第六話「ご無沙汰しております」





 流石の新主人公補正というべきか、有り合わせのデッキにも関わらず、翔は二人といい勝負を繰り広げていた。何なら一回ずつは二人に勝ってたし。

 四人になってしまったせいで、余った一人が物欲しげな目をこちらに向けてくることだけ大変だったが、翔の後方で師匠ヅラすることで事なきを得た。新人の育成、大事。


「そういえば、結局大昌クンの言ってること、よくわかんなかったなぁ」


 店が混んできたことで決闘場が混み合い始めて、フリースペースで大人しく紙をしばいていた時。翔が、思い出したように言った。


「龍一クンとやったらわかるって言ってたけど、楽しかっただけだし」


「あれは僻みよね」


「ね。他のところでも勝てないのに、バトルでも勝てないから──だから無理矢理、粗を探しているだけよ」


 結局要領を得ない回答に翔が事情を測りかねているのを察して、耀が言葉を続ける。


「龍一が本気出した時の最終盤面、華やかな女の子がたくさん並んで綺麗なのよ。それを見て女好きだのオタクだのって、子供っぽいったらありゃしないわ!」


「まったくだよ。美を理解しないどころか中傷するなんて、愚かにも程があるね」


 眼鏡をくいっと上げながら、草汰が言った。そういえば、コイツは結構オタクだった。


「そっか。フェルさんみたいに綺麗な人が、あと三人もいるんだね」


「むふふ、やはりこやつは見る目があるな!」


 いつの間にか顕現していたフェルが、俺の背中越しに鼻を鳴らして喜んでいた。綺麗な花には棘があるということを、どうやらまだ知らないらしい。

 あと三人。いまは眠っている龍たちのことを考えて──少しだけ、複雑な気持ちになった。


「まあ、他の奴等などいなくともいいのだが。ご飯の量が減るのでな」


 照れ隠しでも何でもない、ガチトーンのぼやきだった。君は今でさえ相当食べてるよ。


 なんだかんだで、結構いい時間になってしまった。壁にかかった時計を見て「あ……もうこんな時間! そろそろ帰らなきゃ」と翔が立ち上がった。


「そうだね。僕たちも帰ろうか」


「じゃあまた明日ね! 龍一!」


「ああ、また」


 ワイワイ去っていく三人を入り口まで見送って、客が増えてきたことで忙しそうな虎次おじさんに声をかける。


「みんな帰ったからヒマだけど、何か手伝うことはある?」


「いや、大丈夫だ。冷蔵庫に昨日の残りと軽い物なら入ってるから、腹減ったら勝手に食え」


「ありがとう」


 流石、仕事が早い。俺もいまのうちに、風呂掃除とか洗濯ものとか、家事でもしとこうかな──と階段を昇って、部屋に入った瞬間に違和感に気づいた。


「……なんか綺麗になってる」


 そもそもそこまで汚かったわけではないが、昨日まで少し散らばっていた衣類やモノが棚に収められ、まとめられている。

 洗濯機はごうんごうんと既に唸りを上げているし、何だったら台所で、こんこんとまな板を叩く音がする。まさか、と襖を開ければ、蒼く流麗なポニーテールが目に入った。


「旦那様。ご無沙汰しております」


 こちらを振り返った彼女は調理を中断し、その場に座って三つ指を立てた。その慇懃な姿勢がなんだか懐かしくて、


「ああ、お帰り──リザ。頭を上げてくれ」と、彼女──《ブリザード・ワイアーム》の愛称を呼んだ。

 蒼く流麗な髪、サファイアのような瞳。白の振袖に身を包み、すべての所作に隙がなく優雅で、右の額の大きな一本角がなければ、どこの大和撫子かと思ってしまうだろう。


「そんなに畏まらなくていいのに」


「いえ。わたくし、旦那様の力になりきることができず、その上いとままで頂いてしまっていましたから……」


「気にするなよ。あの戦いは、俺の力不足と──」


 嫌な記憶が蘇る。対峙する女。次々と倒れていく龍たち。空っぽの盤面。その時に言われた──


「──力不足と、まあなんだ、運がなかっただけだろ。マジで気にすんな、これから強くなればいいんだから」


「ご容赦くださりありがとうございます。わたくし、これからも励みますわ」


 嫌なことを思い出しそうだったので、無理矢理記憶の奥底に押し込んで、誤魔化すみたいに笑った。


「そういえば、家事ありがとな。助かった」


「とんでもございませんわ。これは、その……お詫びですので」


「ん、何かやったのか?」


「目覚めてすぐでが枯渇していたのか、小腹が空いてしまいまして……冷蔵庫に入っていた料理を拝借してしまいましたので……」


 手を添えた頬を赤くして、恥ずかしそうにリザは言った。儚げな印象の美人なので、そういう仕草がとても様になって困る。


「なるほどな。まあアレは余りものだし、色々やってくれてるから絶対許してくれるよ。おじさん、リザの料理好きだしな」


「うふふ、腕によりをかけて作りますわね」


「む……! 貴様、蘇っていたのか」


 いつの間にかやってきていたフェルが、リザを見て微妙な顔をする。蘇るも何も死んでないよ。リザもさっきの朗らかな表情が嘘みたいな真顔で「あら、もういたのですね。お丈夫な身体をお持ちで」と、中々の皮肉を返す。


