ばけものの森【フリー台本】

江山菰

ばけものの森

*登場人物 

 ※配役のセリフの他、ガヤその他でモブA~Gを録っていただきます。ただし、人員的に余裕がある場合はモブだけの出演者を準備してください。


ツィグ(モブA)・・・7歳くらいの男児。臆病でやさしい。女性演者希望。

ヌーイ(モブB)・・・12歳くらいの多毛症の少女。すこしボーイッシュな声。

セルク(モブC)・・・30歳くらいの男性。解呪師。カラスの使い魔を使役。

フィリ(モブD)・・・30歳くらいの女性、ツィグの母、村長の娘、発狂中。

村長(モブE)・・・60歳くらいの男性

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ヴィト(モブF)・・・80歳前後。性別不問。語り部役。耳が少し遠い。

クィルツ(モブG)・・・20歳過ぎくらいの男性。伝承を研究している学生。


*演技・編集上の注意

・作品ジャンル:伝奇風ダークファンタジーの理不尽ストーリー。流血表現/絶叫演技あり。

・演者による、人称、語尾、方言その他の少々の言い回しの変更や呻き声などのSE的な表現は可とします。

・兼ね役でのモブ箇所は配役とは違う声色で、モブになりきって録ってください。性別による言い回しの変更は可とします。モブはそれぞれ数カ所出現しますが、その都度全然違う人物、たまたまそこにいた人々です。

・指定のない個所のSEやBGMは任意で。

・呼吸音や雰囲気でごまかさず、セリフがはっきり聞こえることを大切に。ウィスパーボイス・鼻濁音イケボ不可。


*以下本文



場:ヨーロッパのどこか、小さな村の高齢者施設。

SE:窓から鳥の声、がやがやしている高齢者施設のロビー


ヴィト「(呟くように)しかし、あんたも暇じゃの。こんなところに昔話なんか聞きに来るなんて」


クィルツ「(耳の遠い高齢者にゆっくり、声高に話しかけて)いやいや、ヴィトさん、それが僕の仕事なんですよ。今記録しておかないと伝承は消えてしまうんです」


ヴィト「ところどころ、忘れてしもうとるが、それでええか」


クィルツ「それでもいいんです、思い出せる範囲でいいので教えてください。『ばけもののうた』の伝承はもうヴィトさんしか知っている人がいないんです。さあ、ここがカメラのレンズで、今、襟に止めたこれがマイクです。僕が全部操作しますから、ヴィトさんはカメラを気にせず、話の方をできるだけ詳しくお願いします。じゃあ今から動画を撮らせてもらいますね」


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 SE:録画開始の音。室内のガヤガヤは一瞬で消滅。間をおいて鳥の声、森のざわめき

 場:深い森の中。不穏な雰囲気でカラスや獣が鳴き、風が梢を揺らす 下手くそな笛の音


ツィグ「(7秒程度、力なく死にかけている感じにすすり泣くように呻いて)おか……さん……おかあさ……ん(と適当に入れる)」※この台詞はSE扱い。フェイドインで


SE:笛の音が止み、誰かが草、あるいは朽ち木に座る音


ヌーイ「(呻きに被せて、ぼそっと)……まーだ母ちゃん呼んでんのか」


ツィグ「(ここからしばらく、消耗しきって呆けたように)……お……おばけ」


ヌーイ「はいはいおばけだよ」


ツィグ「……僕を食べる?」


ヌーイ「食わねーよ……ほら、水だ。支えてやるから飲め」


ツィグ「(軽く噎せて、それが収まったあとゆっくり数口飲んで、かすれた声でゆっくり)……ありがとう(しばらく少しずつ飲み続けて)」


ヌーイ「(飲む音に被せて)唇カッサカサ。おまえ、ここに捨てられてから、何にも口に入れてねえだろ。ほら、ヌマスグリもあるぞ、食え」


ツィグ「(食べて力なく)……酸っぱい。おいしい」


ヌーイ「(深くため息をついて、独り言)あーあ、どうしよっかなあ、このガキ」


ツィグ「……(すすり泣く)」


ヌーイ「お前、ユトルの村のもんだろ?」


ツィグ「何で知ってるの」


ヌーイ「帰りたいなら方角はあっち。お前の足なら三日かな……」


ツィグ「(被せて)帰れないよ」


ヌーイ「なんで」


ツィグ「動けない……熊も、オオカミもいるし」


ヌーイ「この二日、ここに寝転がってて食われなかったのに今更だろ」


ツィグ「(被せて)みんな、帰ってきちゃダメだって……帰ったら母さんと弟も追い出されるんだって」


ヌーイ「ああ、もう、めんどくせえ。(再度ため息をついて、少し間をおいて)水飲んだら、ちったあ楽になったろ。とりあえず、うちに来い、粥くらいなら食わしてやる。おんぶしてやるから手ぇ出せ」


