TCGアニメの世界で硬派なドラゴン使いになりたいのに、美少女カードにしか縁がない
織葉 黎旺
第一話「スピストするわよ」
『いけ、《ホーリーナイト・アーサー》! 相手スピリットに攻撃!』
勇猛な騎士が、勇ましく声を上げ、巨大な竜に斬りかかる。特徴的な三ツ首からブレスを吐いて抵抗する竜だったが、騎士はそれを易々と躱し、一文字に首を落とした。
『更に《アーサー》の能力で、自身のクオリア分のダメージを相手に与える!』
剣を振ったときに放たれていた斬撃が、相手プレイヤーへと迫る。それは直撃と同時に爆発を起こして、相手のライフゲージを0にした。
『決まったァァァ! ジュニアクラス全国大会決勝戦、優勝はアヤカ選手! 歴史的快挙! このクラスでは女性初の優勝者となります!!』
実況の声に観客たちが沸いているのが見えるが、もう見たいものは全部見たとばかりに、黒髪の少年がチャンネルを変える。
「あっ! まだ見てたのに!」
「いいだろ、どうせ後はハイライトとインタビューだけなんだから」
「その余韻を含めての大会でしょうが!」
「まあまあ、
争う黒髪の少年と金髪の少女の間に、眼鏡の少年が入って諫める。
「きっと、出られなかったことが悔しいんだよ」と、耳打ちされたことで、ようやく少女の怒りは収まったようだった。
「しょうがないわね。アンタの家だし、我慢してあげる」
「悪いな」
「ただし! その分条件があるわ!」
「なんだよ」
「アタシとスピストするわよ!」
ビシッと少年を指さす少女だったが、少年はその手を掴んで、指の方向を眼鏡の少年へと変えた。
「だそうだ、
「ちょっと! 逃げないでよ!」
「何回も言ってるだろ。俺は、しばらくバトルしないって」
「龍一……」
龍一が見せた悲壮な表情に、少年は心を痛め、少女は嘆息した。
「しょうがないわね。いまのアンタは全力で闘えないし、草汰で我慢してあげるわ」
「僕は龍一の代わりにもならないって言うのかい? 舐めていると痛い目を見るよ?」
「ふん、そういうのはアタシより勝率上げてから言ってよね!」
「今日でいままでの借りをすべて返すよ! 店長、対戦台借りますね」
「あいよ!」
店の奥で静観していた、パーマの男がサムズアップと共に返事をした。
二人に着いていく龍一の肩を、パーマの男が叩いて耳打ちした。
「龍一、まだ厳しいか?」
「ああ……相棒たちは力を失ってるし、俺自身、ちょっと未だにしんどくて」
「いいよ、アレだけ頑張ったんだ。ちょっとくらい休んでも、罰は当たらねえだろ」
「そうだな……」
かつての闘いを思い返すように──少年はゆっくりと、目を閉じた。
*
いま大人気のカードゲーム、それが『スピリット・ストラグル』通称『スピスト』であり、恐らくこの世界の名前でもある。
『スピスト』は世界的に流行っており、プロも数多くいて、子供から大人まで何かと遊ばれている。それどころか、事細かな決め事に絡んでくる。
戦国時代は戦じゃなくてスピストで領土を奪い合っていたらしいし、給食のプリンの取り合いとか、そういうところでも『スピスト』が活用される。その先攻後攻を決めるジャンケンでいいだろ。
その異常な日常を見ているうちにデジャブを起こし、俺は自分が転生者だと思い出して、これもう確実にTCGアニメの世界やん、と気づいた。
『スピスト』なんて元の世界にはなかったけど、幸い前世のカードゲーム知識が活きた──活きすぎてしまった。
ご存知だろうか? TCGアニメの世界では、TCGで世界が滅ぶ。
カードゲームで世界を侵略する悪の組織がいたり、異世界とカードを介して繋がったり、そこから侵略を受けたり、別次元と繋がったり
特に、このレベルでTCGが普及している世界ではもう確定である。俺は戦慄した。油断してると、闇のバトルで命を賭けさせられたり、世界の命運を肩に乗せられたりしてしまう。
なので、必死に『スピスト』の勉強をした。もしもの時に負ける訳にはいかないし、何もなかったとしても、この世界でカードゲームが強くて損することはない。
