22 伯爵夫人の娘


 国王が、名も知れぬ少女の慰霊碑に花をささげた。空は晴れている。


 王宮の北側にある祈念公園だ。王宮で不慮の事故などで亡くなった貴族や使用人たちを祀り、王国の平和を祈念する公園だ。



「助けられなかった」


 国王に落ち度は無いが、自分を責めずにいられないようだ。


 私たちが去った後、護衛兵が花を蹴り飛ばした。国王に対する不敬行為である。


「かまわぬ……父親には、あの花を蹴り飛ばす権利がある」


 犯罪が起こる前に潰すのが、私の役目なのに……

 申し訳なくて、言葉が出てこない。


 ◇


 国王を執務室に送った後、私は、王宮の正門に急ぐ。


 正門には、すでに馬車が待っていた。飾りのない平民用の馬車だ。


 良く晴れた空の下、馬車の前で初等部の男女が向き合っていた。



「マーキュリー先輩、貴族社会を離れるのですね」


「クロガネ君、私は王都を離れるわけではありません」



「北の外れの聖堂に行くと聞いている」


「はい、人々の幸せのために、この身を捧げたいと思います」



「先輩……」


 金髪で、海を思わせるブルーの瞳……母親に似ている。



「待たせたな、遅くなった」


 二人の間に割って入った。


 王弟殿下は、情に流されるところがあるようで、気を付けねば。



「アルテミス様、この度は、私のためにご尽力頂きまして、ありがとうございました」


 初等部の令嬢は、大人のような挨拶をした。優秀な娘だ。


「お母様から頼まれただけだ、聖堂に着いたら、女神の姿絵へ祈りを捧げなさい」



「姉さま、先輩を伯爵令嬢のままにすることは出来ないのですか?」


「クロガネ様、それは私が決めた事ですから」


 両親を失った彼女の伯爵家は、親戚が継いだ。


 肩身の狭い思いをするくらいなら、外に出て、これまで出来なかったことに挑戦したいというのが、彼女の希望だった。



「聖堂には、私の知り合いがいる。心配するな」


 気休めだ。……彼女には厳しい修行が待っている。


「マーキュリー、貴女には治癒魔法の才能がある。聖女と呼ばれるような才能だ」


 彼女の治癒魔法は、副作用も無く、古い治癒魔法の上を行く。将来が楽しみだ。



 馬車が動き出した。


「姉さま、今、俺が彼女の手を取れば……」


 走り出そうとする王弟殿下を止めた。


 彼女の瞳は、もう将来を見据えていたから……



「姉さま、正義って、なんでしょう?」


「俺が、正義だと思って魅了魔法を使い、真実をあばこうとした結果、彼女の両親を奪ってしまった……」


 若い時は、悩むのも仕事だ。



「正義なんてものは、人さまざまだ……争いの時は、最後に立っていた者が、正義だ」



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