第4話 手に入れたもの
リンゴンと鐘が鳴る。
教会の鐘は30分おきに鳴るけれど、2つ打ちは午後2時を示す。
マリと最後になるだろうお出かけ。
離れに新たに必要なものを揃え、そして最後に四葉モチーフの看板が掲げられている銀行へ。
マリには外で待機してもらった。
私一人で中に入ると、会ったことはないのに店長だという男が愛想笑いで近づいてきた。
「カイゼンさま、本日はどのような御用でしょうか?」
向こうは、私をちゃんと認識している。
葬儀にも、来ていたかしら……。
私は憔悴していて、慰めの言葉をかけてくれた参列者の全員の顔は覚えていない。
「これを、お母さまから譲り受けているの」
私は鍵を出して店長に見せてみた。
念のため持った手と逆の手のひらで隠して、他のお客や行員に見えないようにしてみたけど。
「わかりました。こちらへどうぞ」
一瞬、店長の眉がびくりと動いたけど、静かに微笑み保ったまま私を奥へと促す。
やっぱりここの鍵だったのね。
見るからな重く暑い扉を、店長はゆっくりと開ける。
中には小さい区切りの引き出しがびっしり壁にはめ込まれていて、それの一つ一つに鍵穴があった。
「こちらになります」
店長が示したのは左端の上から6番目。
鍵の数字と一致する。
鍵を差し込み回すと、カチャリと開く音が部屋に響いた。
引き出しを引いて見えた中に入っていたもの。
「これ…?」
1万リリーの札束ひとつと、灰色の小さな袋が入っていた。
手に持つと、カチャリとした金属音。
「これ、持って帰ってよろしくて?」
店長がじっと私を見ているので、ここで袋を開けるのはやめておく。
「もちろんでございます。こちらにお名前をお願いします」
差し出された書類に、私は名前を記し、お母さまの遺品を引き取った。
出口まで店長、副店長までもが送りに出てくる。
あの人たちが来なければ、私が長女としてお父さまの仕事を引継ぎ、銀行ともやり取りをしただろう。
だから店長も、いまは私に丁重だ。
「この鍵のことは、お父さまは知らないの。だから、このことは…」
「安心してください、私たちには守秘義務がございます」
すべてを言い終わらないのに、店長は意図をくみ取ってそう答えた。
「そう、良かった。今度は、取引にまいります」
「お待ちしております」
ふたりに、深々と頭を下げられた。
このあと私は離れに隔離され、婚約も破談になり、第二王子暗殺を企てたとして処刑される。
戻ってもお母さまの手紙を見つけなければ、ただの繰り返しになっていた。
でも……これが私を助けるというの?
帰りの馬車の中で中をのぞいたら、鈍い金属のなにかが入っている。
純金だとしたら、まぁそれなりの財産なんだろうけれどそれにしたら輝きが鈍い。
真鍮? アクセサリーか何かなのか、袋をのぞくだけではまったくわからない。
「お嬢さま……」
ずっと窓の外を眺めていたマリが、私を見つめる。その顔を見て、悟る。
あぁ、やっぱりなのね。
「旦那様にお暇をいただいてしまいました。明日、屋敷をたつことになります」
マリの声は震えていた。
下を向いて、涙を隠しているから、私までその悲しみが伝わってしまう。
「嫌です、お父さま! マリを辞めさせないで!」
お父さまにそう縋ったけど、新しい妻が来たお父さまは、私を邪魔に思い冷たく突き放した。
私は食卓に呼ばれることはなく、お父さまは妹ばかりを気にかけて私には見向きもしなくなった。
もともとお父さまは私やお母さまになにかしてくれることは少なかったけれど、そういう人なんだと思っていたのに、違った。
まるで最初からの親子のように仲睦まじい様子は、私に強い疎外感を与えた。
私に優しかったユハスさままで、私より妹クミンに微笑みかけるようになっていった。
最期のあのクミンを見つめる視線。
私が幽閉されてる間に、二人は恋仲になっていたのだろう。
私から、ひとつひとつ奪っていった親子。
今度はそうさせない。
「今まで本当にありがとう。次の働き場所は決まってるの?」
「はい。キチーナ伯爵を紹介されています」
その名前を聞いてホッとした。前と変わっていない。
「キチーナ伯爵は、お優しい人だから安心ね」
お母さまが籍を置いていた慈善事業にもたくさん顔を出しているから、私も知っている人だ。
そこに預かってもらえるなら、大丈夫。
「幸せになってね」
マリも適齢期。
新しい環境で、新しい出会いがあるかもしれない。
私のもとに残るより、良かったのよね。
優しいマリは、このあとの私に傷ついてしまうから、離れるなら今がいい。
いまなら、笑顔でマリを送れる。
「お嬢さまっ……」
「いままでありがとう、マリ」
私たちは馬車の中で抱き合い、号泣しながら帰宅した。
シンとした夜。
コックなども、今日のうちに皆解雇になったらしい。
最期に食べたあの味を覚えておかなきゃ。
ぜんぶ私の好きなものが並んだ食卓に、コック長の愛を感じた。
新しいお母さまは異国の方で、その地方のコックを引き連れて来た。
香辛料が多用されたあの料理は、正直口に合わなかった。
残すことが重なり、それが気に食わなかった料理長は離れの料理を質素なものにしていったから、私は食べることに困ったのよね。
お父さまに掛け合ったけれど、私が好き嫌いをするからだと頭ごなしだった。
そして私に食事が用意されることもなくなる。
満腹の夜も、今日が最後だったかしら。
それよりも。
周りに人がいないか、部屋の扉を開けて廊下を確認、部屋のカーテンも閉める。
私は、昼間引き取ったあの袋をテーブルの上に出した。
中身を取り出すと、部品になっている。
簡単な作りみたいだから、組み立ててみた。
土台に、鎖に、受け皿……これは、天秤?
「なんで天秤?」
袋の中で見るより、表に出すともっと煤けてるように感じた。
飾りはシンブルだけど、作りはちゃんとしている。
細工もきれいだ。でも。
「これは金じゃないわね」
手拭きでこすったけど、煤はとれない。
手に取って、まじまじと見る。
「あ、この天秤て……」
急に頭に、お母さまの部屋が浮かんだ。
私見たことがあるわ、この天秤。
お母さまの部屋の、暖炉の上で見た記憶があった。
いつの間にか見かけなくなっていたから、この存在は頭になかった。
お母さまが私に残したものだもの。
絶対何かの意味があるはずよ。
上から見たり、下から見たり、その意味を探ってみたけれど、どう見てもただの天秤だった。
「とれないわね」
せめてもうちょっと煤が取れれば、部屋に飾れるのに。
ごしごしと、強くこすってみる。
『痛いじゃないっ!』
その声は、頭の中にいきなり鳴り響いた。
「えっ!?」
誰は入ってきたのかと部屋の入り口を振り返ったけど、扉は閉まったままだ。
「え? えぇ!? なに!?」
手に持った天秤が光りに包まれ、その眩しさが強く瞼に残像を焼き付ける。
「え? え?」
強い光を見た後の緑色が視界から消えたとき、その天秤の変貌に驚いた。
さっきまでの煤けていた天秤と同じなのに、つやつやの金色に輝いて私の手に乗っている。
「いったい……」
目の前のことが信じられない。
どういうことなの?
『あら? アーリアじゃないの?』
「はい?」
頭に響く、少しかすれた低い声。
何、この声はどこから?
『あぁ、…あなた、アーリアの娘ね』
ポワンと煙のような霧ががはじけ、それが晴れると天秤の上に腰かけた小さい女性が現れた。
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