19 想定外


 王宮の応接室という狭い場所で、傭兵との近接格闘戦が始まった。


 伯爵夫人を守る分、私のほうが不利だ。


 傭兵に一瞬の心のスキが生じれば、執行魔法陣を仕掛けられるが、今は狂ったような攻撃を続ける傭兵のペースで、攻撃の先手を握られている。



「このドウ様が、あの伯爵のように、楽にしてあげる!」


 勝手に自白した。伯爵を手にかけたのは、この傭兵ドウだった。


 コイツは、天界へと送る対象だと決定したが、心のスキが生まれない。何か、イレギュラーな事態が起これば。


「夫の仇!」


 伯爵夫人が、傭兵を後ろから刺した。ナイフを隠し持っていたのか!


 たいした傷ではないが、傭兵は驚き、一瞬、動きを止めた。


 夫人は、壁にたたきつけられ、なにか嫌な音がした。



「痛みが強く長いほど、貴女の罪は浄化され、天界へと導かれます」


 傭兵ドウの足元で、六芒星が輝く。


 夫人が身を挺してくれた瞬間に、心にスキが生まれ、執行魔法陣を仕掛けることができた。


 傭兵の体中の骨が砕け、断末魔も上げられないまま、肉の塊へと変化していく。



「あ!」


 天界へ送ろうとした瞬間、瀕死の夫人が、かろうじて人の姿を保って立っていた傭兵を、ナイフで刺し、ナイフに仕掛けられていた魔法陣が発動した。


 一瞬だが、彼女は私を見た……「娘をお願い」と言ったような気がする。



「バン!」ナイフが爆発、傭兵と夫人は砕け散った。


 私は、夫人の身体をかき集めようとしたが、無駄だと悟り、床にヒザをついた。



(伯爵は夫人を愛していた……だから、欠陥のある新しい治癒を上書きして、消した)


 私の白いメイドエプロンが、ところどころ赤く染まって、泣いている。


 ◇


 翌日、私の執務室に、差出人不明の荷物が置かれていた。近衛兵は、部屋に入った人などいなかったという。


 可能性として……まさか、王族用の秘密通路を使って侵入したのか?


 爆発物などの罠は仕掛けられていない。蓋をゆっくりと開くと、「治験者リスト」の原本が入っていた……いまさらか、もう遅いんだよ!



 私の白いメイドエプロンは、洗っても、よく見ると、薄く赤黒いシミが残っている。


 そのシミの形は、まるで、怒り狂う魔王のように見える……



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