モッキュルペッチョパス
いと菜飯
第1話 哀愁エクスプレス
「次は、水沢江刺、水沢江刺です。」
車内アナウンスが鳴り響く。
窓の外に目を向ける。残雪、だっけか。
もう春になろうとしているというのに、山はまだまだ雪化粧を落とさない。
長閑な風景はどんどん姿を変えていく。
時速、300キロくらい?もっと遅いかも。
駆け抜ける新幹線は何もかもを置き去りにして走る。
お前は毎日同じ景色を見ているのかもしれないが、こっちは三年ぶりの東北なんだ。もう少しゆっくりして行ってもバチは当たらないだろうに。
通路側、隣の席で大きな口を開けて寝ている祐介の肩を二回ほど叩く。
「あぇ、かけるおきてたんだ。」
寝ぼけた口調で祐介が言う。
「せっかく三年ぶりに帰るんだ。のんびり故郷の空気を感じながら行こうぜ。」
三週間前、そう言っていたのは祐介だ。夢より他にもっと見るものがあるだろう。
「はーあ、懐かしいね。二人で岩手を出たのも、こんな日だった気がする。」
三年前、俺と祐介は東京の同じ大学に通うことになり、二人で新幹線に乗って岩手から出た。今は、一緒にシェアハウスをして暮らしている。所謂腐れ縁と言うやつかもしれない。
「いや、もっと春らしい日じゃなかったか?」
「あれ、そうだっけ。」
再び沈黙が俺たちを包む。
祐介は中学三年生の頃、俺の通う中学に転校してきた。岩手に親戚がいるらしい。俺は奴の両親を一度も見たことはなかった。「どこから転校してきたの?」と尋ねても奴が真面目に答えることはなかった。「内緒」とか「黙秘権」とか、そんなのばっかりだ。一度、「俺はこの世界の人間じゃないんだ」とか何とか言い出したことがあったが、俺は無視した。何か思い出したくない過去があるのかもしれない。人には色々と事情ってのがあるもんだ。流石の俺だってそんなことは分かる。「嘘乙!!」俺は強がってそう叫んだ。ふざけた態度を鎧に心を守ろうとする祐介が、少しかわいそうに見えた。
そんなことを思い出していると何だか眠くなってきた。盛岡まではまだ時間がある。祐介を叩き起こした手前、目を閉じるのが憚られる。無理矢理目をかっぴらいて、俺はスマホを眺めた。夢の世界に足を踏み入れているのが分かる。が、抗うことはできなかった。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるわ。」
白目を剥いている翔に声をかける。俺を起こしといて、秒で寝やがったぞコイツ。
新幹線の揺れってのはなかなか気持ちがいい。通路を歩きながらそんなことを考える。東京の満員電車は何もかもが不快だ。めちゃ揺れるし、狭いし、みんな自己中だし。新幹線で通学してーなー。パソコンをカタカタやってるサラリーマンが羨ましい。俺もあれになろ。
俺が「一緒に岩手行こ」って誘った時、翔は結構嫌そうな顔をした。「思い出は思い出のままであって欲しい」だの、「小岩井農場潰れてたらショックだから」だの、「映画館通りの治安やばいらしい」だの、自分でも何言ってるか分かってないんじゃないかってレベルの理由をつらつらと並べた。でも、蓋を開けてみると意外と楽しそうで、じっと景色を見つめては寝ぼけ眼の俺に思い出トークのマシンガンを浴びせた。思い出のなかでじっとしていて欲しかったのかもしれない。残念。私は思い出にはならないさ。
手を洗い、デッキに出る。ドアの窓にスマホを重ね、一枚写真を撮る。ここが岩手か宮城かも分からないが、親に見せてあげよっと。自動ドアを通り抜け、俺は客室に戻った。
やっとのことで席を見つける。次トイレに行くときは切符も持っていかなきゃな。
「お待たせ~」
さっきまで眠りこけていた翔の姿が消えていた。
モッキュルペッチョパス いと菜飯 @27days_ago
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