第八話「貴方を許さない」
「お久しぶりでございます」
「元気になったならよかったわ!」
「久しぶりに会えて嬉しいよ」
放課後。いつも通り『ナッシュ』に集まったついでに、リザが回復した報告を皆にしていた。
「は、初めまして! ボク、白野 翔といいます!」
『そしてワタシが相棒のムーンライト・ドラゴンです』
「初めまして。わたくし、リザと申します。旦那様がいつもお世話になっております」
リザが恭しくお辞儀をする。翔は、なんだか驚いている様子だった。
「だ、旦那様ってことは……龍一くんの奥さんなんですか!?」
「いや、違うけど」
なるほど、呼称だけ聞くとたしかに紛らわしいかもしれない。だがこの場合、メイドさんや家政婦さんが使うような、仕える主を指す意味での『旦那様』だ。
「そうですね。まだ違いますよ」
「わあ……!」
わあ、じゃないが。意味深な微笑に騙されないでくれ。
「まだどころか永遠に違うじゃろうが!!」
飛び出してきたフェルと小競り合いを始めたのを三人で見なかったことにしていると、翔くん一人が何だかあたふたしていたので「いつものことだから気にしないで」と付け加えておいた。
営業時間中だから店内には他にもお客さんがいるが、常連さんばかりなので、特に誰も気にしていなかった。
本当だったらたぶん、ビーストの小競り合いって結構目を引くんだけど。
「そういえば、翔デッキ弄ってきたのよね?」
「あ、うん! みんなからカードを分けてもらったから、自分なりに弄ってみたんだよ」
「それは気になるね。是非手合わせしてくれ」
「もちろんっ!」
「よし、じゃあ龍一はアタシと──」
「俺ちょっとおじさんの手伝いしてくるから、みんなで楽しんでてくれ」
「逃げるな卑怯者ーッ!」
許せ。実際今日は、大会が近いのもあって混み気味なのだ。ほぼほぼおじさん一人で回している店だから、猫の手も借りたいはずである。
あと、先日のデート代が響いているので少しでも稼ぎたい。
「おじさん、俺レジやるよ」
「あー? お前友達来てるだろ、小学生に金のやり取りやらす訳にはいかねえし、大人しく遊んでろ」
「じゃあケースの方を──」
意地でも仕事を得ようと粘っていたその時。
自動ドアが開いて、安っぽい入店音が響いた。俺とおじさんは反射的に「「いらっしゃい!」」と、異口同音に言った。
「………………」
入ってきたのは、いまの俺とあまり歳が変わらないような女の子だった。
TCG世界故に、女の子がカードショップに来ること自体は珍しくない。
ただ異様だったのは、友達同士などではなく一人で来たことと、何というか臨戦態勢みたいな尖った雰囲気を纏っていること、しかも何だか見覚えがあるような──
「
「いや、虎次はこっちだよん」
「無駄な嘘吐くなよ」
おじさんは、何故か来客を俺に擦り付けようとした。
名指しということはほぼ確実に、おじさんの事情を知っている人間だろう。隠す意味などないだろうに。
「まーそんなジョークは置いといて。オレの名が、ジュニアチャンピオンにまで知られているとは光栄だね」
「は……!?」
言われてようやく気づく。
黒いインナーカラーの入った、首元までかかる長めの金髪。私立学校の制服。多少の変装のためかハンチング帽を被っているが、目立つ容姿は何も隠せていない。
「こちらこそ、ご存知いただいていて光栄です──光円寺アヤカと言います」
光円寺アヤカ。その名は、ここ最近よく報じられていた。
スピスト全国大会ジュニアクラス初の女性優勝者。文武両道で、全国模試でもトップクラス。スポーツもできて、本人の恵まれた容姿のお陰で華がある。
そんな大物が、うちにくるなんて──とまでは思わなかった。そんな大物だからこそ、納得がある。
「で、何の用だい? お買い物じゃねーみてーだけど」
「『
はあ、とおじさんが大きく息を吐く。
「そのダセー二つ名、まだ残ってんのかよ」
「《機関》では、機密性保持のため代名詞で記録が保存されるのをご存知でしょう?」