ツィグ「立てないよ」


ヌーイ「こうするとほら、立たなくてもおぶえるだろ……よいしょ」



 SE:けもの道を歩く音



ツィグ「(おんぶされて運ばれつつ)おばけさんはなんで僕を助けるの」


ヌーイ「おばけ?」


ツィグ「さっき自分のことおばけだって言ったよ」


ヌーイ「確かに言ったけどさぁ……信じるなよ……」



 SE:しばらく歩いて立ち止まる


ヌーイ「(おんぶから降ろして)よいしょっと。ここが私のねぐら。森の暮らしを叩き込んでやるから覚えたら、自分のねぐらを作って出ていけよ」


 SE:鳥の声

 BGM:大樹に似合いそうな曲


ツィグ「大きい……こんな大きな木、初めて見た」


ヌーイ「この木の根っこが岩を抱き込んで、こんな丈夫なうろができたんだ。ほら、粥作るぞ」


ツィグ「あ、……鍋だ」


ヌーイ「行き倒れの荷物とか、誰も住んでない家からもらってきた。(得意そうに)コップや匙なんかは自分で作った。すげえだろ」


 SE:木製の食器や金物をゴトゴトやる音


ツィグ「火はお外で使うんだね」


ヌーイ「洞は寝るときだけ。あとはこの木の下で何でもやってるよ」


 SE:水を鍋に入れる音、焚火の音、木製食器の音


ヌーイ「ほら、できた。(一口自分の分を食べて)干します入れたからうまいぞー。あ、でも飢え死にしかかったときにドカ食いすると死ぬから、ゆっくりちょっとずつ、よく噛んで食べるんだぞ」


ツィグ「ありがとう(食べ始め、しばらく食べる音をSEとして)」


ヌーイ「(ツィグが食べている様子を見ながら)うまいか」


ツィグ「(食べながら)おいしい」


ヌーイ「(満足しているように笑って)だろ?」


ツィグ「(食べる手をふと止めて)ねえ、おばけさんは何で……」


ヌーイ「(被せて)そのおばけさんってのはなあ……(逡巡しながら)おばけじゃなくて、私の名前はヌーイだよ」


ツィグ「おばけじゃないんだ……あ、僕はツィグ」


ヌーイ「ああ、やせっぽちなお前にはいい名前だよ」※ツィグ、は小枝の意


ツィグ「ヌーイはなんで僕にご飯食べさせてくれるの」


ヌーイ「うーん、そうだなあ……(自分も食べながら)私も何年か前、お前みたいな感じで弱かったし泣き虫だったから、ちょっと施しってやつをやってみたくなったんじゃないかな」


ツィグ「ふーん……ねえ、ヌーイはなんでそんな毛皮のお面をつけてるの? 食べるときも外さないの?」


ヌーイ「……外せないから」


ツィグ「外すの手伝おうか?」


ヌーイ「いや、そういうんじゃなくて、これが私の顔なんだよ」


ツィグ「え……? お面じゃなくて?」


ヌーイ「顔だけじゃない、手も、足も、毛むくじゃらだよ。人のかたちに熊やオオカミの皮を張ったようなもんだ。一応、お前と同じ人間のはずなんだけど」


ツィグ「……同じ?」


ヌーイ「魔法とか、ものすごい力とか、そんなん何も持ってない。毛が生えてるだけの普通の人間だよ」


ツィグ「(しばらく間をおいて息を震わせながら)……僕も、背中に毛が生えてる」


ヌーイ「(さみしそうに)……そっか」




ツィグ「(自分のことだけで頭一杯で)ユトルには何年かに一回、こんな子供が生まれるって……バケモノになるから、お祭りの時に森に連れて行って捨てるんだって……」


ヌーイ「知ってるよ、私もユトルの生まれだから」


ツィグ「えっ」


ヌーイ「お前と同じくらいの頃にうなじに毛がびっしり生えてきて、最初は母ちゃんが村のやつらにばれないように剃ってくれてた。でも、父ちゃんが病気で死んで、新しい父ちゃんが来て、弟が生まれたらそっちが可愛くなっちまったんだろうな、私はバケモノってことで村の連中にあっさり渡されて、祭んときにここに捨てられたよ。私が森に連れていかれるとき、母ちゃんはほっとした顔してた。ま、そういうもんなんだろうな」


