勝負だ!
「勝負だ!」
「……もう、諦めたらどう?」
呆れて言葉が出る。
もう何度目のことだろうか。イオは私が外を出歩くたびに、こうして立ち塞がり勝負を挑んでくる。そうなってしまった理由は二つ。私への嫉妬と汚名返上だろう。
イオはエリスを一途に好きなようだ。だからスノエおばあちゃんの弟子として一緒にいる時間が長い私に嫉妬して突っかかってくる。
これは私だけじゃなくてニト先輩も同様だろう。エリスの恋する相手をイオが認識しているのなら、ニト先輩の方がよっぽと嫉妬の想いは強いだろうが。
汚名返上は鬼ごっこでイオから私に皆から分かりやすく鬼とされてしまったからのようだ。よかれと思ってしたことだが、男の子としては屈辱だったらしい。集団の中でリーダーなようなので、皆の前で恥をかいたと感じているのもある。
父親が優れた街の兵士であるということというのも理由の一つだろう。確か一回目の勝負にそう言われて挑まれた覚えがある。結果、私が鬼で鬼ごっこをして勝った。それ以後、何回も色々な勝負内容で突っかかってくるとは。
これまでの経緯を思い出して一つ溜息をつく。私が一度外に出かけると毎回のように勝負を挑んでくるが、イオ達はそんなに暇なのだろうか。こちらは忙しいのに。
私の年齢で働くことは珍しいことだが、それでも家のお手伝いをしているぐらいの年齢ではある。というか、エリスに会いにいって好感度を稼ぐほうが、有効な時間の使い方ではないのだろうか。
「クレディア、声に出てるよ」
兎の捕獲の依頼主であったことから親しくなったネネがこそりと近づいて言った。
心の声が漏れていたらしい。イオにも聞こえていたようで、俯いて体を震わせていた。
「できたらやってる……っ!」
ギラリとした目で睨まれた。若干涙目なので怖くない。
「昔やってたんだけどねー」
「働くのに邪魔だって言われたんだっけ?」
「そうそう。『もう来ないで』って言われたりして。イオはそれから暫く落ち込んでたよね」
「それで俺達が慰めて」
「大変だったよねー」
「……なんというか、ごめん」
イオの友達の言葉の数々を聞いて謝ると、「くっそぅ……」と頭を抱えていた。ほんとにごめんなさい。
「……そんなことよりも、勝負だっ!」
「そんなことで済ましていいの?」
つい突っ込んでしまったのを「大丈夫!」とイオの友達から返ってくる。
「イオはね、朝にアピールしてるんだよ」
「エリスが薬屋に行くときにな」
「毎朝頑張ってるよね」
「花とか好きなお菓子あげてね。……何も進展してないけど」
悲しすぎる最後の言葉を聞いた。エリスの恋を応援する私だが、同情してしまう。
というか朝、たまにエリスからお菓子をもらうのだが、それはイオがあげたものだったのか。知らずに美味しく頂いていた。
食べ物のことを考えていると、なんだがお腹が空いてきた。あまりお昼ご飯は食べてきていないのだ。「なんで話すんだよ!」「えー、いいじゃん」と言い争っているのを放っておいて、私は屋台でお菓子を買う。ジャムが入った焼き菓子だ。
もぐもぐと頬張っていると、「私も食べたい」と近づいていたネネに残っていた分をあげる。量が多いなと思っていたのだ。は時間を忘れて二人で仲良く食べていると、むんず首の辺りを掴まれた。そのままずるずると引きづられる。
なんだなんだと見るとイオだった。そうだ、勝負するということだったのだ。人数が多いと話がずれやすいのだ。最初は何をはなしていたのか忘れてしまう。
勝負することにやる気が出ないまま、服が伸びてしまうの敵わないので自分で歩いて移動する。向かう場所は公園らしい。先程までいた場所は馬車が通るので危ないのだ。
「それで、何の勝負をするの?」
やる気なしに言う。完全に忘れていたが、お昼の休憩時間は終わっているだろう。早く終わらせて、家に戻らなければならない。仕事があると言っても、買い物してお菓子を食べていたことから信じてくれないのだ。呑気にしていた私も悪いのだが。
「今回はこれだ!」
これ、のところでイオは木剣を見せた。二つあるので、打ち合うのだろう。いつも持っていないものを持っていたので、予想はしていた。
「危なくない?」
「怖気づいてるのか?」
「そういう訳ではないよ」
子どもだけでやるには、もしものときにどうかと思うのだ。というか二回目から勝負内容を変えているのだが、ついに自分が得意なもので挑んできた。
イオは兵士である父親から剣を教えてもらっているので自信があるのだろう。今回は負けるはずがないと、得意げな顔だ。
だが、明らかに魔法使いである私に剣で挑もうとするなんて、よっぽど勝負に勝ちたいのだろう。
私が女であること忘れてることはないだろうが、遠慮がない。そんなことを言ったら、今度こそ泣いてしまいそうだが。
イオから受け取った木剣を、試しに上から下へと真っ直ぐ振ってみる。空気を斬る音はしない。その代わりに地面と衝突して打ち付ける音がした。
「お前、剣もったの初めてか?」
「初めてではないよ。でも私が扱うのは短剣だから……」