「そりゃよく存じ上げてるけどさ〜、アップデートしてほしいよな」
「本題に入ってもいいですか」
いい加減おじさんの冗長な会話に付き合いきれなくなってきたのか、彼女はおじさんを睨んで続けた。
「──闇札会が、復活したそうですね」
「復活ってよりは、残党が何かを企んでるって感じだろうな」
「可能な限りの情報を《機関》に回してください。貴方は、秘匿主義過ぎます」
「んなこと言われたって、オレ別にもう一般人だし? 『爆炎の猛虎』とかじゃなくてただのオッサンだからな」
「一般人は自ら
「別にわざわざ突っ込んでるわけじゃないよな〜〜〜龍一?」
「え、あ、うん」
目を逸らしながら頷いた。やられる前にやれの精神で、結構積極的に動いていたことは黙っておきたい。
「……焔、龍一」
「そうですけど……」
ようやく俺の存在に気づいたみたいな反応だった。興味を抱いた、と言った方が正しいか。
白い瞳が値踏みするようにこちらを見ている。
「貴方が、闇札会を壊滅に追い込んだ男」
「たまたまですよ。仲間たちの協力もありましたし」
「その程度で倒せる規模の組織じゃないでしょう。いくら『爆炎の虎』がいても、限度はあります」
「そもそもオレは大したことしてねーよ。コイツらのサポートと、《機関》への最低限の連絡はしたけどな」
「《機関》が総力を挙げても駆逐できなかった闇札会を、こんな子供が……」
「君とそんな変わらないでしょ」
「私は中学生です」
まあこの年頃の二歳差は大きいか。そんなこと言い出したら、俺という中身は累計三十才近いんだけど。
「焔 龍一。あなたにも、聞きたいことがあります」
「なんでしょうか」
「何故、全国大会に出場しなかったのですか」
「何故と言われても……体調が芳しくなかったので……」
「闇札会との戦いで、ですか」
「まあ、はい」
正確に言うと、うちのカード達の体調が悪かった。俺自身、心の傷がハチャメチャにデカかったし。
「……私は」
少しだけ逡巡するようにしてから、彼女は、俺を睨んで言った。
「私は、あなたを許さない」
「……はい?」
「私と戦いなさい、焔 龍一」
「はい!?」
展開が急すぎて何も分からない。なんですか、俺なんかやっちゃいましたか!? がんばって悪の組織滅ぼしただけですよ!?
「お嬢さん、いい度胸だねえ。うちの
「
「いやいやいやいやいやいや」
この子は人を疑うということを知らないのか? うちのおじさんとの相性が最悪すぎる。
「だが、うちの龍一さんに挑むってんなら条件がある」
おじさんが、ビッと指を立てて言った。
「龍一さんはご多忙なお方だ。そんな人の時間を奪うに足る実力があるのかどうか──うちの精鋭達と戦って、見極めさせてもらうぜ」
「は?」
「具体的には?」
「週末うちのショップ大会があるんだが、そこで優勝してくれ」
「いいでしょう。その提案に乗ります」
「は!?」
乗るなよ。アンタ全国チャンプだろうが。こんな小さな店のショップ大会に出るまでもなく、その実力は担保されてるだろうが。
「え、いいんすか!?」
「突然伺ってお願いしているのはこちらの方です。その程度の条件でしたら飲みます」
ただ、と彼女は一言加えた。
「勿論、決勝戦まで勝ち上がってくれますよね?」
「えっ」
「そりゃ当然! うちの龍一さんを舐めないでくれよな!」
じゃないんだよ。舐めてんのはアンタのほうだろうが。
俺はやらないなんて言い出せる雰囲気では到底なく、恨みがましくおじさんを睨んでいるうちに「また来ます」と、彼女は出て行った。
「……あのさあ、勝手に何やってんの!?」
「お前、そりゃやるだろ。全国チャンプだぞ? そんなのウチの箔付けと客寄せにピッタリじゃん」
「後で怒られても知らねえぞ……」
或いはそれすらも、彼女は俺のせいにするんじゃないだろうか。何故恨みを買ったのかは定かじゃないが、女の子に嫌われるというのはあまり気分がよくないな、と俺は嘆息した。
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