ありがとう
コンコン、という音で目が覚める。眠ろうとして眠れなかったのだが、どうやらそれは達成出来ていたらしい。
昼頃だったのが、夕暮れになっていた。起きたが寝ぼけている状態のリューをベットにそのままで、扉を開ける。
「すまないね、寝ていたのかい?」
ノックしたのはスノエおばあちゃんで、ボサッしていたらしい髪を手ぐしで整えてくれる。母がやってくれたのと似ていて、私はされるがままにしていた。
「話をしたいんだが、いいかい?」
私が半魔だってことを、エリスにバレてしまった話に違いない。
おばあちゃんが視線を横にずらしたので、私もつられて同じ方向を見る。
「……エリス」
エリスがいた。扉があることとおばあちゃん一人だと思っていたので、全く気が付かなかった。
「私、クレディアに話したいことがあるの」
エリスは今度は目を逸らすことはなかった。
「ごめんなさい」
エリスが言った。私は呆気にとられて言葉を発せないでいると、エリスはそのまま次の言葉をつむぐ。
「魔物から助けてもらったのにお礼も言わないで、クレディアがその……半魔だってことに驚いてしまって。それに、逃げるように家に帰って……だから、ごめんなさい」
なんだか夢心地な状態でその謝罪を聴いていた。クレディアという単語も、他人のように感じた。
これは夢の世界なのかもしれないと思ったが、腕に抱いていたリューのひんやりとする鱗が現実だと教えてくれていた。
ついエリスの隣の椅子に座るおばあちゃんを見て目が合うと、頷かれた。恐れなくていい、ということだろうか。私はそのことに緊張が少し溶けた。
「……エリスは私のこと、どう思う?」
「怖い?」と尋ねると、「うん、そうかも」と返ってくる。自分から言って期待した言葉でなかったことで、傷ついた自分に呆れる。
「でも、今はほんのちょっとだけだよ」
その言葉で心が軽くなる私はちょろいのかもしれない。一喜一憂させるエリスが上手なのかもしれないが。
「私、お父さんから半魔で怖くない人もいるんだよって言われてたの。人間と違って紫色した髪と瞳があるだけだって。でも皆はそんなことないって、半魔は恐ろしい種族なんだって言って言うの。私はどっちが正しいのか分からなくて、それで結局皆が言ってたのを信じて、逃げて……クレディアはそんなことないって、こうしているだけで分かるのにね」
数日で何回も見かけた花のような笑顔ではないが、微笑みをくれる。お父さんというのはネオサスさんのことだろう。きっと、私のことを思って言ったのだろう。
顔を合わせたことは二回だけだが、母の友人なので私が小さいころから知っている。
たがエリスが言うような、傷つけることはないっていうのは本当ではないかもしれなくて。
だって私はあのとき、森でエリスに―――
寝る前にも思ったがやはり何をしようとしたかは覚えていないけど、それでもよくないことをしようとしていた可能性は無くならない訳で。だがそれを言うことは、怖くてできない。
涙が目から溢れる。静奈だった前世と比べて、泣きやすくなっている気がする。勝手にポロポロと出てきてしまうのだ。
子どもの頃だと親の愛がなくてよく泣いてたが、人前では出さないように耐えていた覚えがある。
母とリューと森で暮らす生活は幸せで、悲しいものにふれる機会が少なくなったからかもしれない。こんなにも幸せを失うのが怖くなって、恐れて勝手に涙が流れる。
だがエリスにこうして「大丈夫だよ」と手を包み込むように握られると、仕方がないことかもしれないと思った。心が優しいと思える人が今の私にはいるのだ。
今までに私を苦しめた人達を記憶から薄めてくれる人達を、嫌われたくない離したくないって思うことはきっと自然なことだろう。
「エリス、ありがとう」
だから私は感謝して感謝して、感謝しつくさなければならないだろう。私を受け入れてくれてありがとう、と。
そして報わなければならない。それが私に出来ることで、私がしたいことなのだから。
スノエおばあちゃんに見守られながらのエリスとの話は、終わったときには日が落ちていた。森の中にある家で育ったことや魔法のことなどの私のことをあれから色々と話していたせいだ。
