第十話「拍子抜けです」






「っつーことで、決勝トーナメントはこの七名で行うぜ」


 並んでいるのは俺たち四人と光円寺アヤカを含む七名。翔と光円寺アヤカ以外は五勝一敗。翔は四勝二敗だが、対戦相手の勝率の平均オポネントが高かったため、決勝トーナメントに勝ち上がる事が出来た。


「それにしても、意外だね。大昌君が帰るとはね」


「ああ……まあな」


『勝ったんだしうちの子達主人に今までの諸々を謝罪しろ』と、ガン詰めしただけなんだけどな。光円寺アヤカと戦うチャンスを逃すほど嫌だったのだろうか。


「んじゃこれトーナメント表な。時間制限は予選と違って三十分ずつ。準決勝以降は決闘場バトルフィールドで行う」


 中央卓に、六人が座る。俺の相手は大昌だったので、不戦勝で準々決勝突破である。


「んじゃ準々決勝──開始!」



 *



「あー、負けちゃった!」


「ナイスファイトだったぜ」


 悔しそうに拳を握る耀を慰める。といっても、その表情は晴れやかだ。

 憧れの光円寺アヤカとバトルして、その上接戦を繰り広げたから満足なのだろう。しっかりライフにもダメージを与えてたし。


「耀の仇は取るよ。そして、決勝で龍一か翔を待つさ」


「そうなることを信じてるよ」


 準決勝は、俺VS翔と、草汰VS光円寺アヤカだ。先に俺たちの試合を行って、そのあと草汰たちの試合という流れだ。

 観客たちが見守る中、スタンディングテーブルの前で向かい合って、俺と翔はデッキをセットする。


「なんだかデジャブだな」


「ね。あれからたった数日しか経ってないのに、まさかこんなところまで来られるとは思わなかったよ」


 翔は、照れ隠しみたいな苦笑いをして、それから真剣な顔でこちらを見た。


「……龍一クン。ボク、負けないよ」


「おう。いい勝負しようぜ」


「「レッツ・ストラグル!」」



 *



「くっ、悔しい……! でも楽しかったぁ……!」


「ああ、本当にいい勝負だったぜ。まさか《ムーンライト・ドラゴン》がこんな短期間で進化するとはな」


『アナタ方の熱き試合のおかげです』


 翔の肩に乗るムーンライトには、装飾の施された鎧が着けられている。それは進化の証。《ムーンライト・クリアメタル・ドラゴン》に成長を遂げた証明だ。


「リザで動きを止めてなかったら、耐え切られてたからな……危ないところだったぜ」


「次は絶対勝つからね……! それまでに負けないでね!」


「ああ」


 拳を突き合わせる。光円寺アヤカが来ようが、草汰が来ようが、負けるわけにはいかないな。


「んじゃ準決勝第二試合、始めるぜ?」


「よろしくお願いします」


「よろしく頼むよ」


「「レッツ・ストラグル!」」



 *



「……それでは、始めましょうか」


「ああ」


 光円寺アヤカと向かい合う。金の双眸は相変わらずこちらを睨んでいる。


「聞いてもいいか?」


「何でしょう」


「なんで憎まれてるのか全く心当たりがないんだけど、俺、君になんかしたっけ?」


「……別に、憎んでなどいません」


「いやいやいや、そういう態度にしか見えないんですけど」


「……そうですね。憎んではいませんが、恨んではいるかもしれません。いいでしょう、貴方が勝ったならすべてをお話します」


「……もし俺が負けたら?」


「もう二度と、闇札案件ダークカードケースに関わらないでください」


「わかった」


 スタンディングテーブルにデッキを置く。関わりたくなくてもどうせ関わらされる気がするが、不要なことは言うまい。

 いまは、とにかく勝つことだけに集中する。


「闇札会を倒した実力、見せてもらいます」


「全国チャンプの胸を借りるぜ」


「「レッツ・ストラグル!」」



 *



 今回のフィールドは、翔とやった時の草原ではなく、砂埃のたつ闘技場コロッセオだった。

 先攻を取った光円寺アヤカが、フェイズの処理を進めて展開を始める。


「白1エナを含む2コストで、後列右側にパッシブスペル《ホーリーナイト・サークル》を設置。私のターン中に《ホーリーナイト》を使用していた場合、次のターン終了時に消滅する《ナイト・トークン》を生成できます。更に後列左に無色1マナで《ライト・アーマー》を装備。これで終了です」