ツィグ「僕も弟がいるよ。二歳なんだ。可愛いよ。一緒によく遊んでた。でもお父さんもお母さんも僕に弟に触るなって言うんだ。お父さんもお母さんも、僕と遊んだりしてくれなかったけど、でも大好きなんだ」


ヌーイ「ツィグ、母ちゃんに会いたいか」


ツィグ「うん。ヌーイは」


ヌーイ「全然。大体、会ったって嫌な顔されるだろうさ」


ツィグ「遠くから見るだけなら……」


ヌーイ「(被せて)そんな暇があったら食えるもん探したり、籠編んだり、することはたくさんあんだよ」


ツィグ「(徐々に泣き出して)嫌な顔されたって、僕はお母さんに会いたいよ」


 SE:木の器に粥をつぐ音


ヌーイ「お前はお前、私は私。お前もここで暮らしてたらきっと考えが変わる。とにかくもう一杯粥食っとけ。そんで寝ろ。明日から少しずつ、いろいろ教えてやる」


ツィグ「……ありがとう(泣きながらしばらく食べて)」


 時間が経過し、夜になった雰囲気をSEやBGMで表現

 

 SE:遠くから聞こえる小川の音、カラカラ回る小さなおもちゃの水車の音、下手な笛の音


ヌーイ「(笛の音が途切れ、ツィグの寝顔を見守りながら、冷静に独白)やっと寝た……子どものおりってこんなに疲れるんだ、こんなに大きくなってて、大人しくても。(間。ため息をついて)そっか、母ちゃんは疲れてたんだ。赤んぼの世話と、毛むくじゃらな私の世話で。そりゃあ、食いもんがいつも足りてねえ村で暮らしていくなら、こんなバケモノのなりかけなんか、捨てるよな。ああ、捨てる。捨てるよ。当然だよ」


ツィグ「(寝言でしくしくと)……かあさん」


ヌーイ「寝言か。……森に来て日も浅いしな。(溜息を吐いて)私がいろいろ教えてやる。森の暮らしに慣れたら、きっと楽しい……お前は悲しんでるけど、来てくれて、私はちょっと嬉しいんだ」


 SE:カラスが鳴く声


ヌーイ「夜だってのにカラスがよく鳴くな。あいつが来てるのかも……まあ、こっちにこないってこたぁ私には用がねーんだろう。……寝よ」


 SE・BGMで場面転換を表現

 場:家畜が鳴き、のどかな森の中の小さな村

 SE:カラスの声、村の小石がごろつく泥道を馬が歩く音

   セルクが場にいるときは適宜カラスの呻き声を入れる


全員ガヤ(アドリブで付け足し可)

 モブA「あのよそ者、なんか見覚えがある……ああ、思い出せん」

 モブD「肩にカラスなんかのせて気味が悪いわ」

 モブF「流れ者の魔法使いだって噂だよ」

 モブG「村長があいつを呼びつけたらしいぞ」


セルク「(うんざりして独り言)ああ、毎年毎年変わらんな、ユトルは」


 SE:馬から降りる音 ドアノッカーを二度鳴らし、反応がないので狂ったように鳴らす音


村長「(ドアの向こうから)はいはい、そんなに叩かんでもよろしい」


 SE:ドアを開ける音


村長「やっと来たか、セルク」


セルク「(嫌そうに)お久しぶりです」


村長「挨拶は抜きにしよう。孫は見つかったか」


セルク「あんたの孫は先日亡くなったでしょう」


村長「そっちじゃなくて、森へやったほうだ。知っとるくせに」


セルク「やったんじゃなくて捨てたんでしょうに」


村長「話の腰を折らんでくれ。孫のツィギは見つかったかと聞いとるんだ」


セルク「(厭味っぽく)ツィギは知りませんが、ツィグだったら、ちょっと前のの祭りで捨てられた子どもにいろいろ教わりながらなんとか暮らしてますよ。(シニカルに)孫の名前も覚えてないんですな、あんたは」


村長「娘婿が死に、後継ぎの孫も一人はバケモノで森に捨てられ、一人は馬に踏まれて死んだ。お前の言う通り、呪いを解いて人間に戻せるなら、ツィギ……(言い直して)ツィグを連れ戻して我が家を継がせたい」