私は魔法以外には、接近戦で短剣と杖を時々武器とする。普通の剣の場合だと、私は振り回される形でしか振れないからだ。体の大きさと筋肉量が足りていないからである。
足腰は森を歩き回っているので多少はいいが、腕とかは全く自信がない。私は魔法で直ぐに身体強化をしてしまうので、筋肉がつかないのだ。強化して長時間筋肉がつくようなことをすれば違ったかもしれないが、そのような場面は滅多にない。母に魔法なしの条件にされて打ち合ったときぐらいだ。
「ねえ、家まで短剣か杖を取りに帰ったら駄目?」
手荷物にならないよう短剣は家に、杖は携帯できる小さな大きさをもっている。そちらの方が慣れているのでそうさせてほしいのだが、勝負から逃げるかもしれないということで駄目だった。
とことん逃げさせたくなく、勝負に勝ちたいらしい。イオは私に勝てそうなことで、口角が少し上がっている。そんな勝負に勝ったとしても、それは嬉しいのか私には分からないものだが。
ただそのイオに有利な勝負なので、私は条件を出した。もう次からは勝負をしかけてこないでということだ。毎回会うたびに「勝負だ!」と挑まれるのは迷惑なのだ。
イオは負けるつもりはないので簡単に了承した。私は何回も何回も嘘偽りがないかを確かめておく。あとでやっぱりなしと言われるのを防ぐためだ。
そんな条件を出したので、私は勿論勝算をもっている。「魔法を使うのはなしだからな」と言われるが、それでもだ。
「準備はいいー?」と高い声で審判が言った。
「怪我しないでね」「男気見せろー」という内容様々の声も聞こえる。
「手加減はしないからな」
「うん、別にいいよ」
そのほうが私にとっては都合がいい。勝てる確率がより上がる。
私とイオは六歩離れた位置で各自木剣を構える。イオは正面に、私は剣先を地面に置いた状態だ。私のは構えの形とは言えないかもしれないが、重いので長く持ち上げ続けられないのだ。広い目で見てほしい。
「じゃあ、始めるよー」
審判の開始の合図はもうすぐだ。勝つ勝算はもってはいるが、それは確実なものではない。
私達から騒ぐ音はなくなり、公園で他の者が遊ぶ声が遠くから聞こえるだけになる。自分の鼓動がいつもより速くなっているのを感じ取りながら、合図を待つ。イオは私と違い、うずうずとしていた。
「よーい」
小さな風の音でさえも聞き取れる。さわさわと葉が鳴っていて、母との模擬戦のときみたいだった。
「はじめー」
なんとも気が抜ける合図だった。イオはこれまでの付き合いから予想していたのか、気にすることなく剣で交わるだあろう距離まで踏み込んでくる。
相手は頭上にまで木剣を上げていた。そしてそれを振り下ろす。
私はそれをすでに地面との接触はしていない、持ち上げている木剣で対応する。ここだ、というときに木剣同士が交わる。交わりは一瞬だった。
力と力の勝負では私の方が不利である。私はイオの木剣を受け流した。
宣言通り手加減しずに随分と力を入れていたようだ。イオの体勢は崩れ、予想外のことに「うわっ」と声が漏れている。
私はそのチャンスを逃しはしない。今度は私が木剣を振り下ろす番だった。重力に従うがままの行動で、私はこれはやばいのではないのかという危機感をもった。
勝ち負けのものではない。この勢いのある木剣を止めるだけの力がないので、このままだとイオの頭をかち割ってしまう。
表現は大げさなものだが、流石に私の力でも脳に衝撃がいってしまうだろう。私は咄嗟の判断で魔法を使い、衝突寸前でピタリと木剣を止めた。
ふわりとちょうど風が吹いて、緊張の糸が切れた。それと同時に手に力が抜け、ゴンとイオの頭の上に木剣が落ちた。
「いってぇー!」と叫ぶ声を横目に、「危なかった」と溜息をつく。
本当に危なかった。子供同士のお遊びのような勝負で死人が出るところであった。
私は魔力を辿ってとある人物に視線を送った。その人物は女性で、私とイオの様子を見ていた。
私は一つ礼をした。どうやら私達のことを心配してくれていたらしい。危なくなったら止めれるように、風魔法をいつでも発動できるようにしていた。
私自身が危ないだと思った攻撃を女性も同じように思ったようだった。遠く離れた距離からだと一歩間に合わなかったが、私のもつ木剣に魔法をぶつけるつもりだったのだと魔力の痕跡から分かった。私がぎりぎりで止めれたことから、慌てて攻撃魔法であった風を離散させたようだが。
私が礼したことで、その女性はにこりとした。この世界は礼をする習慣はあるようなので、意味が伝わって良かった。
「ねえ。自分が言ったこと、ちゃんと守ってね」
頭を押さえているイオに向き直り言うと、「……ああ」と小さく言った。私は邪魔になるからと預けていた荷物を返してもらい、ようやく家に帰ることができた。
お昼休憩はとっくに終わっていたことから、スノエおばあちゃんが待ち構えていて怒られることになった。だが「本は買えたかい?」と尋ねられ「うん」と言うと、「良かったね」と頭を撫でられる。
こうして私は闇魔法を自分のものにする前進をすることができた。
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