そもそも持っていたカードゲーム知識と、少しの──いや、とても大きな幸運のおかげで、先日悪の組織を倒すことに成功した。
ほとんどの人は俺と仲間たちの功績を知らないが、まあそれはお約束なのであまり気にしていない。
どちらかといえば問題なのは──TCGアニメ世界なら、販促のために2クール目の危機が訪れることと、いま俺はなるべく『スピスト』をしたくないということだ。
*
「いくわよ、《
「させないよ。クイック・スペル、《リーフ・トラップ》! 攻撃を無効にして、次の相手ターンまで攻撃スピリットを
草汰が放ったスペルによって、錫杖を振りかぶっていた天使が枝に拘束され、その動きを止める。
「ぐぬぬ、ターンエンド……」
「僕のターン。エナを4消費して、《エクスサーベル・ライガー》を召喚!」
『グオオオオオ!!!』
草汰が放ったエナを噛み砕きながら、彼のエースモンスター──大きな剣をくわえた勇猛な碧獅子、ビーストカードの一枚、ライガーが現れた。
「今日もよろしくね、ライガー」
『任せろガオ!』
「更にライガーの能力。場に出た時僕のライフが5以下なら、墓地からウェポンを一枚セットできるよ。《
草汰の手に、鋭く尖った爪型の手袋が装着される。スピリットと共にプレイヤーも戦うことができるのが、スピストの魅力である。
「とどめだ! 僕とライガーで、耀に攻撃!」
「うっ……きゃあっ!?」
爪と剣が耀のライフゲージを削り、決着を告げるように
「ぐぬぬ、負けちゃった……」
「だから言っただろう? これで、105戦49勝だ」
「フンッ、カッコつけてもまだアタシの勝ち越しじゃない!」
「どうかな。確率というのは試行回数を上げた方が収束するものだ。いずれは正当な結果に収まるだろう」
「あのねえ──!」
ギャーギャーと言い合う二人を見ていれば、いつの間にか顕現していたみにライガーも、また始まったとばかりに欠伸をして机上で丸くなった。苦笑しつつ、そのモフモフとした毛並みを撫でさせてもらう。
「喧嘩はいけませんよ、耀」
「売ってきたのはあっちよ、ラファエル!」
神々しい光と羽根と共に、いつの間にか耀のビーストカード、ラファエルも顕現していた。慈愛に溢れた天使のお姉さんであり、さっきは出番がなかったけど、えげつない効果を持っている耀のエースである。
「龍一も収めてあげてください」
「そもそもアンタがバトルしてくれないのが悪いんだからね!?」
「耀。龍一がカードを失っているのを好機とばかりに攻めるのは、些か卑怯だと思いますよ」
「う……ごめん、アタシ、そんなつもりはホントになくて……!」
「大丈夫。分かってるよ」
ぽんぽんと幼馴染の頭を撫でて慰める。彼女に悪気はないのは分かってるし、むしろ俺は、それを好機とばかりに逃げ回っている卑怯者なのだから。
『フハハハハハ!!!』
と。その雰囲気を断ち切るように、唐突に哄笑が響いた。
発生源は、俺のデッキケース。そこから炎が渦を巻いて、龍のシルエットが浮かび上がる。
『貴様らの熱いファイトに当てられてか、ようやく顕現するだけの力を取り戻せたわ! 感謝するぞ耀、草汰!』
龍のシルエットのままでいてくれという俺の淡い願いを消すように、炎は収縮し、人型を象る。
熱く燃える炎のような紅髪。溶岩を纏ったような、赤い模様で象られた黒のドレス。赤い二本の角とその容姿は人外めいて整っており、自信満々に張られた胸は、青少年の未来を歪めるほど大きい。
「不肖、《インフェルノ・ドラグーン》……久方ぶりに顕現したぞ。さあ、主よ! 我一人でもバトルはやれる、いつでも命じてくれ!」
「いや、あの……しばらくは大丈夫デス」
「そんなあっ!?」
肩を落とす《インフェルノ・ドラグーン》──もといフェルを、ごめんね、と宥める。俺は、不用意にスピストをする訳にはいかないのだ。
俺がスピストをしたくない本当の理由。それは――俺のエースカードたちが尽く
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