揺るがぬ決意 ※メリンダ視点

「ウォーデン王国が動き始めた」


 重々しく、閉ざしていた口から、スノエさんはついにその言葉を発した。信用できる商人からの情報で確実さ、と後から付け加えて。


「……ついに、そのときが来てしまったのね」


 私は複雑そうな顔をしていただろう。過去に決意をしたことでも、長い年月が立ち大事な子をもってしまえば、揺らいでしまうのだから。行動は変えることはないのだけど。


「本当に行くのかい」

「ええ」

「あの子を残してでもかい」

「……ええ」


 そうしないといけないのだ。危険な場所に、我が子を自ら連れて行く訳がない。私が残るという選択肢もない。

 死ぬかもしれないけど、そうなってしまっても本望だ。なるべく死にたくはないけど、元は死ぬ覚悟でそれに挑んでいったのだから。


「後悔するよ」

「私はいつだって後悔ばかりしているわ」


 今回もそうだろう。あの子と離れたくない。あの子の成長を見守っていたい。

 そう思う自分がいるが、その思いを封じてでも行かなくてはならないのだ。私一人でどれだけ変わるか分からないが、それでも行きたいのだ。


 きっと、どちらを選んでも後悔するだろう。あのときこうしていたらと想像するのだろう。

 だけど、もう決めてしまったことを覆すことはない。


「クレアをお願いできるかしら」

「どういう形でだい?」

「街で暮らさせてあげて」


 クレアはずっと森という閉鎖な場所で暮らしてきた。人との触れ合いは限られていて危険だからと自由にさせてはいなかったが、今は十分そこらへんの魔物や人には勝てるぐらいの実力がある。

 もう危険だという理由は通用しなくなってきたし、私の言う言葉を受け止められるぐらいの年齢にもなった。昔から大人びていて、落ち着いた子だったから、年齢が低くても大丈夫かもしれなかったが。


 クレアが一人になったとき、世界を見て回るために旅に出るといいだしそうだが、もう少し選択肢を増やしてあげたい。人との触れ合いや常識などが足りていないためだ。

 見聞を広げて、それでも旅に出たいというなは止めはしないが、街で暮らしてからでも遅くはないだろう。


「弟子という形でならいいが、リューはどうするんだい?」

「……森に返そうかと」

「いや、それはやめておいたほうがいい。今更戻ったって、森ではやっていけないだろうさ」


 リューはいわば親に見捨てられた龍だ。生まれてから一年も経っていないようでかわいそうなことと多少の愛着があったから、街よりかは安全な私が住む家で暮らすことをした。

 今ではクレアと同じぐらいに大切だが、人と魔物は違う。人には人の暮らしがあって、魔物にも魔物の暮らしがある。人の言葉を理解できる知能はあるが、それでやっていけるとは限らない。


 だから森に返そうとしたけど、スノエさんはやはりリューには無理だという考えだった。そうなると、クレアと共にりゅーも街で暮らすことになるが、そこまでスノエさんに迷惑をかけてもいいのか。


「心配しなくてもいいさ。リューもいっしょに預かる。親の龍とは面識があるし、逆に今まで私が迷惑をかけてきたほうさ。それに一匹増えたって、負担は変わらない」


 それは嘘だろう。龍は欲望が多い人間にとっては恰好の餌で、クレアよりも面倒は増えるだろう。

 だが結局、スノエさんの好意に甘えることにした。クレアもリューといっしょなら、見知らぬ場所でも安心して暮らしていけると思ったためだ。


 そうして短くはない時間は終わり、私は日が出ているうちにクレアとリューが待つ家に帰ることとなった。


 *



 朝早く、庭では苛烈な戦闘が行われていた。

 一方的なものだった。流れるような剣捌きで攻めるのは母で、杖で防御して無理な攻撃は魔法でギリギリいなすのは私だ。経験の差や背、力の大きさから後者の方が劣勢だった。


 私は体にいくつか傷をつくっていた。致命的となるものは受けてはいないものの、白い肌に痣があるのが目立つ。

 他にも体力が削られ息が上がっていたり、苦痛で顔を歪ませていることから劣勢だという判断はつけやすい。


 無詠唱で氷塊を狙ってとばす。態勢を整える為の行動だ。氷ではなく風のほうが無から作る氷よりも風のほうが楽だが、それだと母が同じように風で簡単に相殺されてしまうので、剣からは逃れられない。

 持っている属性のうち残り闇と無があるものの、闇は本がなかったせいで適性が一番あっても自己流では限界があり、無だと魔力弾があるが風魔法と同様な理由で駄目だ。消去法で氷となる。


