始まりはラブレターから

呉根 詩門

病める時も……貴方は誓いますか?

 僕は、今まで見たことも触ったこともないタキシードを目の前にして、完全に頭が空っぽになってしまった。


 おいおい、本当に僕は、これからこれを着なくてならないのかよ……


 そう、これから行われるだろう僕たちの大舞台を前に完全にびびってしまっているってのが本音だ。


 ついさっきまで僕は、ただ黙って座って、メイクさんに着付け諸々を済ませてもらっていた。


 ずいぶん、テキパキと要領良く働くこと……


 内心感心しながらも僕は、後出番を待つのみになった。


 すると、途端に緊張感の野郎が僕を襲ってきた。


 僕は落ち着きなく控室をウロウロしながら一生に一度の晴れ舞台を迎える為に大きく深呼吸した。


……落ち着け、落ち着け、落ち着け……


 僕は、独りブツブツと念仏の様に唱えていた。


 だって、僕のメンタル豆腐なんだから仕方ないだろ……


 そもそも、これにしくじると一生後悔する確定だ。

 僕は、後にも先にもこれに一生をかけている。


ガチでな。


 すると、ガチャっと控え室にスタッフの方が入って来て


「向こうも準備OKだそうです」


 僕は控室のドアノブに手をかけて、弱気な自分を奮い立たせて、待つべき相手を迎えに出て行った。


----

 あいつとの初めての出会いは、高校3年の文化祭の時だった。


 僕は、いわゆる隠キャかつモブキャラで有象無象に紛れてこんで、平穏無事な高校生活をエンジョイしていた。


 そんな、一般高校生Bの僕にまさかの出来事が起きた。


 何だと思う?


 手紙だよ、手紙。


 僕が登校して下足棚開けたら入っていたんだよ。ピンク色の手紙。


 流石に僕は自分の目を疑ったね。


 どんな物好きがモブキャラにピンク色の手紙送るんだよ。そんなのテニス部キャプテンの専売特許じゃないのか?


 まぁ。現実として目の前をあるのだから事実だろうけど、浮かれるのはまだ早い。


 送り主が間抜けちゃんで間違って僕に送った可能性だってある。


 僕は、こんなドッキリ企画の様な状況にもかかわらず、冷静になって手紙を鞄にしまった。


 そして、何食わぬ顔でトイレへと入って個室に入り鍵を閉めた。


 僕は鞄から、手紙を出してまじまじと見てみた。


 そこには、女の子らしい可愛い文字で


----田村 圭さんへ


 と、僕の名前が書いてあった。


 本来なら、ついに春がきたアアアと喜ぶべきだろう。

 しかし、流石に僕はそこまで、頭の中はお花畑じゃない。


 自分で言うのもなんだが、カッコ良くもない、運動、勉強イマイチ……


 これでラブレターなら、我が校の男子は全員もらっているはずだが、そんな話聞いたこともない。


 ムム、新手の嫌がらせか、詐欺か?


 送り主の名前は、書いてない……


 期待よりも、猜疑心で封を開けると


----


明日の文化祭のお昼、屋上で待っています❤️


----

とだけ書いてあった。


 そう言えば、明日文化祭だったなぁ……


 まぁ帰宅部兼モブキャラの僕は、何の仕事もなく、明日適当にぶらつくつもりだった。


 それが、まさかの突発イベント……


毎年文化祭でカップルがイチャコラしているのを遠い世界の様に見てきたが、まさか僕がその仲間入りに……


 そんなのあるわけねぇ!


 自分の価値は自分がよく知っている。可愛い女の子が頬を赤らめて、もじもじしながら待っているなんてぜぇったいない!


 となると、ロマンスに見せかけた果し状か?


 それも、それで笑えないが、むしろそっちの方が合点いく。


 僕は、モブキャラとして生活していたが、むしろ知らぬ間に地雷を踏んでいた可能性は……


ないとは言い切れない……


明日、バットを持って屋上に行こう、きっとモヒカンの怖いお兄さんが4、5人ガムをクチャらせながら待っているに違いない。


 でも、やっぱり、ワンチャン……奇跡がないとも言い切れない……


 とりあえず、最悪の事態に備えてすぐに逃げられる様にしよう……


 実際、期待よりもやっぱり不安マシマシで文化祭のお昼を迎えた。


 僕は朝こっそり野球部から失敬したバットを片手に、屋上へと向かった。


 逃げ出すことも、考えたけど、人間不思議なことに怖い物見たさってあるよね。


 それが、まさにその時の僕。


 僕は屋上のドアを開けて見ると誰もいなかった。


 そうか……肝心な可能性を忘れていた……


単なるイタズラだったか……


 僕は安堵とガッカリ半分で校内に戻ろうと振り返ると


「もう、来てたんかないな!」


 ガリガリに痩せた長身の男子生徒が満面の笑顔で入り口に立っていた。


 こいつ誰?


 となると、もしかして男性が好きな嗜好をお持ちの方か?


 言っていくけど、僕は、そんな性癖ないぞ!


「もう、時間がないさかい、はよ来んかい!」


 と、僕の主張を言う機会も与えず、グイグイと腕を引っ張られて校内を走らされた。


 そして、着いた先は……


 体育館のステージの上だった。


 僕は、訳がわからず、男子生徒に詰め寄ると


「一体全体何なんだよ!

 何でここにいなきゃならないんだよ!

 少しは、説明しろよ!」


 と怒りのあまり男子生徒をど突くと


「もっとぉ!

 もっとぉ!

 激しくしてぇぇ!」


「キメェよ!

 お前!

 ふざけているのか?」


と、僕は男子生徒を蹴り上げると


「イイ❤️いい❤️あなたの今持っているバットで私の全てをめちゃくちゃにしてぇぇ!」


と、僕が怒りのあまりバット振り上げると、体育館内にゲラゲラと笑う声に満たされていた。


僕は、冷静になって周りを見ると、どう考えても文化祭のスタージの上でどつき漫才してる様にしか見えない。


「あなたのバットがいいのぉ〜〜」


----


そして、その時から10年、流されるままモブキャラの僕は下積みを重ねた。そして相方相手にどつきにどついて、初めてのテレビ出演。


父ちゃん、母ちゃん、見てるか?


圭は……僕は、スターになるぜ!



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始まりはラブレターから 呉根 詩門 @emile_dead

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