! ぽっと出の癖に! 旦那様にはわたくしたちがいるのに!」


「まあまあまあ…………」


 静かにしてた反動なのか、一気に喧しくなったドラゴン娘たちを宥めていたら、「じゃあアタシもアヤカちゃんって呼んでいいのかな……!」「流石に呼び捨ては恐れ多いから、アヤカさんと呼ばせてもらおう」などと馬鹿どもが騒ぎ始めた。何だったら大会よりも疲れるかも、と思った。




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