 これは四回目の同じパターンで、一回目以降は見切られて避けられていた。またそうなる可能性はあったが、母はこちらの望むように離れた。だが、


「スピード、上げるわよ」


 ぽつりと呟き、一歩踏み込んだ。姿がかき消えたように錯覚した。どうやら身体強化をしていたうえに風を纏わせたようだ。驚く暇もない。

 とっさに杖を前に出すと、運良く剣を弾き返すことができた。思った以上に重みはなかったが、その分技術と速さで二撃目、三撃目はもろ受けることとなった。日頃から母から滅多打ちにされているが、この痛みは急所をえぐり今までの比ではなかった。


 これは訓練だが、真剣ではないとはいえ容赦のない攻撃は殺す気できているのかと、一瞬思ってしまうものだった。


 連続して続く母の攻撃を地面に転がるようにして大きく避ける。痛みを恐れてではない。このままでは防御出来ずに、一方的にされるがままになってしまうからだ。

 私は考えを切り替える。戦い方の主体を杖から魔法にすることを決めたのだ。


 私は自身の扱う魔法が危険なものだと理解していた。もちろん日々の生活を豊かにするものはあるが、ここ五、六年強くなるために攻撃魔法ばかりを磨き続けて来たからだ。


 それを後悔し忌避することはない。むしろ頼りにし、魔法を研究することがここ最近の趣味にもなってきたほどだ。

 だが鍛錬といっても母に魔法を向けることはしたくなかった。


 鍛錬や成長するにつれて魔力が増え、膨大とは言い表せれないぐらいの量になった現在、下手をすれば簡単に人が死んでしまう威力になってしまったからだ。そんなヘマはしないが、自分の手で母を殺してしまったということはしたくない。

 魔力が巨大すぎて繊密な操作は苦手な部類に入るのだ。不得意というまでではないが、たまに気を抜くと魔法に込める魔力が多くなる。


 毎朝の日課となっている母との訓練は、棒術や剣術だった。決して魔法を使うことはない内容で、魔法なしでも身を守れることを念頭にしたものだった。

 だが街から戻ってきた母は帰ってそうそう、魔法有りの全力の勝負をしようと言ってきた。それが今置かれている状況だ。


 先程までは魔法をどうしようもないときしか使っていなかった。使わないで母の剣を凌げるとは思っていなかったし、実際杖だけでなんとかならなかった。棒術は魔法と比べて二年ぐらいしか習っておらず、基本だけしか母も知らなかったからことが原因といえる。


 母の本気はやばい。これでも少ししか本気を出していないと思われる。それでも身体強化のみならず風を使った高速の戦闘スタイルは、このままでは一方的に攻撃されるだけだ。母の姿を見失ってしまうことがあることから、格の違いを思い知らされる。

 私はそのことによって戦意を折れることはない。逆に安心してしまった自分がいる。これなら多少の魔法でも、母はどうってことはないと攻めたててくるだろう。


 私は風魔法を構築する。その短すぎる時間でも母は追撃しようとするのだから驚きだ。迫りくる母に、ではなく地面から巻き上がるようにして風を起こす。

 風が土を巻き込む。思惑通りになった。

 サラサラとした土ではないせいか思っていた以上のものではなかったが、母が目に土が入り、狙っていた効果がでた。


 母が思わぬ攻撃で怯んだ隙に、地面に杖をトンっと置く。この杖は棒術として用いていたが、魔法を行使する際にも利用でき自身と地面との媒介とする。杖には精密な操作がやりやすくなる効力もがあるので、この戦闘にはもってこいのものだ。


「凍れ」


 その言葉でここら一帯の地面が氷で覆われる。

 母は魔法が発動する際に発生する魔力の反応に気付いたのか飛んで、凍ることに巻き込まれることは回避した。


 着地すると同時に、母は嫌な顔をする。剣士にとっては戦いづらいフィールドになったからだが、そのことに臆することはなかった。足を地面に叩きつけるようにして氷をえぐり、接近する。

 先程よりはスピードは落ちたが、それでもまだ速いと言える範疇だ。あまり効果がなかったことに、母の超人さが伺えた。


 そこから拮抗状態が続く。母の体にも傷がつくようになり、戦いは白熱していった。魔法はその場の劣勢した状況をひっくり返す力はあるが、いかんせん十分な距離がない。

 周りは木だらけで、結界の外に出たら魔物がいるせいで、立ち回れる範囲が限られているからだ。


 母は魔法を避け、自身の風魔法で相殺したりそらしたりして、剣で切り込む。私は魔法で遠く距離を保つようにしながら攻撃し、接近されたら棒術をもって魔法を放つ時間を稼ぐ。

 中級や上級魔法は打たない。殺し合いとなってしまうし、放つ時間がないからだ。


 そうして互いに体力や魔力が限界となり、ついに決着がつく。

 母が剣で、私が杖で打ち付け合ったとき、杖が限界を迎えたからだ。ぼきりと杖の半ばから折れ、使い物にならなくなった。

 私が目を見開き驚いていると、母はピタリと剣先を目の前に突きつける。


「……参りました」


 そう言って私は背中から地面に倒れ込み、ひんやりとする氷上で息を吐き出した。

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