リューク奪還
リュークがどんどんと離れていくのに気付いて、私は直ぐに追いかけた。地面に転がる男二人は放置である。
あんな男達など後回しだ。逃げようとしても別にいい。最優先はリュークである。
契約の繋がりを頼りにし、移動するリュークを追う。路地から大通りへ勢いよく飛び出す私を、近くを通りかかった人が慌てて避けていった。迷惑をかけていることは申し訳ないが、今の私はそこまで気にする余裕はない。
リュークの名前を心の中で思いっきり叫ぶ。離れている場所では、伝えたいことを強く思わなければならない。返答を求めて何度も何度も呼びかける。その間も私は追いかけ続けている。
明確な返答はこなかった。ただ、ぼんやりと伝わってくることはあった。幸せな感情である。多分、いや確実に誰かから連れ去られている状態だろうに、どうしてそんな幸せでいられるのか。
リュークは意識があるようなので、眠らされている訳ではない。もしそうであるならば、寝るのが好きなのでその感情に納得いくが、そうではない。
薬をかがされた可能性を考慮に入れながら、私は走るスピードを速めた。
私は大きな袋をもった男を見つける。あの袋の中にリュークがいる。
細い路地で誰もいないことをいいことに、私は氷魔法を放つ。だが距離があることと、障害物があることから外れた。足元を狙った魔法に男は「うおっ!?」と驚きの声を出す。
「あいつら失敗したのか!」
「リュークを返して!」
「それは無理な話だなっ」
男は二度目の私の魔法を近くにあったものを投げて防ぎ、袋をもって角を曲がる。男を見失わないよう、私は後を追う。
地理は相手の方が詳しい。今日王都に来たばかりの私に、男はくねくねと道を曲がって変えて距離を引き離す。
「見失った……」
先程は男が私が追いかけていることは知らないから、追いつけた。私はリュークの居場所は分かるが、それだけだ。地図みたいにどこに何があるかは分かったものではない。
私が男を見失ったことで、リュークの移動速度がおちた。次は逃さないようにと先回りするために、複雑な道を私は進む。
「これで鬼ごっこは終わり」
「なっ……くっ、動かないっ」
足は氷魔法で動けないようにしてある。袋を奪い、きつく結ばれていた紐をとる。
「はあ、良かった」
「……ゥ?」
目をパチクリとしているリュークを抱きしめようとする。だが、ベタついた口元を見てやめた。
「ねえ、リューク。捕まっている状態だったのに、逃げようとしないで何をしていたの?」
「ガウッ!?」
目をそらしているが、証拠はあった。袋の中は果物の残骸がある。
私が救出しようと必死に追いかけていた間、リュークは持ち前のマイペースで果物を食べていたのだろう。果物が潰れた可能性はあるが、歯痕があるのと口元を汚している。甘いような酸っぱいような匂いを漂わせているリュークには、身体強化した強力なデコピンをしておいた。
心配し損だ。薬をかがされた可能性まで考えた私が馬鹿である。
ムスッとしている私に、リュークが弁明する。その内容はお腹が空いていたから、である。持っていた荷物ごと袋にいれられ、目の前に果物があったら食べたくなったということらしい。
零度の視線となった私だが、弁明を聞いている間、男は騒ぎ立てていた。途中で口は塞いでおいたが、ずっとふがふが言っている。私はリュークの話を聞き終えてから、この男から話を聞き出す為に口の塞ぎをといた。
「俺を離せ!」
「無理なことを、当たり前のように言わないで」
こういう輩の対処法は分かっている。魔法で氷を作り出し、尖った先を男に突きつける。男は息をのみ、「無詠唱……」と小さく言う。
「あなたの立場を考えて。これから質問するから、そのことだけを答えて。いい?」
「わ、分かった」
突きつける氷は冷たいので、魔力に還した。ほっとする男だが、すぐに顔を引き締める。私は短剣や杖をもっているのにわざわざ魔法で脅したのは、無詠唱出来ることを示すためである。
実力差を分からせ大人しくなった男に、私は次々と質問していく。質問し終えたころには夜になっているだろう。まだかとせっつくリュークに「我慢して」と言う。
今日はご飯とベットに辿り着けるのは遅くなるだろう。疲れた体に鞭を打ち、所々言葉を濁す男にうんざりして私は溜息をついた。
どうやら男は仲間思いのようだった。肝心な質問では言葉を濁したり口を割らない。
取り敢えず、私とリュークを狙ったのは売ったら金になるという理由は聞き出せた。他はあまり信用ならない答えである。
リュークは珍しい小龍であるからともかく、私までも金になると思われる対象とは思わなかった。だが身に持っているものが高価なものである。一目見て高価だと分かる杖からして、魔法使いである私だがその分見返りが大きいと思ったのだろう。