 後列の左右二マスは、パッシブスペルかウェポンのどちらかを可変式で置くことができる。

 広がった円卓から、甲冑を被った騎士が現れ、光円寺アヤカの身体には透明な鎧が装備された。彼女の、1ターン目の定石の動きだ。

 守りを固めて、それから一気に進軍・制圧する。そのスタイル故に、


「俺のターン。《ベビー・ドラコキッド》を召喚、効果で1エナブースト。更に赤1コストで《ハイ・クオリア》を発動。クオリア上限を1引き上げて、ターン終了だ」


 終了と同時に、騎士が円卓へと退却し、消滅した。光円寺アヤカのターン処理が進む。


「白2マナ、無色2マナで中央右列に《ホーリーナイト・ガレス》を召喚。能力で山札の上から2枚を表向きにして、その中の《ホーリーナイト》をエナか手札、それ以外を山札の下に送ります」


 ガレスが剣を掲げると、手札とエナが供給され、光円寺アヤカのリソースが一気に潤った。羨ましいくらいの爆アドカードである。


「《サークル》の能力で《ナイトトークン》を中央左列に生成。《ガレス》でプレイヤーを攻撃します」


「受けよう」


 騎士の切っ先が俺の身体に向かい、障壁に弾かれつつもライフゲージを2つ削る。


「カウンタースペル、《怪我の功名》を発動。クオリアを1上昇する」


「カウンタースペル、《便乗》を発動。私のターンに相手がエナかクオリアを増やした場合、同じだけ対応する数値を増やします」


 エナと手札を稼がれている以上、クオリアに差をつけていち早く盤面を整えようとしたものの、むしろアドバンテージを稼がれる結果になってしまった。

 まあいい、まだ猶予はある。


「俺のターン。無色3マナでパッシブスペル《ドラゴ・フィールド》を後列左に設置。《ドラゴン》か《龍》を種族に持つスピリットを召喚した時、クオリアかエナを1増やせる。更に無色2マナで《ベビー・ドラコキッド》を《ガン・ドラコキッド》に成長グロウアップ


 あどけない表情だった仔竜は、両腕に銃を構えた凛々しい表情のガンマンへと変わった。

 成長グロウアップは特定の条件を持ったスピリットの上に成長グロウアップスピリットを重ねることでできる。この場合、条件は《ドラコキッド》名称だ。


「《ドラゴ・フィールド》の能力で、山札の一番上をエナゾーンに表向きで置く。アタックフェイズ、《ガン》で《ガレス》を攻撃」


 さしもの騎士も銃には勝てず、あえなく膝をついて消滅した。


「更に《ガン》は『貫通』を持っている」


『ギャオ!』


 竜の膂力から繰り出された光速の二段撃ちが、光円寺アヤカへと迫る。しかし銃弾は、透明な鎧に弾かれた。


「《ライト・アーマー》は、自分がダメージを受ける時、代わりに墓地に置くことができます」


「ターンエンドだ」


「私のターン。白2エナ、無色3エナで中央右に《ホーリーナイト・ガウェイン》を召喚。召喚成功時、効果で中央左に《ナイトトークン》を生成。《サークル》の能力で左端に《ナイトトークン》を生成」


 勇猛な金髪の騎士を中心に、兵の軍団が出来上がっていく。


「アタックフェイズ開始時、《ガウェイン》の能力。《ナイト》と名のつくカードすべてに『臨時1』を与えます」


 騎士の号令で、兵たちの士気が上がった。クオリアが0だから許されていた兵たちの存在が、1枚のカードで大化けした。


「《ガウェイン》で《ガン・ドラコキッド》を攻撃します」


「『グロウガード1』で素材を犠牲にして耐えるぜ」


「では2回攻撃」


 一撃目は銃で弾いたものの、二撃目がかわせず小竜は散った。


「カウンタースペル、《龍の恩恵》を発動。種族に《龍》か《ドラゴン》を含む成長スピリットが破壊された時、そのコスト分まで(1)山札から1枚引く(2)クオリア1上昇(3)山札の上から1枚をエナゾーンに置く、を順に繰り返す」