セルク「その話を私にするということは、私にツィグを連れ戻して解呪するというふた手間を依頼するということでよろしいですか」


村長「ああ、そうだ」


セルク「ではまずいくつか質問に答えてもらいたいですね。このユトルで呪いによって数年に一度、むく毛の獣に育つ子供が生まれるとか。もともとの呪いとはどういう因果のものか知っておられるか」


村長「(逡巡したように間を置き)……四百年ほど前だと聞いとるんだが、旅人に化けた悪魔をうちの先祖が退治して森に捨てたそうだ。そのときからうちの血筋は呪われ、うちだけでなくうちの血が入った家ではちょくちょく獣の子が生まれるようになった。こうなると嫁取りも婿取りも縁者の家どうしでするしかない」


セルク「(溜め息をついて)だったらこの村じゃあ、血の濃さはかなりのもんでしょうな」


村長「人の出入りもほとんどない。仕方なかろう」


セルク「だいたい、旅人に化けた悪魔なんか後付けの言い訳で、単に不運な旅人を殺したゲスな物取りだったんでしょう。こんな家、静かーに穏やか―に消えて行くべきなのに、なぜあんたがこんなちっぽけな村のクズみたいな家系をそうまでして永らえようとしているのか、理解に苦しみますよ」


村長「呪いを解くために、我々は生きなければならんのだそうだ。そう伝わっている」


セルク「そんなぼんやりした言い伝えだけで家を絶やしたくない、とは。まったく呆れますよ」


村長「うるさい。依頼は受けるのか、受けんのかはっきりせい」


セルク「報酬は? 私は羊や山羊なんかもらっても困りますが」


村長「……この家にあるものなら何でもやろう」


フィリ「(被せてドアの向こうで奇声を上げて)ぎいいいいいぃぃぃぃ」


セルク「(被せて)……あれは?」


 SE:木製のドアをガチャガチャ、爪でガリガリする音


村長「娘だ。ツィギと、死んだステムの母親だ。ステムが死んだあと、こうなってしまった」


 SE:ドアが開く音 這いずる音


フィリ「(泡を吹きながら、)……あは、あはははは(甲高く笑い続ける)」


村長「フィリ! 部屋へ戻れ! 客だぞ! おい! 誰か! フィリが部屋から出て来とるぞ! さっさと戻せ!」


 SE:駆け寄る音


モブB(下女)「(フィリを抱き起して)フィリ様、さ、向こうに行きましょう。(アドリブで、部屋から出た後もフィリをなだめるセルフを続けて)」


フィリ「(笑いから喚きに徐々に変わり、遠のいていく)はは、あはは……ぎいぃぃぃぃゃああああ」


 SE:部屋を出ていく足音、ドアを閉める音 フィリとモブBの遠のく声


村長「(フィリの声が収まってから)すまん、いつもは大人しく地下室におるんだが……」


セルク「村長、あんた、娘を死ぬまで面倒見る気ですか」


村長「そりゃあ、血を分けた娘は親が最後まで面倒見てやらんと……」


セルク「死ねば万々歳だと思ったことは?」


村長「(押し殺すように憤って)お前、言っていいことと悪いことがあるだろう」


セルク「(さらっと)私が、報酬はあの女にしてくれと言ったら?」


村長「なに?」


セルク「私はツィグの母親に好き勝手がしたい。それでどうです?」


村長「……好き勝手とは。娘をどうする気だ」


セルク「死ぬまで地下室に置いておくよりはずっと有意義に使わせてもらいますよ」


 SE・BGMで場面転換を表現

 場:のどかな森の中 

 SE:鳥の囀り、遠くにカラスの声、裸足でかけてくる足音

  

ツィグ「ヌーイ! ヌーイ! 見て! うさぎ! うさぎ捕まえた!」


 SE:ウサギの悲鳴(https://voicebot.su/ja/sound/usakino-bei-ming/)


ヌーイ「(元気なく)おー……すげえなあ。お前、仔オオカミみたいだな」


ツィグ「(得意そうに笑いながらウサギの首を折る)」


 SE:ウサギの断末魔(https://voicebot.su/ja/sound/usakino-yuan-feie/)