 ──そう、うちのドラゴンたちは、別に一枚岩の仲良しこよしではないのだ。なんか、だいたい微妙に仲悪い。


「わたくしのいない間、変わりはありませんでしたか?」


「一度、例の組織の奴等が主を狙ってきたがな。返り討ちにしてやったわ!」


「ふむ。褒めて遣わします」


「当たり前じゃっ」


「まあまあまあまあ……」


 ふんっ、と二人は同時にそっぽを向いた。水と油というか、火と氷というか。

 普通に仲良くしてほしい。間に挟まれてる俺が、めちゃくちゃ大変なので。


「リザは何作ろうとしてるんだ?」


「肉じゃがです。材料が揃っておりましたので」


「いいねえ」


 おじさんは洋食寄りの物を作ることが多いのだが、リザは和食が多い。どっちも好きだけど、今日は和食の気分だったからだいぶ嬉しい。


「店長から冷蔵庫にご飯が入っていると聞いたのだが、貰ってもいいか?」


「あ……」


「すみません、先程食べてしまいまして……いま作っているので、大人しく待っててくださいませ」


「な、なんじゃと……っ!」


 フェルがあんぐり口を開けたアホみたいな顔になった。


「か、カレーの気分だったというのに……三日目だから更に美味しいじゃろうなあって楽しみにしとったのに……!」


「二日目と三日目には大して差ねえだろ」


「材料だけなら似たようなものですから、我慢してください」


「そんな……」


 たしかに具材はルー以外ほぼほぼ被ってるけども。

 ガックリと肩を落としたフェルを見て、流石に罪悪感を感じたのか、リザが「機嫌直してください、具材多くしてさしあげますから」とフォローを入れた。


「そ、それはまことか?」


「ええ。お肉も、じゃがいもも」


「おお!」


「人参も、白滝も」


「おおっ!!」


「あと玉葱も」


「タマネギは嫌じゃあっ!」


 フェルが癇癪を起こした。そういえば、彼女の数少ない苦手な食べ物だった。


「な……玉葱が、いちばん美味しいっていうのに……! シャキシャキとした食感と、肉やタレの旨味を一番吸っているのですよ……!?」


「辛いし風味は変だし食感もぐにょっとしとるし! 絶対食べんからな!」


「この味音痴駄龍……! おじさまのカレーなんて、飴色まで炒めた玉葱が美味しさの秘訣なのに……!」


「アレはもう溶けて玉ねぎじゃないじゃろうが! ケチャップがトマトじゃないのと同じじゃ!!」


「何を言っているのですか、貴方は大雑把過ぎます!」


「貴様は細すぎるのう! タマネギもそのくらいにするなら食べてやらんでもない!!」


「ちょ、ちょっと落ち着けって……」


「「落ち着いていられませんるかっ!!!」」


 割り込む余地もなく、議論とテンションはヒートアップしていく。


「細かいついでに聞きますけどね、大雑把な貴方が何故首元からネックレスなんて下げてるんですか?」


「ふん、羨ましいじゃろう?」


 ひらひらと見せつけるように真紅のネックレスを持って、フェルは鼻を鳴らした。いや、まってくれ。


「ふぇ、フェルそれは──」


「これはのう──主が我とのデートで買ってくれた宝物じゃあっ!」


「でーと」


 でーと、と言葉を噛んで含めるみたいにリザは繰り返した。


「我の回復祝いと、主の回復祈願みたいなデートじゃったなあ……」


?」


 相棒はビックリするくらい墓穴しか掘らない。凍った表情と、凍った声で、氷龍は繰り返して、冷たい視線をこちらに向けた。


「旦那様」


「は、はい」


「週末、空いておりますね?」


「はい。空いておりますし、必ず空けます……」


「よろしい」


 回答だけ聞くと、リザは心なしか楽しそうに調理に戻った。鼻歌まで聞こえてくるレベルで、珍しすぎて逆に少し怖かった。


 フェルの肉じゃがは、玉ねぎだけ大盛りだった。





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