 1枚引き、クオリアを上げる。スピリットの犠牲を無駄にせず、リソースを整える。


「では《ナイト》2枚で攻撃します」


 騎士の槍が、俺のライフゲージを削る。状況は誰が見てもわかるくらい劣勢だった。


「ターンエンドです」


「俺のターン。俺は、《獄炎龍インフェルノ・ドラグーン》を召喚!」


「出番のようだな!」


 渦巻く炎からフェルが爆誕する。大胆不敵な笑みで、盤面の有象無象を威圧する。


「《フィールド》の能力でクオリアを上昇。いくぜ《獄炎龍》、《ガウェイン》を攻撃!」


「能力で雑兵も破壊するぞ!」


 ブレスで《トークン》を屠りつつ、ガウェインに爪が向く。


「『エナガード1』で耐えます。更にトークンはスピリットではないので、《インフェルノ・ドラグーン》の能力は発動しません」


「なら次はプレイヤーに直接攻撃。効果でガウェインを破壊」


 騎士の鎧を切り裂き、そのまま主へ爆炎が向かったが、飛び込んだナイトがそれを阻んだ。


「カウンタースペル、《インターセプト》を発動。私がダメージを受ける時、代わりに自分のカード1枚を破壊することができる。私は、《ナイトトークン》を破壊します」


「……ターンエンドだ」


《トークン》を活用されすぎている。フェルに対して、あのデッキは相性が悪い。ライフの条件を満たしていないため、先程の攻撃はどちらにせよ効果が発揮されないが。


「私のターン」


 フェイズの処理を着々とこなしながら、光円寺アヤカはチラりと、俺を見遣った。


「闇札会も、貴方と同じような実力だったのですか?」


「幹部クラスまでなら、ほぼ互角だったな」


「そうですか」


 はあ、と彼女は嘆息する。それは即ち、落胆を意味していた。


「この程度であったなら──拍子抜けです」


「それは、終わってから言ってくれや」


「そうですね。終わらせます」


 空気が変わった。彼女のエースが、来る。


「白3マナ、無色3マナ。《ホーリーナイト・アーサー》を召喚」


「私が、マスターの剣となりましょう」


 光円寺アヤカのビーストカード、《アーサー》。全国大会の決勝においても決め手となったカードだ。


「『サークル』の能力で《ナイトトークン》を生成。アタックフェイズ、《アーサー》で《インフェルノ・ドラグーン》を攻撃」


「喰らえ、龍をも屠る聖剣の一撃……!」


「ぐっ……!」


「『エナガード1』で耐える!」


「だが、《アーサー》の効果は受けてもらいます」


「エクス・カリバー!」


 破壊したカードのクオリア分のダメージ──3点が、俺のライフを削る。残り3点。このままだとジャスト・キルだ。


「とどめです。《アーサー》、《インフェルノ・ドラグーン》に攻撃!」


「カウンタースペル、《ドラグ・バインド》発動! 俺のライフが3以下の時、相手の攻撃を無効にする!」


 フェルが雄叫びを上げ、その威圧で騎士が怯む。その隙を見逃さず、フェルは騎士を突き飛ばしてラインを下げた。


「……ターンエンドです」


「俺のターン」


 何とか持たせたが、まだ危機的状況に変わりはない。

 リザを引ければ──いや、それでは駄目だ。《氷龍》の能力で時間稼ぎをしたところで、彼女のBPでは《アーサー》を越えられないし、1ターン時間を稼いだところでもう俺には防御札がない。

 ──なのに何だか。


「ワクワクしてきた……!」


「そうじゃな。是非ともひっくり返してやろうぞ……!」


「やれるものなら、やってみなさい」


 挑発するように彼女が笑う。俺は、デッキに手をかけて勢いよくカードを引く──! 


「ドロー!」


『──やれやれ、わたくしが頑張らなければいけないようですね。合わせてあげますわ、。すべてを屠り遊ばせ?』


「──氷龍ブリザード・ワイアーム》を召喚!」


 普段よりも、少しだけ成長したリザの新たな姿。ポニーテールは更に伸び、腕では青いブレスレットがキラキラと輝いている。


「このタイミングで進化しましたか……!」


「《酷氷龍》の能力! 召喚時、相手の場のBP5000以下のスピリットすべてを破壊し、その後、相手の墓地からスピリットを好きなだけ選び、相手の場にフリーズ状態で蘇生する!」


「慈悲を与えます。動きは与えませんが」


 トークンが砕け散り、ガレスとガウェインの氷像が盤面に現れる。


 これで、フェルのためのが出来た。


「アタックフェイズ! 《酷氷龍》でガレスを攻撃」


「砕いて差し上げます」


 リザはどこからか取りだした扇子を一文字に振るい、氷像を散らせた。


「《獄炎龍》は効果でBPとクオリアを上昇させる! いけ、《獄炎龍》。プレイヤーに攻撃!」


「凍ったまま焼き尽くしてやる!」


「ぐっ……!」


《ガウェイン》の氷像を屠りつつ、光円寺アヤカに向けて爪を振り上げた。障壁に弾かれつつも、ようやくライフを削ることに成功する。


「『2回攻撃』!」


「はああああッ!」


「カウンタースペル《ラウンドシールド》を発動。私のライフが1度に5点以上削られる時、そのダメージを0にします! これで……!」


「まだ終わらないぜ」


 盾に阻まれたフェルの元に、リザが近寄り扇子を振るう。


「さあ、再びお行きなさい」


「当たり前じゃッ!」


「《酷氷龍》の《リムーブ1》を発動! ターン中に一度だけ、他のスピリットをスタンドできる!」


 天高く飛翔したフェルが、滑空しながら相手へ突っ込む──! 


「《獄炎龍》でプレイヤーに攻撃!」


「これでとどめじゃあッ!」


 すれ違いざまに翼で騎士王を切り裂き、ダメ押しとばかりに打点を上昇させる。迫り来る獄炎龍に、彼女は、そっと瞳を瞑って──決闘場は、閉じられた。



『ナッシュ』公認大会。優勝──俺。

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