ツィグ「これ、煮る? 焼く?」


ヌーイ「頭と血と骨はスープにして、あとは干しとくといい」


ツィグ「じゃあそうする! 血抜きして、皮剥いでくるね」


ヌーイ「ひとりでできんのか?」


ツィグ「できるよ! ヌーイは寝てて、はやく頭痛いの治るように!」


ヌーイ「ありがとう」


 SE:ぱたぱたと走って遠ざかる音


ヌーイ「あいつもだいぶしっかりしてきたな。でも、手にも足にも、だんだん獣の毛が生えてきてる。可哀そうに」


 SE:羽の音、カラスが一鳴きする声


セルク(使い魔の姿。少し聞き取りづらい加工をして)「いい教育者だな、君は」


ヌーイ「セルクか。お前と話すと頭痛くなんだよ。さっさとどっか行けよ」


セルク(使い魔の姿)「話が終わったら帰るさ。あの子が来る前は歓待してくれたのに、仲間ができた途端これだ、つれないねえ」


ヌーイ「お前、胡散臭いんだよ。使い魔使わずに自分で話に来いよ」


セルク(使い魔の姿)「君らは呪いの匂いで獣に忌避されるけど、こっちは生身だ、オオカミや熊に八つ裂きにされたくないんでね。さて、今日も話を聞いてもらおうか」


ヌーイ「呪いを解いて毛むくじゃらじゃない体に戻る方法があるってやつだろ。聞きたかねえって前から言ってるじゃねーか。もう誰も望んじゃいない、待つ人もいない」


セルク(使い魔の姿)「君はそうかもしれないが、あの子はどうだろう?」


ヌーイ「ツィグだって、りっぱに森の暮らしに馴染んできてる。そっとしといてくれ」


セルク(使い魔の姿)「昨晩も一昨晩も、あの子は眠りながら母親を呼んでいたろう。その寝顔を見て、君はちょっと泣きそうになっていなかったか? 自分では埋められない穴にさみしくならなかったか?」


ヌーイ「(うんざりしたように)覗いたのかよ」


セルク(使い魔の姿)「覗いたんじゃない、見えたんだ。以前は自分から話しかけてきたのに、もう覗き扱いかい。とにかく、話を聞く気がないなら、勝手に喋っていこうか」


ヌーイ「……今まで聞きたくないって言えば引き下がってたくせに、どういう風の吹き回しだよ」


セルク(使い魔の姿)「ツィグの弟が死んでな、彼の祖父が、遺されたたった一人の息子を連れ戻して、呪いを解いてまた一緒に暮らしたいと言っているんだ」


ヌーイ「で? お前が連れ戻すよう雇われたってわけか?」


セルク(使い魔の姿)「その通り。こちらも食ってかなきゃいけないんでね。でも悪い話ではないだろう? 呪いさえ解ければ、彼は人間として一生を送れる」


ヌーイ「なんかすごく嫌な感じがする……ていうか、お前、帰れ。頭痛くて吐きそうだ」


セルク(使い魔の姿)「私は本当は魔法使いじゃなくて解呪師でね、ユトルに今月いっぱいいるからいつでもツィグを連れておいで。解呪の儀式なんかすぐできるからね。そのとき、ヌーイもついでに解呪できるはずだ」