そうして今日起こったことプラス遅くなったのを心配して、エリスの親が迎えに来ていた。そこには父であるネオサスさんだけでなく、母もいた。
「エリスが迷惑をかけてしまったようで、ごめんなさいね」
エリスは母親に似たことが直ぐに分かるぐらいの顔立ちをしていた。どこまで事情を知っているのか分からないので「そんなことないです」と言うと、少し困った顔をしていた。
どうしたのだろうと思って首を少し傾けると、どうやら見た目のわりには利口過ぎてどう反応していいか考えたかららしい。
「大人びているとはよく言われます」
私は精神年齢が高いし、静かな環境を好む大人しい性格をしている。自分より年上には敬語を使うので、今の私の子供姿だと違和感はあるだろう。
「もっと子どもらしく振る舞ってもいいのよ。気持ちを抑えなくてもいいのだから」
私は元からこんな性格なのだが。誤解を解こうとすると私と目線が合うためにしゃがまれて、「半魔だからと気にしないで」と言われて動揺した。
「エリスが話したから知った訳ではないのよ。夫から聞いていたの」
「……いつからですか?」
「七年ぐらい前からかしら。森に行ってくると言って次の日の朝になって帰ってきたから、私が問いただしたのよ」
思っていた以上前から知っていたらしい。私が一歳ぐらいなときだが、そういえばそのころにネオサスさんとミーアさんが家に訪ねにきた。
「夫はあそこにいるリューちゃんのことだけで、あなたのことを話すつもりはなかったのよ。けれど何か隠し事をしていることは分かったから、全て話してって追求して……だから、私はあたなの事情は大体分かっているつもりよ」
ニト先輩の頭にしがみついて戯れているリューだが、ネオサスさん達が連れてきてくれたのだと思い出した。
小さいころの記憶だったから、その二つは片方だけを思い出しても結びつかなかった。
「彼はモテるから……」とぼやいている独り言を聞いて、浮気か疑ったのかなと思った。
お似合いの二人だがあのときは私の母とミーアさんもいたので、疑ってしまうのは仕方がないことだし。
「私はあなたの味方よ」
心のこもった言葉だった。私の周りには優しい人ばかりいるな。
半魔だってことを知っていてエリスの母はどう思っているかと考えないようにしていたが、言葉一つで簡単に不安を溶かしてくれる。
「もちろん私だけじゃなく、家族皆そうよ。だから、悩みがあったら一人で悩まないで。いつでも助けになるわ」
涙がまた出てきそうになった。フードを被っているから見れず分からないだろうが、俯いて顔を隠す。
そうしたら優しく抱擁される。花の香りがした。
私はもしかしたら寂しがり屋なのかもしれない。何回も抱きしめてくれた自らの母と重ねてしまって、自分も控えめにギュッと返してしまった。
しばらく経たずに離れたが、居た堪れなくなってスノエおばあちゃんのところに逃げる。
「なんだい、おまえは意外と甘えん坊だね」
「ほら」と逃げた先でも抱擁された。
違う、そうではない。
一瞬呆けて捕まったが、甘えん坊ではないとバタバタしようとする前におばあちゃんは見越してその前に離れた。
「いいかい、クレア。次から気をつけるんだよ」
「うん……ごめんなさい」
「怒っている訳じゃない。エリスだったからよかったが、他の人だとどうなるか分からない。ニトの奴はいいかもしれないが、半魔だってことは隠しておいた方がいい」
その通りだ。私はそのことを再認識しなければならない。半魔だと知って優しくしてくれる人はごくごく少数なのだ。
身近な人が受け入れてくれたからと調子に乗ってはいけない。
私は「分かってる」とだけ告げた。それで半魔に関係する話は終わりだ。
この場には事情を知らないニト先輩がいるから、話が聞こえないぐらいの大きさで喋るのを意識しなければならず、ちょっと大変だった。
「話は終わったか?」
エリスを片腕で抱き上げながら、ネオサスさんが来た。
エリスの母も陽動係に自然となっていたリューとニト先輩も集まり、そうして家に帰っていった家族を私達は見送った。
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