魔法使いは一般的に詠唱さえさせなければ何も出来ない。事実、そういった人達は多いので間違ってはいない。だが無詠唱と接近戦もある程度鍛えられている私は、その一般的な魔法使いではなかった。
それにしても王都で奴隷狩りか、と思う。この国、ヘンリッタ王国は奴隷は禁止されている。数十年前に禁止されたので奴隷禁止に反対という者がいることは知っている。ドワーフといった良い影響を与える種族には寛容ではあるが、獣人には冷たい者が多い。異種族を差別的に見る者が多くいるのだ。
セスティームの街は交易が盛んであったので、そういう者は少なかった。だが亜人を見かける回数が少ないことからして、居づらい国ではあるだろう。
きっと、私以外にも奴隷狩りをされた被害者はいる。だが半魔であると隠している以外、私はただの旅人である。その者達を助けるのは、騎士団や憲兵といった人達の仕事だ。
男が何か私に関係することで正直に話そうとしないという、納得いかないところはある。聞き出したい気持ちはあるが、痛めつけて無理やりそうさせる方法はやりたくない。よっぽど必要にならない以外、痛みを与えることは好きではないのだ。
一回死に、二度目に殺されそうになった経験から、その想いは強い。
だから私にとって一番重要な質問で、男から聞き出すことは最後とする。
「これだけは正直に答えて。あなた達はリューク……小龍のことを誰かから依頼されて捕まえようとしたの?」
「違う。お前らがたまたまいたから捕まえようとしただけだ」
具体的に誰に売り渡すつもりであったかを聞いたとき男は返答しなかったが、この内容は言えるものであったようだ。
少ない情報であるが、それだけ分かれば私にとっては十分である。これからも同じ者に付け狙われないことを知れただけで満足だ。
「おい、俺をどうするつもりなんだ」
「勿論、留置場まで連れて行くよ。……暴れるつもりなら眠ってもらうけど」
意識がなくなるので連れて行くのには大変になるが、暴れられるよりマシである。 男自身で歩かせることはできなくなるが、身体強化して引きずっていけばいい。
暴れても眠ってもらうことになっても、私にとってはどちらでもいいと伝えると、「別にそんなつもりはない」と男は言う。
「……やけに落ち着いているね」
「まあな。だって」
「だって?」
「俺が連れていかれることはないからな」
男は嘲笑った。直後、背後から私を昏睡させようとする男が迫るのを、私は杖をもっていなす。
「なっ、気付いていやがったのか!」
「仲間がいると分かっていて、警戒していない訳がないよ」
男の拳が前へ突き出されるよりもよりも速く、足元から植物が生えて急速に成長して体をぐるぐると拘束する。
人間アートの完成である。植物魔法を発動させたリュークに、捕まってのんびりとして下がっていた好感度が上がる。これで下がった分は元通りだ。
「このノロマっ! 失敗しやがって」
「先に捕まっておいて何言ってんだ! 助けにくるんじゃなかっだぜっ」
「なんだと! 仲間は大切にしろっていう決まりを破る気かっ。ガムザにぶん殴られるぞ」
「それが嫌だから助けにきてやったんだろうが!」
ぎゃあぎゃあと言い争う男達は、片や凍っていて片や植物に縛られている。なんと滑稽な姿だろうか。ガムザとはこの男達のリーダーの名前だろうと推測しながら、呆れた様子で二人を眺める。
名前以外にもポロッと何か情報が出てこないかとのんびりとしていると、言い争いの果てに「こうなりゃ最終手段だ!」と言い大きく息を吸った。
男二人、両方ともである。
「あっ駄目!」
「誰か助けてくれえええええええええっがふう!?」
男は無様に情けなく、どこかにいる仲間へと叫んだ。すぐ意図に気付き、口の中に氷を突っ込んだがもう遅い。
声は王都内を遠くまで響かせた。
もう一人の男はリュークのお陰で、叫ぶことはなかった。
「ガウッ!」と掛け声で植物がギリギリと男を締め上げ「うぐぁああ!」とこれもまた叫んでいるが、あまり声量はでていない。息が漏れている感じである。
私は初歩的なミスをしてしまったことで、下唇を噛んでしまいながら魔力探知を行う。 実は近くに多くの人がいる建物があるのだ。今いる辺りは暗く汚れた場所であるので、そこには荒事専門の人が多くいると予想される。
リュークが袋に入れられたときに男が向かっていた方向にある建物だ。男の仲間がいれば、声を聞きつけて動きがあるのだが。
仲間でありませんようにと願いながら把握した魔力探知の反応は、私達がいる場所へと来るものであった。
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