ヌーイ「いや、だから私は……」


セルク「(被せて、畳みかけるように)では、ユトルで待っているよ。私の生身の姿をぜひ見てもらいたい。私も君の解呪が楽しみだ」


ツィグ「(遠くから駆け寄りながら)ヌーイ、危ない」


 SE:棒切れを振り回す音、カラスの鳴き声 飛び去る羽音


ツィグ「ワタリガラスだ、危ないなあ……ヌーイ、つつかれなかった? 大丈夫?」


ヌーイ「あ、ああ、大丈夫だよ(カラスの飛び去る姿を見つめながら)……なあ、ツィグ」


ツィグ「なに?」


ヌーイ「お前さ、今もまだ母ちゃんに会いたいか?」


ツィグ「……うん」



ヌーイ「母ちゃんのこと、大好きなんだよな」


ツィグ「うん。でも会うのは無理だから。……急になんでそんなこと言うの?」


ヌーイ「……あのさ、お前さ……」


ツィグ「どうしたの? ねえ、なんか変だよ」


 SE:がさっと何か獣の皮などを被る音


ヌーイ「(うつろに)なんでもない……頭いてえ。もうちょっと寝るわ」


ツィグ「今日は笛吹かないの」


ヌーイ「うん」


 BGM・SEで時間の経過を表す

 SE:村の家畜の声 ガチャガチャという農具・武具の音


セルク「この物々しさはどうかと思いますよ」


村長「あんたが言ったろう、丸っきりケダモノになり果てた子どもが、なりかけのツィギを連れてくると。暴れられた時の備えだ」


セルク「ツィギじゃない、ツィグですよ。まあ、二人とも大人しいもんです。こんなに構えてたらかえってあいつらは逃げてしまう」


村長「獣の子が何もしなけりゃこっちからも何もせん」


セルク「あいつら、大人に不信感持ってるんで、できれば村人の皆さんには家の中にいてもらいたいんですがね。とにかく、あと二日であの子たちが来なかったら、今回はご破算ということで、私はここを立ちますよ」


村長「(怒りでつっかえながら)それは失敗したということだろう! 無責任なことを言うな! お前はここでタダ飯を食って……」


セルク「(被せて、言葉を制して)しっ!」


 SE:言葉を言い終わらぬうちに、遠くで興奮して騒ぐ村人たちの声



 モブG「獣だ! 獣の子が村に入って来たぞ!」


 モブB「ああ、なんて醜いの! 怖い!」


 モブD「目を合わせちゃダメ、呪いがうつるわ!」


 モブF「皆、鎌や手斧の準備はいいな? 女子供は家の中に入ってろ!」


 SE:複数の犬が吠えかかる声、一頭がキャンキャンという悲鳴に変わる、村人たちの怒りのどよめき


セルク「(呟いて)犬も家に入れておくべきだったな……(カラスに命じて)ここまであの二人を案内しろ。行け」


 SE:カラスの羽音


ヌーイ「セルーク! セルゥーーーク!! どこだ!」


ツィグ「ヌーイ、帰ろうよ。みんなこっち睨んでるよ……怖いよ」


ヌーイ「お前は黙ってろ」


 SE:カラスの羽音 カラスの声


ヌーイ「あ、セルクだ! おい、お前の言う通り来てやったぞ」


ツィグ「あ。あの時のワタリガラス」


 SE:誘うようなカラスの声


ヌーイ「ついて来いって言ってる。行くぞ(用心しながら歩き出す)」


ツィグ「(引き止めつつもついてきながら)ヌーイ、カラスは喋ってなんかいないよ! ねえ、早く帰ろうよ」


 SE:遠くに聞こえる村のざわめき


セルク「村長、娘さんを庭へ連れてきてください」


村長「何をするつもりだ」


セルク「解呪には血縁者の立ち合いが必要なんですよ」


村長「娘に何かできるとは思えん。私ではだめなのか」


セルク「あんたには知ってもらわなければならないことがある。とにかく娘さんを庭へ」


 SE:近づいてくるカラスの声・羽音、そしてどこかに止まる音


ツィグ「あっ! カラスがあそこにいる人の肩に止まった!」


セルク「(少し離れたところから)やあ、ヌーイ、ツィグ。じかに会えてうれしいよ」


ヌーイ「(離れたところに立ち止まって警戒しつつ)お前がセルクか」


セルク「ああ、この姿では初めまして、だね。このカラスは私の小間使いだよ」


 SE:紹介されたカラスがよろしくとでも言うように少し鳴く


ヌーイ「思ったよりおっさんだな」


セルク「ははは、きついなあ。君らが思うより私は若いんだぞ。それはともかく、君らは村の人みんな引き連れてきちゃったんだなあ」


ヌーイ「勝手についてきたんだからしょうがないだろ」


セルク「確かにしょうがない」


ヌーイ「お前、ツィグの呪いを解くって言ってたよな」


セルク「ああ、言ったね。ついでに、できうる限り君のもね」


ヌーイ「本当だな?」


セルク「本当だよ」


 SE:足音 フィリの声


フィリ「(調子っぱずれに子守唄のようなものを歌いながら時々甲高く笑う)」※この台詞はSE素材に使用するため15秒ほど録っておいてください


村長「(フィリを支えて連れてきながら)フィリ、ほら大人しくしろ、お前の息子が帰ってくるぞ、そしたらきっとお前も正気を取り戻す」


ツィグ「(独白)あ、この人……なんか見たことがある気がする……」


村長「お、おお!! ツィギ! ツィギだな!! 大きくなって……だいぶ獣に近づいているようだが……。でもまだ顔には毛が生えとらん、きっと間に合う」


ツィグ「(しばらく考えて怯えた呼吸で独白)この人、僕を棒で叩いた人だ! 『獣の子』とか『呪いの子』とか言って、火のところにある鉄の細い棒で! そして、あの人……、あの髪ぼさぼさでよだれ垂らしてる女の人は……」


村長「(セルクに向かって)セルク、娘を連れてきたぞ。これでいいのか」


ツィグ「(間をおいてためらうように)お母さん……? お母さん?」


フィリ「(笑ったり歌ったりするのをやめて少し考え込み、小声で)……ツィグ?」


ツィグ「うん、僕、ツィグだよ」


ヌーイ「(面白くなさそうに小声で独白)……これがツィグの母ちゃん……ふーん、頭おかしくなってんのか……やな感じがする」


フィリ「……ツィグ……ツィグ……さあこっちへおいで……」


ツィグ「(そろりそろりと近づいて)お母さん……’お母さん!(抱き着こうとして)え」


フィリ「(ナイフを振りかざして)死ねええええ!!」


セルク「やめろ!」


ヌーイ「(セルクの台詞に被せて)危ない!!」


 SE:ナイフを振りかざす音、刃物が触れ合う音


ヌーイ「ツィグ! 大丈夫か!」


ツィグ「う、うん」


フィリ「あははははは」


ツィグ「……お母さん、僕を殺そうとした?」


フィリ「お前が死んでいればステムは死ななかったのに! お前が死ねばステムは……私のステムは……ステムは……ああああああ!!」


セルク「(フィリを抑えながら)油断も隙もないな。村長、あんたも見てないで手伝ってくださいよ」


フィリ「(アドリブで3分ほど叫んだり笑ったりするガヤを録ってください)」


村長「あ、ああ。(フィリを抑えながら)フィリ、ちょっとの間だ、大人しくしてくれ。(抑えかねて)くっ……誰か、縄を持ってこい!」


 SE:村人たちのざわめき、フィリの狂乱


ツィグ「ヌーイ、血がついている。怪我したの」


ヌーイ「私じゃない。ごめん、ツィグの母ちゃんのナイフ振り払ったら、ケガさせちまった。その血がついちまったみたいで……あっ!」


ツィグ「どうしたの? 痛いの」


ヌーイ「こ、これ!! これは!!」


ツィグ「え……(間をおいて呟くように)毛が消えてる……お母さんの血が付いたところだけ」


ヌーイ「なんだ……なんだこれ!」


セルク「思ったとおりだね。ヌーイ、君はツィグと血が繋がってるよ」


ヌーイ「なんなんだよこれ!!」


セルク「(しれっと)血縁者の血を浴びるとね、呪いが解けるんだ。ああ、安心してくれ、ツィグの呪いを解くのに君の血は使わない。君たちは血縁者ではあるらしいがそんなに近いものではないようだ。血が近しければ近しいほど解呪の効果が高いからね」


 SE:刃物を軽く振る音


村長「お前、一体何を……なぜマチェーテなんか持っている?」


セルク「(被せて)あんたに頼まれたことをやってるだけさ。(芝居がかって声を張り上げ)さあさあ、ここにおいでの旦那様、奥様方。人の行き来も少ないこの村で静かに慎ましく暮らしてきた皆様には多少なりともこの村長の家の血が入っていることと存じます。とすれば、どの家も、いつ獣の子が生まれてもおかしくない。子どもが生まれ、育っていく年月いつもうなじや背中を調べ、少し毛深く見えただけでぶっ倒れんばかりに苦悩し神に祈る。もし固いオオカミのたてがみが生えてきたら、祭りの日に森の奥深くに置き去りにする。そんな暮らしを何十年も、おそらく百年以上も続けてきた、そのご心労は如何ばかり、察するに余りあるというものですよ」


 SE:村人のこそこそ話す声、それが徐々に鎮まっていく


セルク「(村人の様子を見渡しながら)かく言う私も、この村に生まれ育った身であり、皆さまとは多少なりとも血を分けた人間。かつては今ここにいる大きい方の獣の子と同じくらい、いや、それ以上に毛むくじゃらなバケモノと成り果て、祭りの日に森へ連れていかれた子どもだった。しかし、私はこの子たちよりも年長で、体力もあった。捨てて帰ろうとする父に追い縋り、しがみついて助けを乞うた。父は私に鉈を振りかざし、揉み合いになった。気が付くと、父は首から血を噴き出して倒れ、私はその血でずぶ濡れになり、獣じみた姿ではなくなった。今この子の体に起きたようにね」


 SE:生唾を飲む音


 モブF「お、お前、あの時のガキだったのか! リュキを殺した獣の子は!」


セルク「覚えていてくれてありがとう、おかげさまで立派に育ったよ。では、私が嘘を言っていないことを皆に見せよう。おいで、ツィグ、ヌーイ」


ツィグ「(怖がりながら)何?」


セルク「君たちは人間として生きていきたいかい? 代わりに大事なものを一つ失くすけど」


ツィグ「(被せて、純朴に)うん。ヌーイも一緒なら」


ヌーイ「(被せて)ツィグ、こいつの言うことに耳を貸すな」


ツィグ「でも、ぼく、戻りたいよ」


セルク「ツィグ、それが君の答えだね。失くすのは大事な大事なものかもしれないぞ」


ツィグ「うん。人間に戻って、人間の暮らしができるなら、それでもいいよ」


ヌーイ「やめろ! セルク、ツィグは何にもわかってないんだ、やめてくれ」



セルク「(マチェーテを構えながら)ヌーイ、君も何にもわかっちゃいない。これまでどれだけの子どもが殺されたか、これから生まれる子どもがどれだけ殺され続けるか」


 SE:マチェーテを振る音(刀・剣を振る音でOK)、フィリの喚き声が止まり、どさっと首が落ちる音、噴水のように何かが噴き出す音 村人たちの静寂


ツィグ「(怯えきって)……あ……あ……」


ヌーイ「(苦しんでいるように)……うう……」


 SE:しばしの無音


村長「(間を置き、やっとの思いで)なんと……なんということを」


セルク「皆、よく聞くがいい。獣の姿を持とうと、この子たちも、私も、心は普通にその辺にいる人間と何ら変わらない。無辜の子どもを殺してきたこの村は、その業を背負うべきだ。これから生まれる獣の子は、何の魔法も呪文もいらん、その一族の血で呪いを浄められる。そのことだけを覚えておけ。(ちょっとシニカルに)この村長の一族は、呪いを解くためにずっとここに暮らしてきたんだそうだ。血縁が遠くなれば効果は薄いが、家族から血を取る前にこの村長で試したらいいだろう。元々はここの家から獣の血は広がったんだからな。さあ、長居は無用だ、ツィグ、ヌーイ、行くぞ」


ヌーイ「いやだ……いやだよ」


セルク「ここにいると殺される。さあ早く!(口笛を吹く)」


 SE:鋭い口笛、馬の近づいてくる足音、馬に乗る音 思い出したように上がる悲鳴や怒号、物々しく武具・農具がガチャガチャする音


セルク「ヌーイ! 急いで」


ヌーイ「(尻込みして)いやだ……いや……私は、呪いを解いてくれなんて頼んでない! ツィグだけ、ツィグの望みだけ叶えたかったんだよ」


村長「(被せて)村をめちゃくちゃにしやがって! 死ね!」


ヌーイ「うぐっ」


 SE:村人の喚き声 何かが体幹に刺さる音 倒れる音 


セルク「(痛ましげに)ヌーイ……すまん」


 SE:馬で駆けだす音


ツィグ「(馬上でセルクに抱えられて遠ざかりながら)ヌーイ! ヌーイ!」


ヌーイ「(今わの際で)ツィグ……ツィ……」


 SE:どすっと重い刃物の音、無音


----------------------------------------------------------------------



場:高齢者施設。

SE:窓から鳥の声、がやがやしている高齢者施設のロビー


ヴィト「……でな、村人たちはヌーイの亡骸なきがらをあらためると、誰も見たことがないほど可愛らしい女の子やったという話や。知っとるのはここまでなんやが、これでええんか」


クィルツ「(耳の遠い高齢者にゆっくり、声高に話しかけて)ありがとうございました。この解呪師とツィグがどうなったか、気になりますね」


ヴィト「さあの。言い伝えはおとぎ話とは違うて、不条理なもんや。、全部が全部、きっちりと終わるわけではなかろうて」


クィルツ「ユトルでは多毛症の子どもを呪われている獣として森に捨てていたっていうことなんでしょうね。血を浴びると呪いが解けるっていうのは後付けで」


ヴィト「どうだろう、今となってはわからんよ……世の中には説明のつかんことも多い。消えるに任せた方がいいこともたくさんある。物事を消すために時は流れるんや」


BGM:流して終了


――終劇。



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ばけものの森【フリー台本】 江山菰 @ladyfrankincense

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